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004水晶砕き

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(この野郎~~!)

私は心の中で悪態を吐きながら、最後の一欠片にハンマーを振り下ろした。
水晶の欠片は、まるで水飛沫のように、あたりに飛び散る。



私はそのまま背中を倒した。
欠片が背中にあたり、痛い想いをしたが、疲れ果てた身体はもうそんなことくらいでは起き上がることは出来なかった。
腕は感覚がなくなり、掌に巻いた布切れは真っ赤に染まって解けかけていた。
それだけではない。
飛び散った欠片のせいで私はあちこちに小さな怪我をしていた。

この狂った世界では、相変わらず太陽の位置は全く変わらないが、これが通常の世界なら今頃このあたりは闇に包まれている筈だ。
それは、いつの間にかあたりに散らばった水晶の欠片の量と、私のこの大量の汗と疲労を考えれば容易に察しがつく。



『終わったみたいだね…次は……』

「いいかげんにしてくれ!
私は君とは違い、生身の人間なんだ。
少しは休ませろ!」

口調から私が怒っていることに気付いたのか、影はそのまま口をつぐんでしまった。



しばらくして息も整い、ようやく上体を起こした私は、水がほしいと感じていた。
冷たい水をたっぷり飲んで、汗にまみれた顔を洗ってさっぱりしたかった。
そして、血で染まった手を綺麗にしたいと思った。
その時、私の耳に水のはねるような音が小さく届いた。
身体をひねりあたりを見まわすと、右手側に、以前、鏡に変わった水溜りのようなものが見えた。
もちろん、それはついさっきまでは存在しなかったものだ。
いつもの想いの具現化だ。
私は、立ち上がり水溜りに向かって歩き始めた。

長い間、座って作業をしていたせいか足ががくがくした。
ぎこちない足取りで私は水溜りに向かい、解けかけてただまとわりついていた布を取り去った。
掌のまめは直視するのもはばかられるような状態になっていた。
それを澄んだ水に浸し丁寧にあらう。
血の赤い色はすぐに水の底に吸いこまれるように見えなくなっていく。
冷たく清らかな水に浸していると、まるで、痛みさえひいていくような感じがした。



「あ……」

水に浸した手の傷は、フィルムの逆回しのようにみるみるうちに塞がっていく。
普通なら、信じられないようなことだが、知らないうちにこの世界にも慣れてしまっていたのか、こんなことがあってもさほど驚かなくなっていた。
傷が治っていく様を見ていると、なんだか妙におかしな程楽しい気分になり、失笑してしまった。
影の心遣いが、ありがたいやらいじらしいやらおかしいやら…
先程までの苛々した気分が消え去るようだった。
元の通りに治った両手に水をすくい、喉の奥に流しこむと、余計に気分が爽快になった。
最後に私は顔を洗い、生まれ変わったような気分で立ち上がった。
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