押しかけ花婿は邪竜の贄姫

きっせつ

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醜く穢れきった世界で

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邪竜祭の最終日の朝に現れた一体の竜。
その秋に染まった山のように美しい竜に神官達は真の竜神様が降臨されたと色めき立っていた。

我先に我先にと竜神様に御目通り願おうとするその姿は醜く、見るに堪えないとあの日のクルシェ神官は溜息を吐きながら濡れたタオルを絞る。
絞ったタオルを大神官の額に乗せれば、ふと意識を取り戻した大神官の焦点の上手く合わぬ目がクルシェ神官を見つめる。

「クルシェ。貴方には、とんだ貧乏くじを引かせてしまいましたね」

大神官はそう申し訳なさそうに眉を下げて笑い、弱々しい力でクルシェ神官の手を握る。

「貴方も少し休んだ方がいい」

遠回しに王城に居る竜神様に会ってきていいと促す大神官にクルシェ神官は首を横に振った。
「貴方も大概、苦労性ですね」と苦笑する大神官に少し腹を立てつつ、クルシェ神官は数日前から流行病に倒れた大神官の介抱を続ける。

小さな硝子の指輪を大事そうに握り締め、熱に浮かされながら懇々と寝続ける姿に神官達は皆、大神官様はもう長くないと言う。

本来であれば、誰よりも先に大神官様が新しく現れた竜神様に会うべき。それは例え、大神官が病で伏せっていたとしてもその順序を履き違える不敬がまかり通ってはならない筈なのに…。

「醜い」

その分別さえ出来ない他の神官達とは自分は違う。欲に塗れて醜く穢れた他の神官達とは違う。
大神官様こそが竜神様の隣に立ち、我々を導くお方。それがクルシェ神官が望む未来。


だからこそ、この未来は違う。
エルドラド子爵が竜神の隣に立ち、その威光を我が物顔で振り翳すこの未来はクルシェ神官の望む未来ではない。



クルシェ神官は客室の窓から屋敷に囲まれる竜神様の森を眺め、改めて確信する。
大神官さえ易々と立ち入る事の出来ない竜神様の森に子供達が駆けていく後ろ姿を眺め、クルシェ神官はその後を追った。

間違いを正す為に、竜神様をエルドラド子爵の魔の手から救い出す為に、森に立ち入ろうとした時、思いもよらぬ邪魔が入った。

「神官様。ここへの立ち入りはエルドラド子爵様の許可が必要です。勝手に入っては駄目ですよ」

通せんぼしたのは本を片手に持った薄汚い農民の少年。
身分不相応という言葉も知らない小汚い少年は小さな身体を必死に伸ばしてクルシェ神官を睨む。そんな少年に白けた目を向け、クルシェ神官は鼻で笑う。

「許可? 許可も何もお前達は入っているだろう。何故、竜神様に仕える神官である我々が立ち入る事を禁じられ、お前達が許される」

「僕達がオランジェ様とお友達だからです。友達だからエルドラド子爵様は十二歳までは立ち入る事を許してくれたんです」

「話にならない。子爵殿は領民の躾を怠っているようだな。たかが農民の子が神の友人を名乗るとは。子爵殿のたかが知れる」

厚顔無恥にも竜神様の友人を騙る農民の少年はその言葉に傷付いた顔をしたが、それでも食い下がった。無視して森に入ろうとしたクルシュ神官を止めようと手を伸ばしてきたので、その手を払う。

それでも止めようと今度は腰に抱き付いてくるので押し退ければ、少年は案外軽く、木に身体を打ち付けた。少年は痛みに呻きながらも必死にクルシェ神官の身体に追い縋ってくる。

「子爵様はっ、とても素晴らしい方です。僕達農民の子にも分け隔てなく学びの機会を与えてくれます」

「素晴らしい方? 竜神様の力を我が物顔で振り翳す痴れ者の間違いだろう。お前達農民はそもそも何故、この土地に来た?」

「それはこの土地でっ…」

「竜神様の加護を受けた土地。竜神様の加護を受けた作物。それを売り捌き利を得るお前達は竜神様を食い物にして生きている。竜神様は騙されているのだ。お前達に、子爵に」

本当に腹立たしい話だ。
エルドラド子爵は竜神様を誑かし、利用する為に婚姻を結んだ世紀の詐欺師だ。そんな詐欺師が大神官を差し置いて、竜神様の隣にいる。

「この屋敷もそうだ。竜神様の森を閉じ込めるように立っているではないか」

「違います。守ってるんです。子爵様はオランジェ様を守りたいんです。大好きだから。愛してるから。子爵様は不器用で優しい人だからっ…」

「愛? 馬鹿馬鹿しい。それが事実であれば子爵はとんだ愚か者だ。不相応にも神に恋慕など」

本当に腹立たしい事に少年は引かない。口でも力でも叶わないというのに、それでも追い縋った足から手を離さない。

こんな所でこんな子供に手を煩わせている場合では無い。早く竜神様をこの屋敷から救い出さねば。

クルシェ神官は盛大に舌打ちして、少年を引っぺがす為に蹴ろうとした。しかし、蹴る為に振り上げられたその足は不意にピタリッと止まり、視界に入った光景に目を見開いたままクルシェ神官は固まった。


紅葉降り頻る森の中。
赤や橙に黄。まるで秋の葉のように陽射しの中で色を変える不思議な髪を風に揺らしながらひとりの青年が佇んでいた。
白く透き通る肌に澄み切った翠の嵌め込まれた瞳をこちらに向け、悲しげに眉を下げる。

「お願いだから僕の友達を傷付けないでおくれよ」

クルシェ神官はただ見惚れた。
そのこの世のものとは思えぬ美しき姿に。彼が纏うその浮世離れした清廉な空気に。

それはクルシェ神官が求めていた以上に清らかで美しい神様。求めていた未来より美しき世界。

この世界は穢れきっている。
醜く穢れきった世界の中で自身に差した一縷の光にただクルシェ神官は求めるがままにその手を伸ばした。
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