縁切りの神様

やすほ

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思春期プライド

其ノ六

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 時計の針も、二十三時を回ったころ。神社に入る人足もほとんど途絶え、閑散とした時間帯。このころになってくると、注意しなければいけないのは窃盗だ。日本自体、他国と比べて治安がいいことは間違いないが、それは犯罪に手を染める人間がいないというわけではない。どんな集団の中にも、例外的なやつらはいるわけで、全体を見ただけで安心してはいけない。うちの神社も、何度か窃盗に会ったことがある。そのせいもあって、毎日、日付が変わる前に、賽銭箱の中身を回収することになっている。大概これは蘇芳の仕事。
 鍵を指に引っ掛け、くるくると回しながら闇にまぎれた神社内を歩く。賽銭箱があるのは本殿の前。さっき、ヨスガから縁切り主になる誘いを断った手前、正直あまり近づきたいとは思わない。まぁ、仕事だからどうしようもないんだけど。
 賽銭箱の前までたどり着くと、蘇芳はある違和感に気がついた。賽銭箱の裏側で何かがうごめいていやがる。近づいてみたところで、その正体が人だということにすぐ気がついた。
 小柄な体躯と、それには似合わないほど大きなリュックを背負い、足を丸めて座っている。頭にはフードを被っていて向こうを向いているから、顔こそ拝むことはできないが、そいつが着ているほつれの目立つパーカーと、擦ったような跡を残したジャージは、いかにも貧相に見える。

「お前、こんな所でなにしてんだ?」

 声をかけると一瞬だけビクついた後、こちらに振り返った。

「誰!」
「誰って、こっちが聞きてぇよ」

 いたのは一人の少女。想像以上に顔立ちは幼い。この時間に見かけるにはあまりにも未成熟。ただ、こちらを睨みつける鋭い視線だとか、意志の通った表情だとかは、年齢以上のものを感じさせるほどに、芯の通ったものだった。

「小学生か?」
「中学生‼」
「もう結構いい時間だけど」
「そうだね」

 少女は悪びれる様子もなく、むしろ「何か問題でもありますか」とでも言いだしそうな反抗的なニュアンスを含んだふてくされた態度で、蘇芳に応答する。思春期なのか反抗期なのか知らないけど、とりあえずこの子の素行がおそらくいいものではないということは、漠然とだが予想できた。

「あのなぁ、俺が言うのもなんだけどよ、素行不良ってのはいいもんじゃねぇぞ。そりゃな、若いうちは人に従わない感じが何となくかっこよく見えたりもするけどさ、そんなん一時期の迷いだから」
「金髪モヒカンがいうな」

 指摘されて狼狽える。そもそもこの髪はカッコをつけているわけではなくて、自分がしたいと思ったからこそのものだ。確かに、傍から見れば、蘇芳こそ素行不良の象徴みたいな見た目に違いない。そこは認めてもいい。ただ、今はそんな外見的な話をしてるわけじゃない。

「これはファッションだ! てか、そんなことはどうでもいいんだよ。中学生がこの時間に出歩いてることに対して言ってんだ」
「そんなの、わたしの勝手でしょ」

 少女はとても苛立っているように見えた。ただ、共感できる部分はあった。蘇芳自身、見た目の割に夜遊びの経験はない。いつも午後六時までには帰宅している。それは、ばあちゃんの存在が大きい。ばあちゃんがいたからこそ、自分がしっかりとしなければと思えたところがある。でも、しがらみから抜け出して自由になりたいと考えたこともある。それが蘇芳の学校での態度に出ているわけで、今の彼女は蘇芳とは別の形でその気持ちをぶつけているのだろう。ただ、さすがに中学生を深夜に見かけてしまうと、年上の高校生として見過ごせねぇが。

「まあ、気持ちは分かるけどさ、大人の言うこと無視して自分一人で生きてる気になっても、実際、そのせいで人に迷惑とか心配とかかけちまうわけで、結局中学生じゃどんなに頑張っても親の手のひらからは抜け出せねぇんだよ。分かったら、さっさと親の所に帰れ」
「喧嘩した」

 少女はこちらから目線を切った。そして、これまで何度も言ってきたことを再生するかのように淡々と告げた。

「喧嘩したの、親と。だから家出してきた」
「じゃあなおさら帰れ。時間が経つと余計に謝り辛くなっちまうからな」
「どうして、わたしが謝る前提なの? わたしは何も悪くないから。だから先に謝るのは向こうの方。わたしは向こうが頭下げてくるまで絶対帰らないって決めてるから」

 少女は口をつんと尖らせて、体を反対側へと向ける。もうかかわるなという意思表示か。蘇芳が回り込んで覗いてみても、目すら合わせようとしない。

「そんな意地張んなよ。喧嘩の内容は知らないけどな、大体こういうのは親が正しいんだよ。それに、親だって子供に家出されてるわけだから、言い過ぎたとか思ってるって。でも、子供になんて頭下げたくないから向こうからは謝りづらいんだよ。ほら、先輩が後輩に頭下げるのとか躊躇うだろ。あれと同じだよ。だから、お前が大人になって適当に謝っとくのが一番手っ取り早いんだよ」
「ふぅん、うざっ」

 夜風が吹き始めた。長居しすぎたせいか、少し肌寒い。そう思い、蘇芳は賽銭箱の錠に鍵をさす。

「じゃあいいよ帰らなくても。でも、ここじゃなくてどっか泊まれるとこ行けよ。こんな所に中学生一人放っておけねぇからな」
「お金ない」
「じゃあ、友達の家に泊めてもらえばいいだろ」
「もう泊めてもらった。知り合いの家に片っ端から泊めてもらって、もう行くところがなくなったからここに来たの。それくらい分かるでしょ」
「事情話して、もう一回泊めてもらえ」
「無理でしょ。そんな迷惑かけられないし」

 少女は蘇芳の提案を片っ端から否定していく。厄介極まりない。

「じゃあどうするつもりだよ」

 そう言いながらも、蘇芳は頭の中で、この後のプランについて考えていた。とりあえず、少女を説得して、警察署まで連れて行って、そこでおそらく事情を聞かれて、再びここに戻って来れるまでに一時間以上は優に要するだろう。わずらわしいが、めぐり合わせだろうし、最後まで面倒を見てやらなきゃな。そんな風に頭を巡らせていた。
だからだろう。少女の突拍子もない提案に、驚いてしまったのは。

「あっ、ならあんたの家に泊めてよ」
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