縁切りの神様

やすほ

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再会は死んでから

其ノ二

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 生徒たちがちょうど午後の授業を受け始めたころ。蘇芳は何となくやる気を欠いて、学校を後にした。屋上には、缶ジュース片手に遠くを眺める光太郎の姿が見えたから、とりあえず手を振っておいた。
 蘇芳の通う学校は京都市内に位置しているが、校門を抜けてすぐの通りは住宅街になっているため、非常に閑静で落ち着いている。市の広報版を右手に見ながら歩を進める。この時間帯は人通りも少なく、車もたまにすれ違う程度でしかない。

「ねぇ、ねぇ、そこの。ねぇ、そこの」

 甲高い声が路傍から聞こえてきた。蘇芳は気がついて、足を止める。

「えっ、振り向いた。めずらしい人」

 見ると、脇の住宅の石垣の上に、一人の女の子が座っている。年齢は小学校低学年か、それ以下だろう、まだまだあどけなくいたいけな少女だった。薄手の黄色い着物に身を包み、瞳は透き通る橙を映す。肩にかかる程度で栗毛色のくせっ毛が珍しい。
 幼女はちょこんと石垣から飛び降りてから、テケテケとおぼつかない足取りで近づいてきた。

「少し尋ねたいんだけど、いいかな」

 幼女は歩くごとに、どこからともなく鳥の羽を落とした。よく見ると、側頭部にも三枚ほど、手のひらサイズで茶褐色の羽をつけている。どこをほっつき歩けば鳥の羽を体中につけることになるのだろう。

「お前、頭汚れてるぞ」

 羽を取ってやろうとすると、幼女は蘇芳の腕を跳ねのけて、頬をパンパンに膨らませた。

「これは、わたしのだから。別に汚れてるわけじゃないから」

 憤慨した様子だが、面構えが幼女なだけに、全く威厳を感じさせない。蘇芳が悪かったと適当にあしらうと、幼女は我に戻ったようにハッとしてから、パンパンと二回自分の顔を叩いていた。

「それはそうと、この辺りで、幼子を見なかった?」

 幼子はお前だろう、という正論はとりあえずそのまま呑み込んだ。

「お前、迷子か?」
「違うから。わたしはこう見えても三百歳なんだよ。子ども扱いしないで欲しいな」

 やけに真面目にそう答えやがるから、おかしくて思わず笑いを堪える。そんな蘇芳に感づいたのか、幼女は再び怒りを顕にして、何で笑うのと弱々しい拳でポコポコと殴ってきた。かわいらしく思えて癒された。
 目の前の尊さに、沸き上がる感情を抑えながら、とりあえず事情を聴取する。

「分かった分かった。それで、とおちゃんとかあちゃんはどこだ?」
「だから、わたしは子供じゃないから。何回言わせるつもり」

 飽くまで彼女は迷子を認めようとしない。ただ、蘇芳も見つけてしまった以上、このまま放置することもできはしない。

「はぐれたんだな。なら、警察まで連れて行ってやるから一緒にこい」

 仕方ないので、蘇芳は強引に幼女の手を取った。

 ――取れなかった。

 それは幼女が蘇芳の手を交わしたとか、単純に蘇芳が空ぶったとかではない。蘇芳の手は確かに幼女の手と交わった。でも、接触はしなかった。すなわち、すり抜けたのだ。
 いつかも、同じようなことがあったようなデジャブに襲われる。彼女はおそらく、人ではない。

「まさか、お前もそういうたぐいのやつかよ」

 霊的な存在を認識することが多くなった蘇芳だが、ヨスガ以外で言葉を交わすのは、初めてだった。しかも、こんなにはっきりと、しかも蘇芳が人と間違うくらい自然な形で存在している彼女に、少しだけ驚かされた。

「それで何だ? 幼子だっけ?」
「そうっ。探してるの。どこかで見かけなかった?」

 幼子と言われても、抽象的過ぎて回答のしようがない。

「それだけじゃ分かんねぇよ。もっとなんかないのかよ。特徴とかさぁ」
「そうだなぁ。わたしと同じくらいの背丈で、黒い髪をしてたかな。歳は六歳って言ってたけど、そのわりにすごくませてて、キラキラしてるアクセサリーとかいうものをつけてたのは覚えてるの。名前はターカナ。普段はクールで落ち着いているんだけど、情に厚く優しい子でね。言うべきことははっきりと言うタイプだったかな。本当にいい子なんだよ」

 幼女の語る姿はやけにうれしそうで、言葉は流れるように続き、足元を見ると小刻みに跳ねていた。
 ターカナというのはあだ名だろうか。やけに独特な呼ばれよう。

「それ以外は? 正直それだけだと似たようなやつは腐るほどいる。もっと個性的な何かないのか?」
「うーん。そういわれてもなぁ。でも、わたしは聴覚だけは鋭いんだぁ。ターカナの心音は鮮明に覚えてるの。だから、心音を聞けば、例えターカナの容姿が大きく変わってたとしても必ず一発で見分ける自信はあるよ」

 幼女は得意げに鼻を鳴らした。異形の存在である彼女がそう言い張るのであれば、あながち嘘でもないのだろう。それに、今日はたまたま帰りが早くて夕食までまだ時間があるし、目の前で困っている幼女を無視できるほど根性も腐っていない。

「分かったよ。一緒に探してやる。でも、俺はそのターカナとかいう子のことを知らねぇから、その子が居そうな場所に連れて行ってやることしかできねぇ。それでもいいか?」

 幼女の表情が分かりやすく明るくなる。

「手伝ってくれるの? 本当に?」

 後ろで手を組み、小首を傾げて近寄ってくる。

「なら、お願いしちゃいます」

 幼女の名前は姑獲鳥(うぶめ)と言った。姑獲鳥は蘇芳の一歩後ろをついてくるように、ちょこちょこと歩いている。

「お前、この辺りに住んでるのか?」

「違うよ。わたしはここより東の地の出なの。百里以上離れたところにあるんだよ。ターカナともそこで出会ったんだ。でも、ある日あの子は突然、わたしを置いていなくなっちゃったの。だから、いてもたってもいられなくなって探しにきたというわけ」

 百里と言われても、蘇芳には具体的にどれほどの距離なのかいまいち把握できない。けれど、物凄く遠いことだけは理解できた。それほど離れたところから、一人でここまで来たというのだろうか。あまりに一途。

「そんな遠くから、よくここにそいつがいるって分かったな」
「わたしは、鳥さんたちとイメージを共有できるから。それを頼りに、鳥さんたちにターカナを見たことがないか聞いて回ってたの。最初はなかなか見つからなかったけど、この町に入ってから、一羽のハトさんが似た人を見たことがあるって言ってて。それに、その他にも見たよっていう子がちらほらいてね。だから、ターカナがこの町にいることは間違いないと思うの。でも、なんせここは人の数が多すぎるから、とても苦労してたところなんだ」

 彼女が口にしたようなやり方は、どちらかというと手あたり次第と呼ぶにふさわしい手法で、幼女が一人で行うには、相当な労力を必要としただろう。想像するだけで、その苦労が伺える。それほどに、彼女にとってターカナと呼ばれる少女は大切な相手なのかもしれない。

「そこまでして会いてぇやつってことか」

 問いかけると、姑獲鳥は待ってましたとばかりに目を輝かせる。

「よく聞いてくれました。ターカナはね、わたしにできた初めての友人なの。わたしはずっと長い間森の中に一人で住んでたんだけど。どうして一人でいるのか、なぜ存在しているのかは全く分からなくて。ただ、気がついたときにはそこにいて。森の中には動物や虫なんかは多くいるから、そういう子たちと普段は仲良くしてたんだけど、人間ってなかなか森の中には来てくれないでしょ。動物や虫たちと一緒に過ごすのも悪くないけど、鳥さんたちを除いて言葉が通じないから、どこか心が寂しかったの。それで、人間と仲良くなろうと試みたんだけど、たまに森に入ってくる人間も、わたしの存在に気がつく者は全然いなくて。仲良くなるどころか、目を合わせることすら簡単じゃなかった。こんなに神様が恨めしいと思ったことはなかったよ。でも、最近になって初めてわたしの存在を認知できる人間が現れてくれたの」
「それがターカナって子か」
「そうっ! ターカナはいい子なんだよ――」

 それから彼女はひたすらターカナとの思い出話を嬉しそうに語り続けた。紡がれる言葉に切れ目はなく、滔々と続くターカナ話に、蘇芳は半分聞き流しながら、街中を歩いた。
 蘇芳たちは、子供がいそうな公園や学校を、手あたり次第に歩いて回った。途中、姑獲鳥は見かけた鳥たちに話しかけて情報提供を求めていた。姑獲鳥が鳥と会話している姿は、彼女が一方的に話しかけているようにしか見えなかったけれど、鳥たちが変に鳴いたり羽を広げたり地団太を踏んだりしている様を見ると、ちゃんと意思疎通はできているのだろう。
 しかし、思いつく限りの場所を探して回っても、結局、ターカナらしき人物を見つけることは叶わなかったし、大した情報も得られなかった。

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