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俺とヨスガとリグレット
其ノ三
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結局、蘇芳の決心は数日が過ぎても固まることはなかった。個人的には縁切りをしたくはない。けれど、ばあちゃんの頼みだし、少なくともあの人は縁を切ってもらいたいと思っているはずだ。だから容易に断ろうとも思えない。二つの思いに板挟みにされ、どっちにも踏み出せずにいる。
ばあちゃんはあれ以来、縁切りを特に急かしてくることもなかった。それでも彼女の中で決定事項ではあるののだろう、代わりに十数枚の封筒を渡された。
「蘇芳。暇なら、これを配ってきておくれ」
「何だよこれ」
「お世話になった人たちに、手紙でも出そうかと思ってねぇ。あの世に行く前に、今生の別れと感謝を伝えておきたいでしょ。住所は表に書いてあるから、全部配ってきてちょうだい」
蘇芳は言われるがままに手紙を受け取った。
手紙のあて先は、主に親戚や近所の人たちへだった。
中には何て書いてあるのだろう。いわゆる遺書というやつだろうか。いや、けど、死んでから読めとも言ってないし、遺書とはまた別の呼び方がふさわしいだろうか。
いずれにしても、この手紙を配ってしまうと、もう引き返せないような気がした。だから、何となく配りたくなかったけれど、気がつくといつのまにか、一件目の家に到着してしまっていた。
インターホンを押してからしばらくして、杖をつきながらよろよろと現れたのは、近所のおじいさん。蘇芳が幼いころから、小学校の通学路途中にある横断歩道で、黄色い旗を持って立っていたのを覚えている。ばあちゃんとは昔馴染みらしく、数年前まではたまにうちに来てよく世間話をしていた。最近はめっきり見てないけれど。
「誰かと思えば、蘇芳くんじゃないか。こんなに大きなって」
「お久しぶりです」
「おばあちゃんは元気にしとるか?」
「おかげさまで」
手紙を渡すと、珍しいなぁと言いながらも、うれしそうにしていた。だからこそ、胸中は複雑だった。彼は、ばあちゃんが手紙を出した理由を知らない。もしそれが、最期ゆえの手紙だと知ったとき、どんな顔をするのだろうか。
「おばあちゃんとは仲ようしたもんやけど、手紙をもらったのは初めてかもしれん。どっちかというと破天荒な方だったさかい。今日は雨でも降るかもしれんなぁ」
その後も、蘇芳は指定された宛先に手紙を届けに行った。そのほとんどは家の近くで、特に苦労することもなかった。
手紙を手渡すと、その多くがばあちゃんとの思い出話を語ってくれた。歳を取ると口が達者になるのか、それともばあちゃんの知り合いがおしゃべりなだけなのかは分からないが、止めなければ延々と話していそうな勢いで口を回していた。聞いてるだけで疲れてしまう。それでも、興味深い話も中にはあって、そういうのを聞くのはおもしろい。中でも、特段気になったのは、祖母の学生時代の話。
「あまり友達と一緒にいるタイプじゃなかったわよね。どっちかというと一匹狼みたいに尖ってたわね」
「孤高の存在って感じの人だったわ。人には振り回されず我が道を行くってところが特に」
「あんたの所のおばあちゃんはねぇ、昔は変わった人だったのよ。いつも体育館の裏側で座り込んで。一緒に授業受けに行こう言うたら、わたしは神主になるから勉強なんてせんでええいうて、動かんかったんやから」
「今でも忘れんのは高校二年生の夏。今はあんまりないのかもしれんけどの、昔は番長っていうのが学校に大抵一人くらいはおったんだわ。うちの学校にも一つ上学年にそういう人がおっての。みんなが恐れるような怖い人で、誰も何も文句言えんから、その人はどんどんつけ上がってしまっての、他人に迷惑ばっかかけよった。でもある日、その番長が喧嘩で負かされおったいうから誰が相手やって聞いてみたら、お前んとこのばあさんやいうて、わしはもうビックリしてもうての」
「だから、女の子の間では人気だったんよ。男の子よりも男らしい。かっこええいうて。本人は気にしてない風だったけど」
「あの人、高三の夏に髪を染めたの。金色の髪を靡かせていたのが印象的だったわねぇ」
「口癖は、殺されても死なんいうて。わけを聞いたら、誰にも人生を左右されたないからいなんてぬかしよった」
口々に語られるばあちゃんの姿は、今のイタズラ好きのおどけた人間とはかけ離れたものだった。なんかちょっと意外だったし、ばあちゃんの秘密を覗き見てしまったような気がして、一抹の背徳感を覚えてしまった。
ばあちゃんの昔を知れば知るほど、縁切りをしたくなくなってしまう。ばあちゃんのことを語る昔馴染みたちは、往々にして嬉々としていた。それだけばあちゃんが慕われていたということだろう。なのに、蘇芳の一振りで命を奪ってしまうなんて、できるはずもないし、したくもない。それは、多くの人間の悲しみを呼ぶことになってしまうから。
それに、蘇芳だってばあちゃんの顔を、もう少し長く見ていたい。そもそも孫に自分を殺すよう言いつけるなんて横暴だろう。このくらいのわがままなら、説得すれば許してくれるはずだ。
蘇芳は初めて反抗することを心に決めた。
ばあちゃんはあれ以来、縁切りを特に急かしてくることもなかった。それでも彼女の中で決定事項ではあるののだろう、代わりに十数枚の封筒を渡された。
「蘇芳。暇なら、これを配ってきておくれ」
「何だよこれ」
「お世話になった人たちに、手紙でも出そうかと思ってねぇ。あの世に行く前に、今生の別れと感謝を伝えておきたいでしょ。住所は表に書いてあるから、全部配ってきてちょうだい」
蘇芳は言われるがままに手紙を受け取った。
手紙のあて先は、主に親戚や近所の人たちへだった。
中には何て書いてあるのだろう。いわゆる遺書というやつだろうか。いや、けど、死んでから読めとも言ってないし、遺書とはまた別の呼び方がふさわしいだろうか。
いずれにしても、この手紙を配ってしまうと、もう引き返せないような気がした。だから、何となく配りたくなかったけれど、気がつくといつのまにか、一件目の家に到着してしまっていた。
インターホンを押してからしばらくして、杖をつきながらよろよろと現れたのは、近所のおじいさん。蘇芳が幼いころから、小学校の通学路途中にある横断歩道で、黄色い旗を持って立っていたのを覚えている。ばあちゃんとは昔馴染みらしく、数年前まではたまにうちに来てよく世間話をしていた。最近はめっきり見てないけれど。
「誰かと思えば、蘇芳くんじゃないか。こんなに大きなって」
「お久しぶりです」
「おばあちゃんは元気にしとるか?」
「おかげさまで」
手紙を渡すと、珍しいなぁと言いながらも、うれしそうにしていた。だからこそ、胸中は複雑だった。彼は、ばあちゃんが手紙を出した理由を知らない。もしそれが、最期ゆえの手紙だと知ったとき、どんな顔をするのだろうか。
「おばあちゃんとは仲ようしたもんやけど、手紙をもらったのは初めてかもしれん。どっちかというと破天荒な方だったさかい。今日は雨でも降るかもしれんなぁ」
その後も、蘇芳は指定された宛先に手紙を届けに行った。そのほとんどは家の近くで、特に苦労することもなかった。
手紙を手渡すと、その多くがばあちゃんとの思い出話を語ってくれた。歳を取ると口が達者になるのか、それともばあちゃんの知り合いがおしゃべりなだけなのかは分からないが、止めなければ延々と話していそうな勢いで口を回していた。聞いてるだけで疲れてしまう。それでも、興味深い話も中にはあって、そういうのを聞くのはおもしろい。中でも、特段気になったのは、祖母の学生時代の話。
「あまり友達と一緒にいるタイプじゃなかったわよね。どっちかというと一匹狼みたいに尖ってたわね」
「孤高の存在って感じの人だったわ。人には振り回されず我が道を行くってところが特に」
「あんたの所のおばあちゃんはねぇ、昔は変わった人だったのよ。いつも体育館の裏側で座り込んで。一緒に授業受けに行こう言うたら、わたしは神主になるから勉強なんてせんでええいうて、動かんかったんやから」
「今でも忘れんのは高校二年生の夏。今はあんまりないのかもしれんけどの、昔は番長っていうのが学校に大抵一人くらいはおったんだわ。うちの学校にも一つ上学年にそういう人がおっての。みんなが恐れるような怖い人で、誰も何も文句言えんから、その人はどんどんつけ上がってしまっての、他人に迷惑ばっかかけよった。でもある日、その番長が喧嘩で負かされおったいうから誰が相手やって聞いてみたら、お前んとこのばあさんやいうて、わしはもうビックリしてもうての」
「だから、女の子の間では人気だったんよ。男の子よりも男らしい。かっこええいうて。本人は気にしてない風だったけど」
「あの人、高三の夏に髪を染めたの。金色の髪を靡かせていたのが印象的だったわねぇ」
「口癖は、殺されても死なんいうて。わけを聞いたら、誰にも人生を左右されたないからいなんてぬかしよった」
口々に語られるばあちゃんの姿は、今のイタズラ好きのおどけた人間とはかけ離れたものだった。なんかちょっと意外だったし、ばあちゃんの秘密を覗き見てしまったような気がして、一抹の背徳感を覚えてしまった。
ばあちゃんの昔を知れば知るほど、縁切りをしたくなくなってしまう。ばあちゃんのことを語る昔馴染みたちは、往々にして嬉々としていた。それだけばあちゃんが慕われていたということだろう。なのに、蘇芳の一振りで命を奪ってしまうなんて、できるはずもないし、したくもない。それは、多くの人間の悲しみを呼ぶことになってしまうから。
それに、蘇芳だってばあちゃんの顔を、もう少し長く見ていたい。そもそも孫に自分を殺すよう言いつけるなんて横暴だろう。このくらいのわがままなら、説得すれば許してくれるはずだ。
蘇芳は初めて反抗することを心に決めた。
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