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逃亡
第三十四話 君に近付きたくて
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ひとまずその資料は目につきやすいところに置いておいて、四人は再び探索を再開した。この後どうするのかと狷は言っていたが、一日くらいはここにいても大丈夫だろうと鳳凰が言ったので、今日は徹底的に屋敷の中を調べてみることにしたのだ。日和はあの日記を抱えながら探索を進める。暗号の書かれた本、書類、小さなトカゲのようなものがホルマリン漬けにされた瓶……色々なものがそこかしこから出てくる。めぼしいものとは何なのかも分からないままだが、とりあえず三珠や魔法について分かるようなものを探した。
途中で食料を調達したり、気が済むまで屋敷の中を探索し終えた頃には、外は暗くなっていた。あの資料以外に三珠や魔法に関して触れているようなものを見つけることは遂にできなかった。
「この屋敷、どこまで広いんだよ……」
「っていうか物が多すぎ……!」
謎の息切れを起こす正影と鳳凰は、その場に座り込んで肩を上下させていた。日和も疲労感を感じて、手近にあった椅子へと腰を下ろしてほう、と息をつく。少し遅れて三人のそばへやってきた狷の手には、何やら小さな紙が握られていた。
「何か見つけたのか?」
「……個人的に気になるものがあった。お前達には関係ない」
「ふーん、つれねぇなー」
「見たところで分からないだろう」
呆れたように腕を組み、狷は鳳凰へと紙を差し向けた。紙にはやはり謎の暗号が書き連ねられていたが、その横に口と舌らしき絵が書かれてあった。
「……なんだこれ?」
「分からないと言っただろう」
それがちらりと見えた日和の脳裏に、ぱっと日記の一文が蘇った。
『——舌のピアスは俺の——』
そこまで考えた時、狷が歩み寄ってきて思わず肩を震わせる。
「……その日記、後で読ませろ」
「あ……うん。これ、私も狷ちゃんに見てほしかったの。絶対に見た方がいいよ」
そう断言する。この内容の真意は、きっと狷にしか分からないだろう。自分がこれを最初に見てしまったことは後悔しているが、もう後の祭りだ。日記を狷に渡して、日和はそっと目を伏せた。
各々休息を取る中、日和は窓際に堆く積まれた巨大な本の上に座る狷のそばに歩み寄った。彼は日和から受け取った日記を読んでいるらしく、いつもと変わらない様子で静かに視線を手元に落としている。
「狷ちゃん」
声をかけると、狷はすんなりこちらに視線をやって目を細めた。
「……何だ」
「日記、どこまで読めた?」
問うてみるが、それには返事がなかった。しばらく日和を見つめていた狷は、また手元の本を見て黙り込む。あまり邪魔をしない方がいいかもしれないが、日和には気になることがあった。ここまで共に行動してきた狷と鳳凰。まだ彼らについて知らないことが多くて、もやもやしていたのだ。
「ねぇ、狷ちゃん。狷ちゃんと鳳凰はどうして知り合ったの?」
「……」
狷は邪魔をするなと言わんばかりにじとりと日和を睨んだが、諦めたのか大きくため息をついて本を閉じる。赤い瞳に見つめられ、思わず顔が熱くなった。
「師匠同士の繋がりだ。日記を見たのなら分かるだろう。それがどうした」
「二人のこと、もっと知りたいなあって思って」
「それなら鳳凰に聞け。やつの方がよく喋る」
それは分かっている。だからこそ、二人を知りたいからこそ、狷に喋りかけているのに。こういうところは鈍感なのか、はたまたわざとなのか。日和はむっと顔を曇らせる。
「あのね、狷ちゃんと話したいの」
「……面白いことなんてない」
「いいよ。聞きたいことに答えてくれるだけでいいから」
「……お前は我儘だな」
それも分かっている。でもこのくらいしないと相手にしてくれないことだって知っている。「嫌だ」と言わないなら肯定なのだということも。このまま話し始めれば聞いてくれるだろうと踏んで、日和は口を開いた。
「狷ちゃんっていくつなの? 私達とそう変わらないよね?」
「……二十だ」
「やっぱり! 同い年だね。鳳凰も一緒?」
「ああ」
思ったより素直に答えてくれる狷に、日和はふにゃりと笑った。嬉しかった。これまで正影や鳳凰と談笑することはあっても、こうして狷と話すことはほとんどなかった。わがままで無理やり話を聞いてくれることもなかった。少しは気を許してくれたのなら、それは日和にとって喜ばしいことだった。
途中で食料を調達したり、気が済むまで屋敷の中を探索し終えた頃には、外は暗くなっていた。あの資料以外に三珠や魔法に関して触れているようなものを見つけることは遂にできなかった。
「この屋敷、どこまで広いんだよ……」
「っていうか物が多すぎ……!」
謎の息切れを起こす正影と鳳凰は、その場に座り込んで肩を上下させていた。日和も疲労感を感じて、手近にあった椅子へと腰を下ろしてほう、と息をつく。少し遅れて三人のそばへやってきた狷の手には、何やら小さな紙が握られていた。
「何か見つけたのか?」
「……個人的に気になるものがあった。お前達には関係ない」
「ふーん、つれねぇなー」
「見たところで分からないだろう」
呆れたように腕を組み、狷は鳳凰へと紙を差し向けた。紙にはやはり謎の暗号が書き連ねられていたが、その横に口と舌らしき絵が書かれてあった。
「……なんだこれ?」
「分からないと言っただろう」
それがちらりと見えた日和の脳裏に、ぱっと日記の一文が蘇った。
『——舌のピアスは俺の——』
そこまで考えた時、狷が歩み寄ってきて思わず肩を震わせる。
「……その日記、後で読ませろ」
「あ……うん。これ、私も狷ちゃんに見てほしかったの。絶対に見た方がいいよ」
そう断言する。この内容の真意は、きっと狷にしか分からないだろう。自分がこれを最初に見てしまったことは後悔しているが、もう後の祭りだ。日記を狷に渡して、日和はそっと目を伏せた。
各々休息を取る中、日和は窓際に堆く積まれた巨大な本の上に座る狷のそばに歩み寄った。彼は日和から受け取った日記を読んでいるらしく、いつもと変わらない様子で静かに視線を手元に落としている。
「狷ちゃん」
声をかけると、狷はすんなりこちらに視線をやって目を細めた。
「……何だ」
「日記、どこまで読めた?」
問うてみるが、それには返事がなかった。しばらく日和を見つめていた狷は、また手元の本を見て黙り込む。あまり邪魔をしない方がいいかもしれないが、日和には気になることがあった。ここまで共に行動してきた狷と鳳凰。まだ彼らについて知らないことが多くて、もやもやしていたのだ。
「ねぇ、狷ちゃん。狷ちゃんと鳳凰はどうして知り合ったの?」
「……」
狷は邪魔をするなと言わんばかりにじとりと日和を睨んだが、諦めたのか大きくため息をついて本を閉じる。赤い瞳に見つめられ、思わず顔が熱くなった。
「師匠同士の繋がりだ。日記を見たのなら分かるだろう。それがどうした」
「二人のこと、もっと知りたいなあって思って」
「それなら鳳凰に聞け。やつの方がよく喋る」
それは分かっている。だからこそ、二人を知りたいからこそ、狷に喋りかけているのに。こういうところは鈍感なのか、はたまたわざとなのか。日和はむっと顔を曇らせる。
「あのね、狷ちゃんと話したいの」
「……面白いことなんてない」
「いいよ。聞きたいことに答えてくれるだけでいいから」
「……お前は我儘だな」
それも分かっている。でもこのくらいしないと相手にしてくれないことだって知っている。「嫌だ」と言わないなら肯定なのだということも。このまま話し始めれば聞いてくれるだろうと踏んで、日和は口を開いた。
「狷ちゃんっていくつなの? 私達とそう変わらないよね?」
「……二十だ」
「やっぱり! 同い年だね。鳳凰も一緒?」
「ああ」
思ったより素直に答えてくれる狷に、日和はふにゃりと笑った。嬉しかった。これまで正影や鳳凰と談笑することはあっても、こうして狷と話すことはほとんどなかった。わがままで無理やり話を聞いてくれることもなかった。少しは気を許してくれたのなら、それは日和にとって喜ばしいことだった。
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