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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
6 女神の加護を ◆クリストフ
しおりを挟む「アキ…聞いてる?」
コクン、と、小さく頷く。
「前にも言ったかもしれないが、俺は、子供は望まない。王家の血は兄上の血が残ればいいんだ。俺の子供は、諍いの種にしかならない」
「くりす、でも」
「これはあくまでも例え話だけど、もし、俺が、どこかの令嬢を妻に迎えたとしても、子供は作らない。そう、決めているんだ」
だから、アキが心配するようなことは何もない。
「俺はアキと共にいるだけで幸せなんだ。他は望まない。これ以上を望むこともできない。今が、最上の時だからだ」
唇はまだ震えていた。
瞬きをするたびに、目尻から涙が流れ落ちていく。
「アキは、どちらの言葉を信じる?あの女が垂れ流した言葉か?それとも、アキが傍にいないと仕事も進まない駄目な俺の言葉?」
「……くりすは、だめなんかじゃないよ」
アキが目を細めた。
……ようやくだ。ようやく、言葉が届いた。
「駄目なんだ。お前が傍にいないと、仕事が進まない。オットーに確認でもするか?お前が俺の膝の上にいてくれるだけで、いつもの倍以上仕事が捗るんだ。……これのどこが足手まといになっていると思える?」
「…クリス」
「俺の兵士団もそうだ。皆、お前に会うのを楽しみにしている。お前と話すとやる気が出るそうだ。……これに関しては、俺としては許容し難いが」
「クリス…そんなとこにまで、やきもちやく?」
くすくすと笑い始めるアキ。
…ああ。よかった。いつもの、アキの表情だ。
「俺は嫉妬深いよ。俺がアキに会えないのに、どうして団の奴らが会えるのか、意味がわからない」
「…だって、クリス、仕事してるから」
「お前がいればもっと進む」
震えの止まった唇に、そっと口付ける。
「……それで、だ。アキ。どちらを信じる?」
「クリスに決まってる。クリスのこと、信じてるから」
「なら、あの女がお前にかけた言葉は忘れろ。意味のないことばかりだ。……そうだろ?」
「……うん」
答えまでの僅かな間に、不安が募る。
まだ何かが、アキの中に巣食っているのだろう。
「…まだ何か不安か?」
「……俺の、魔法、って」
言葉を詰まらせ、そのまま口を閉ざしてしまった。
「アキ?」
「……ニセモノ、なのかなぁ……」
「どういうことだ?」
アキの瞳が揺れた。どうしたらいいか、逡巡しているようだ。
けれど、どうして偽物、などという言葉が出てくる?…あの女がアキに何かを言ったことは想像できるが、フロレンティーナ嬢からもメリダからも、まだ仔細を聞けてはいないから、把握できていない。
「アキ、思うことがあるなら全て話してくれ。俺は、後悔はしたくないんだ」
布団の中に入ったままのアキの手を握りしめ、その冷たさに背筋がぞくりと粟だった。
アキの体調が戻っているはずもないのだ。あれだけの魔力を放出し、身体が正常であるはずがない。
「…すまない、アキ。今はいい。アキ、眠ったほうがいい」
色々なことを一気に聞きすぎた。アキの負担になってしまう。
眠れば少しは体力も魔力も回復する。眠れないのであれば、また、俺の魔力を使えばいい。
そう思いながらアキから手を離した。
その、直後。
俺は、また判断を誤ったことを知る。
手を離した途端、アキの喉がヒュッとおかしな音を立てた。
「アキ?」
「あ………あ………ア………ッ、……ッ」
俺を見る瞳が怯えている。
喉からはおかしな音が漏れるだけで、アキがうまく呼吸できていないことは明白だった。
「アキっ」
「や………くり、す……、っ、」
喉をかきむしる。
わずかに漏れる声。
何かを考えるよりも早く、アキの開いた口を覆うように口付けていた。
アキの後頭部をやや引きながら、息を吹き込む。何度も繰り返せば、喉をかきむしっていた手は止まり、だらんと力なくさがる。
『我は願う』
俺は何を間違えたのだろうか。
『女神アウラリーネの加護を』
アキを守りたい。
『彼の者に心の安寧を』
守るための力が足りない。
『全てから守り得る加護を』
覚悟すら足りない。
『我は求む』
これほど、アキを愛しているのに。
『女神アウラリーネの御力を』
俺の、唯一の存在なのに。
『私の愛する者に』
アキの代わりはどこにもいない。
『お与えくださることを』
アキを失えば、俺自身も保たないだろう。
『この祈りが』
唯一無二の存在。
『女神アウラリーネに届くように』
アキの左手を両手で包み、自分の額に当てる。
『我は、願い、求む』
請願は、届くだろうか。
俺には癒やしの力は使えない。
中途半端な俺に、女神はそこまで力を与えない。
暫くの間――――実際には短い時間だったかもしれない――――、そうやってアキの手を握りしめていた。
その内、荒れていた呼吸音は穏やかなものになり、握りしめていない手にもぬくもりが戻ってくる。
かきむしった喉にも、これといった傷痕もない。
「…女神よ……、感謝します……っ!」
一筋の雫が頬を流れ落ちた。
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