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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
9 異変
しおりを挟むふと、目が覚めた。
部屋の中は優しいオレンジ色のランタンの灯りに包まれている。
隣を見たら、いつもどおりクリスが眠っていた。……ちょっと疲れた顔をしてる。オレンジ色の光でそう見えるんだろうか。
頬に手を伸ばして、すぐに引っ込めた。起こしちゃ悪いと思って。
少しの間、クリスの寝顔を見ていた。
まつ毛、長いなぁ。寝顔もイケメンだわ。この人が俺の婚約者とか…、嬉しすぎて恥ずかしすぎるね。
起きないかな…って少しドキドキしながら、俺の腰に回っていた腕を外し、大きな手に自分の手を重ねた。……わかってたけど、大人と子供みたいな違い。
クリスの右手はごつごつしてる。所々タコのようになっていて、剣ダコだったっけ…と、何度か撫でた。
剣を扱う人の手。
でも、優しいんだよ。
俺に触れるときは、これでもかってくらい優しい。そして、あったかい。
この指が俺の中に入ってくるときも……、やばいくらい優しい。俺自身よりも俺のことをわかってるこの指は、難なく俺の快感を引き出して……。
「ふぁっ」
自分の思考が恥ずかしくて変な声が出た。
クリスのこと起こしちゃったかと思って、ドキドキしながら顔を覗き込んだけど、眠ってる様子。多分、狸でもない。
よかった…と思う反面、珍しいな、とも思う。
クリスは気配に敏感だから、眠ってるときでも僅かな気配ですぐに目を覚ます。特に俺が動いたり起きたりすると、すぐに目を覚ます。……いつも、なら。
「……疲れてる?」
寝顔に浮かぶ疲労は、多分気のせいではないんだろう。
なら、ゆっくり眠らせないと。
だって、今日から遠征に行くわけだし。
こんな疲れた顔してたら、士気にも影響しちゃうよね。
だから俺もさっさと寝直そう……と思ったら、やたらと喉が渇いてるのに気づいた。
多分、目が覚めたのはこのせいなんだろう。目の前のイケメンな寝顔に、すっかり後回しになってたらしい。
とりあえずあまり振動が起きないように寝返りをうって、ベッド近くのテーブルの上を見る。そこにはいつものように水差しとコップが用意されていた。
とにかくそーっと足をおろしてから上体を起こし、床に立ち上がろうとして、予測不能なことが起きた。
「え…!?」
足元から崩れ落ちた。……いや、抱かれすぎて腰砕け状態になったときと似てるような……って、例えがそれなのか、俺!
「え……なんで」
自分にツッコミをいれてる場合じゃない。
自分の足に何が起きているのかわからなくて、オレンジ色の灯りの中で、自分の足を凝視した。
「ひ……っ」
自分の足を見て悲鳴をあげるとか、ありえない。けど、確かにそれは、俺の目の前の事実だった。
「あ……うそ、な、に、これ、な、にっ」
俺の足は、透けていた。
床の模様がわかるくらいまで、透けて、いた。
パニックになった俺は、近くにあった椅子にしがみついて立ち上がろうとして、できなかった。
足に全く力が入らず、バランスを崩して椅子ごとまた倒れ込んだ。
ガタン…って、結構大きな音が静かな室内に響いてしまう。
「アキ?」
ベッドから、クリスの声が聞こえた。
なんとか両腕で身体を支えて上体を起こしたら、焦った顔をしたクリスに抱きあげられた。
「どうしたんだアキ」
「クリス……クリス……っ」
涙が出た。
「足……、足が……っ」
両手で抱え上げられてるのに、クリスの手の感触もわからないなんて…、気のせいだと思いたい。
クリスはすぐに部屋の中を明るくした。
ぎゅっと俺を抱きしめてくれて、ベッドの上に降ろしてくれる。
「足がどうかしたか?」
「俺の足、消えかかってて……!」
クリスの表情がこわばった。それを見て、俺の心臓が嫌な速さになる。
クリスはゆっくりと視線を動かして、……息をついた。
「大丈夫だから」
頬を撫でられ、口付けられた。
手がゆっくりと腰のあたりから下肢に伸ばされる。
「あ……」
今度は、触れられてるのがわかった。
クリスの手は太腿から膝を辿って、足首まで撫でていく。それから片足を手で支え持ち上げた。
「………ある」
変な言葉だと思った。
けど、心からの言葉で。
クリスが、持ち上げた足の甲に唇を落とした。それから、手の動きとは逆に、足首、膝下、膝、太腿……って、唇を這わせてきた。寝間着用になってるクリスの服の裾を押しのけるように、足の付け根まで。
「綺麗な足だ」
「ん……」
「怖い夢でも見たのか?」
「……夢じゃなかった。ほんとに、消えかかってて、全然、力が入らなくて」
「……でも、心配いらない。消えてなかっただろ?」
「うん……、あった」
安心したら、余計に涙が溢れた。
何なんだろう。俺、情緒不安定なのかな…。
「なにかしようとしてた?」
「ん……」
目元に、クリスの唇が押し当てられた。柔らかくて温かい。
「喉乾いてて、水飲もうと思ったら、立てなくて…倒れて…」
「ああ」
クリスはすぐに水差しの中身をコップに注ぎ、自分の口に含んで俺に口付けてきた。
ゆっくり流し込まれのは、レモンのような柑橘系の香りがする果実水。
コクンコクンと飲みこめば、また同じように飲まされる。
果実水と一緒に、クリスの魔力も流れ込んできた。
……ああ、暖かくて心地良い。
「まだ飲む?」
「ん…もういい」
満たされた感じがして、今度は眠気に襲われた。
「眠れそう?」
「ん…、大丈夫…」
少し目をこすりながら言うと、手を抑えられた。
部屋の灯りはまた小さくなる。
「飲みたくなったら俺に言うんだ」
「でも……」
「でも、じゃない。約束してくれ、アキ」
「ん……わかった」
水を飲むことくらい、一人でできるのに……って思いつつも、素直に頷いておく。
だって、嬉しいから。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
触れるだけのキス。
いつも通り頭の下に差し込まれたクリスの左腕に額を押し付けながら、目を閉じた。
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