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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
48 ちょっと頑張りすぎました
しおりを挟む緊急性も重要性も感じられない書類を手に、固まってしまった。
え、なんで。だって、これ、単にクリスに来てもらいたいだけのものでしょ?
「この書状を寄越したのは貴族なんだが、『我が領が誇る特殊な湯』ってあるだろ?」
「ああ、うん」
俺が、「自慢の湯」って訳したところ。
「それが、怪我や傷に効果があるらしいんだ。……治癒の力のように治すものではないんだが、一時的にでも痛みを軽減させたり、赤みを帯びた怪我の痕が薄らいだとか、報告が上がってる」
「それって」
「その湯は地面から湧き出てるものらしくて」
「行きたい!!」
それって温泉じゃん!?行きたい!!入りたい!!
「アキの怪我にもいいんじゃないかと思って、一度は行ってみようと思ってたんだ。……どうやら魔物に悩まされているらしいしな。『討伐』がてら湯につかってこよう?」
「うん!!」
クリスと温泉デート……もとい、温泉で魔物討伐だ!!うわぁ、はやく行きたい!!
俺の反応を見ながら、クリスは笑いながら、書類に『遠征申請』と書き込んだ。……もしかして、オットーさん、これも見越してこの書類入れたのかな…?
それにしても温泉!!楽しみだぁ!!
浮かれ気味に3枚目の書類に手を伸ばしたところで、オットーさんと、昼食を受け取りに行っていたメリダさんとザイルさんが戻ってきた。
なので、書類仕事は一旦中断。珍しく皆でお昼ごはんになった。
オットーさんは、机の上に『遠征申請』と書かれた例の書類を見て、なんだか嬉しそうに笑ってた。…やっぱり、わざとだよね。ありがと、オットーさん。
俺は安定のクリスの足の上で、クリスに食べさせてもらっての食事。量は多くは食べれない。まだ。でも、比較的食べたほう。
食後に、メリダさんが柑橘系の香りのする紅茶を淹れてくれた。その香りに癒やされながら、午後に向けて気合を入れる。
お腹が落ち着いた頃、机に戻った。
クリスは書類を見ながら時々俺に意見を求めてくる。俺ができる助言なんて、ありきたりなことばかりだけど、クリスにとってはそれがいいみたい。「なるほど」とか「それなら」とか「やはりな」とか、反応を返してくれる。
今の所、最初の書類を含めて、調査対象になった案件は4件。これが、多いのか少ないのかは、俺には分からない。
遠征申請となった書類は、今の所温泉のものだけ。…調査結果次第では、遠征しなければならない案件も出てくる可能性があるから、日程調整は難しそう。
ウンウンうなりながら一枚一枚見ていたら、手が止まった。
「………あ」
それは、南の方の村からの報告書のようなものだった。
夏の一の月に入ってから、近くを流れる川の水の量が減ったこと。雨はそれなりに降っていること。水量の減った川の水に、時々獣の毛や鳥の羽根のようなものが混ざって流れてくること、森の中の動物の数が減ったこと……なんかが、書かれてた。
「クリス、これ」
「ん?………ああ。村から上がる報告書か」
「報告書と陳情とかって、なにか違うの?」
「ああ。基本的には違うものだな。報告書は、村や村の周囲で起こったことを定期的に送ってもらうものだ。陳情は、助けてもらいたいことがあるときに出すから」
「……じゃあ、川の水が減ったり、動物が少なくなってても、この村の人達は困ってはいない、ってこと?」
「そういうことになるな」
「クリス、これ、早急に調べたほうがいいと思う。多分、これ、村の近くの川の上流に、何かの魔物が巣を作ったんだと思う。ううん。巣じゃなくても、何か、川をせき止めるような何か」
「……なるほど」
「危険かどうかはわからないし、仮に巣があったとして、せき止められた川の水は、どうなってるのか心配だし。何かの弾みでせき止めてる何かが壊れたり流れたりしたら、下流域で洪水が起きるよ」
森から動物が少なくなったっていうのは、多分、上流に魔物が住み着いたせいだとは思う。けど、断定はできない。自然的なものかもしれないし。
わからない以上、調査するしかない。
「オットー、至急上流域の調査に向かわせろ。2名、人選は任せる」
「は。直ちに」
真剣な面差しになったオットーさんが、再び執務室を出ていった。
……何事もなければいいな。
少し、クリスに寄りかかった。
久しぶりに頭をフル回転させてて、疲れたのかもしれない。
クリスは疲れないのかな。こんな、神経を使う仕事ばかりしてて。
「疲れたか?」
「ん……、ちょっとね」
そういえば、何度か、クリスに休めと言われた。そのたびに、まだ大丈夫、まだ大丈夫……って、書類仕事の手伝い?してたけど、休んだほうが良かったのかも。
書類の束はあと半分。
ちょっと長く息をついたら、熱く感じた。
クリスが俺の頬や額に手を添えてきた。そしたらすぐに、俺を抱き上げて仮眠室の方に向かう。
「殿下?」
「アキを休ませる。メリダ、果実水とタオルの準備を」
「かしこまりました」
仮眠室に入ってすぐに、ベッドに降ろされた。
「クリス」
「すまない。気づくのが遅れた。熱が上がっているから休んでてくれ。…それとも部屋に戻ろうか?」
「熱……」
……知恵熱かな。頭、使いすぎたから。
「クリスの傍にいたい」
「わかった。大人しく寝ててくれ。すぐ終わらせてくるから」
「……俺いないほうが早く終わってたよね」
「そんなことはないと言っただろ?この短時間であれほどの量が終わったんだから。だが無理させてすまなかった」
「俺はクリスと仕事できて楽しかったよ」
素直にそう言うと、クリスは笑いながらキスしてくれた。
「扉は開けておくから」
「うん」
「それじゃ…おとなしく、な?」
「うん」
目元にもキスされてくすぐったくて目を閉じた。
そのまま俺は、眠ったらしく。
額にタオルをのせられても、クリスに果実水を飲まされても、気づかなかった。
やっぱりちょっと無理しちゃったんだなぁ。
心配かけてごめんね…って思いながら目が覚めた。
そしたら見慣れたいつもの部屋の天井で。
制服着てたのにクリス服になってるし、俺を抱き込むようにクリスが隣で眠ってるし。
その寝顔を見ていたら、俺もまた眠くなってきて。
おやすみって気持ちを込めて唇に触れるだけのキスをしてから、また、目を閉じた。
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