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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。

7 『駄目』とは言えない ◆クリストフ

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 最近、我慢が効かなくなってきた。
 アキの身体に負担になるからと己を律し、兄上の婚姻式の夜にもうそろそろいいだろう…と、アキを抱いてから、箍が外れやすくなっている。
 今日だって、直前までそんなつもりはなかった。
 ただ、俺はアキがいないとまともに仕事もできないことを、アキによく理解させたかった。
 俺の傍に常にいてほしい。
 離れてほしくないと願いながら、抱いた。
 アキの不安も理解したし、俺の思うところも理解してもらえたと思う。

 ぼーっとするアキを風呂で丁寧に洗い、部屋に戻るとメリダが昼食を準備して待っていた。
 ベッドはすでに綺麗に片付けられていて、思わず苦笑してしまう。
 向けられるメリダの笑顔が怖い。

「アキ、まだ寝るな」
「ん………ぅん」

 腕の中のアキは今にも寝てしまいそうで、身体が揺れていた。

「アキラさん、果実水をどうぞ」
「ん……」

 グラスを持つのも心許なくて、俺も手を添えてアキに飲ませる。

「ん……」

 コクコクと喉を鳴らし、艶めいた唇をグラスから離す。
 膝の上に座らせ華奢な身体を腕の中に抱き込み、用意された食事を少しずつアキの口元に運ぶ。
 咀嚼して、飲み込むまで、かなりの時間が経つ。その間にもアキの瞳は瞼が落ちそうだ。

「アキ」
「んー……、んっ、もぅいらなぃ……」

 何口目かを口元に近づけると、眉間にシワを寄せながら首を振り、体の向きを変えて俺にしがみつくように寝息を立て始めた。

「あー……」
「坊っちゃん」
「……すまない」
「全く……。料理長もがっかりしますよ」
「すまないと伝えてくれ」

 アキのことを思った料理。最近は食べる量も増えてきたから、残すことは少なくなった。

 ベッドにアキを横たえ、俺は食事の続きを摂る。
 メリダは特に何も言わなくても、目が覚めた時に口にできる果物をテーブルの上に置いていく。

「今回はどれくらいの長さになりそうなんですか?」

 アキの寝顔を確認したあと、メリダは俺の向かいの椅子に腰を下ろした。

「南は、現状確認と指示確認だから、長くても六日くらいで戻れると思う。その後は東だが、馬車での移動になるし、少し寄りたいところがあるから、十日か……まあ、秋月に入る前には戻るよ」
「ええ、わかりました」
「メリダは、家に戻るか?」

 南はともかく、東の地では少しゆっくり時間を取りたい。
 メリダを連れていくわけに行かないから、たまにはゆっくり体を休めてもらうのもいいかも知れないと思い言葉にした。
 メリダは微笑んで、否定した。

「お待ちしておりますよ。ここで。坊っちゃんたちが戻られてからすぐにお世話ができないと、アキラさんのお身体にも悪いですから」
「…わかったよ」
「アキラさんの体調が戻ってきたからと言って、今日のようにご無理をさせてはなりませんよ?その点、団長も副団長も当てにはできませんしね…。アキラさんの体調を気遣える人が、一人いれば……」
「俺が」
「坊っちゃんは駄目です。結局アキラさんを甘やかすだけで、あの瞳で見上げられたら、『駄目』と言えないでしょう?」

 思わず言葉に詰まった。
 確かに、アキの黒い濡れた瞳に見上げられたら、理性など吹き飛ぶし、願いは叶えてやりたくなる。

「……駄目なことはちゃんと駄目だと言える……」
「いーえ。無理ですよ、坊っちゃんには」

 そんなことはない……と、思っていたんだけど。

 昼食後、とりあえず必要な書類はオットーに部屋に運んでもらった。
 アキが目覚めたら、暁亭に行く予定だ。
 アキは連れて行かない。疲れているだろうし、抱いた後の余韻は抜けきっていないだろうから。

「ん……」

 身動ぎ、薄っすらと瞳が開いていく。

「アキ」

 頬に口付ければ、すぐに口元に笑みが浮かんだ。

「くりす」

 舌っ足らずな声。
 寝起きの、少しぼうっとしたあどけない表情。

「身体は辛くないか?」
「ん………ぅん」

 するりと伸びてくる腕は、俺の首に巻き付き、引き寄せられる。
 強請られるままに唇を重ねた。
 唇は薄く開き、誘ってくる。

「ん………んふ……」

 甘美。
 絡む舌は艶めかしく、温かく、甘い。

「んぅ……」

 アキの口内を堪能し、唇を離す頃には、アキの寝起きだった瞳にも、僅かに光が戻り始めていた。

「アキ」
「ん……きもち…」

 素直に甘えてくるアキはやはり可愛い。

「アキ、レヴィの所に行ってくるから」

 耳元で囁くように言うと、アキの瞳がじっと俺を見てきた。

「ギルマスのとこ?」
「そう。昼前に兄上たちと話したことを、レヴィに依頼に行かないとならないから」
「俺も行く」
「アキは連れて行かないよ。休んでてほしい」
「やだ」

 ぎゅ……っとしっかりと抱きついてくる。

「この間襲われたばかりだ。そんな場所に行くのは、まだ怖いだろ?」
「怖くない」
「すぐ帰ってくるから」
「やだっ、一緒がいいっ」

 これは久々の甘えたがりか。

「俺も連れていきたいが……」

 アキの身体のことを思えば、やはり無理だ。西町で襲われてから、まだそれほど日も経っていない。

 身体を離してアキを見下ろすと、例の潤んだ瞳で見上げられた。
 ……可愛い、すぎる。

「……クリスが言ったんだよ」
「ん?」
「クリスの、傍にいるのが俺の仕事だ、って」
「アキ」
「だったら、連れてってよ。俺の仕事、取り上げないで」




『「駄目」と言えないでしょう?』




 そんな、メリダの言葉が頭に浮かんだ。
 ……ああ、本当に、その通りだ。
 俺は、この瞳に逆らえない。

「……わかった。連れて行く。だけど、自分で歩くのはだめだからな?俺が、抱いていく」
「ずっと?」
「そう」
「……はずかしいよ……」
「じゃあ、留守番だ。メリダとお茶でも飲んでてくれ」
「行くもんっ」

 また俺にしがみついてきたアキに、笑みが浮かんでしまった。
 すぐに、メリダを呼んでアキの支度を任せる。その間に、部屋前で護衛についていたザイルに、西町へ出ることを伝え、オットーと二人、準備をさせた。

 メリダの呆れた顔を直視することができず、夏の涼し気な服を着込んだアキを、腕に抱き上げた。
 片腕で抱き上げると、アキは軽く俺の頭に抱きついてくる。

「…………………子供抱っこ」

 ぼそりと文句は言ったが、行かないとは言わない。
 メリダからの痛い視線を背中に受けながら、俺はアキを連れて暁亭を目指した。


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