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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
39 祈りを捧げるのは ◆クリストフ
しおりを挟む「卵……だよね?」
「卵、だな」
「卵…ですね」
巣に上がると不思議な光景が広がっていた。
いるはずの鳥型の魔物の姿はなく、巣に敷き詰められたような羽毛の中心に、『卵』だけが鎮座していた。
巣の大きさからもわかっていたことだが、卵といえどかなりの大きさがある。恐らく、アキの背丈と同じくらいの高さはあるだろう。
白くはない。
全体的にくすんでおり、それが生きているのかどうかすら怪しかった。
親鳥の姿がなく、卵だけという状況もよくわからない。
「親……いないね。あれ?飛び立ったとか、誰か見たかな?」
「いや…見てないはずだ。そんな報告は上がっていない」
ちらりとオットーを見れば、頷いているから確かだろう。
「……足元の羽根……って、親鳥?のものかな……」
「多分」
「卵だけおいていくなんて…ありえる?」
「普通はないだろうな」
何が起きたというのだろう。
昨日感じた神殿のような気配も今は感じられない。
俺の腕の中で、アキの視線は卵に注がれたままだ。
「クリス、降ろして」
「どうした?」
「ちょっと気になって」
真っ直ぐ、ただ、目の前の卵を見て。
思わず苦笑してしまう。
こうなったアキは何を言っても聞かないのだから。
足元に気をつけながらゆっくりと羽毛の上に下ろすと、柔らかさに少しぐらついた。
支えになればと差し出した手は、躊躇いなく握られた。
「………弱ってる」
「ん?」
「卵」
本来温めているはずの親鳥がいないのだから、弱るのは当然だろう。
むしろ、生きているのかすらわからない。
「やっぱり魔力じゃないよね…。クリス、何か感じない?」
「そう、だな。魔力の流は感じられない。弱っているというより、俺には死んでいるようにも感じるが」
「うん……。それくらい、弱々しいんだよね。うーん……なんだろ、これ。わかるようなわからないような……」
アキは俺の手を離すと、卵に近づきぺたりとその表面に抱きついた。
「アキ」
「アキラさん」
「大丈夫」
アキは俺たちに微笑むと、卵に額をつけた。
「あー…………うん、そっか」
力の抜けた声。
「女神様に……」
そう、アキが呟くと、その体からふわりと光が舞う。
神殿でも見た。
魔力とは違う、神官の浄化の光。
「………クリス」
アキの傍らに立ち頭を撫でると、アキは俺を見上げてくる。
「この子、魔物じゃない」
「魔物の卵ではないのか?」
「うん……。なんか、わかる。わからないけど、聞こえるっていうか、わかる。なんか、クリスとかラルフィン君とかに、近い感じ」
アキの言葉は曖昧なものだったが、俺が感じたものと照らし合わせればわからずとも納得はできた。
「……女神アウラリーネ様には、天使と呼ばれる御使いがついている」
「あ、神殿の絵に描かれてたね」
「ああ。御使いたちは女神を助けるものだ。…まぁ、王の補佐や騎士団みたいなものだな」
言葉を選んで伝えれば、アキはコクコクと頷いてくれる。
「そして、天使の他に、もう一つ……、いや、一人?……難しいな。『もう一つの存在』として、『聖鳥』と呼ばれる存在があると、教典の中には記されているんだ。聖なる鳥、だな」
「……聖鳥?」
「当然、誰も本物は見たことがない。女神のもとにいて、世界を見守っているとか、穢れを祓うとか、そんなふうに教典の中では語られているんだ。もちろん、その存在は、魔物ではない。むしろ、女神に近い」
「……女神様に近いもの……」
アキはまた卵に額をつけた。
そして、はっと気づいたように顔を上げる。
「クリス、わかった!」
「ん?」
「卵の言葉はわからないし、親鳥がどうしていないのかとかもわかんないし、わからないことばかりなんだけど」
「うん?」
「この子、祈ってほしいみたいなんだ」
「祈り?」
「うん。やっとわかった。音が言葉にならなくて。魔力じゃないから。川は流れがあるから、嫌な気配とか貯まることはないから、だから、川に来て、あ、でも、弱ってしまって帰り方がわからなくて――――」
興奮気味のアキは早口にとりとめもないことを口にする。
「落ち着け」
肩を抱き寄せて額に口付けると、ふ…っと身体から力が抜けていく。
「ゆっくりでいいから」
「あ……」
アキは軽く深呼吸をすると、困ったような笑みを浮かべる。
「えと……」
「卵が自分の意志をお前に伝えたのか?」
「……そう、なる?言語……なのかな、……えと………、あ、あれだ。クリスやラルフィン君が、女神様に祈り?を捧げるときのような言葉。普通の言葉に聞こえないのに、意味がちゃんとわかる不思議なあの言葉」
「ふむ」
「それが、卵から、直接頭の中に流れてくるみたいな?」
納得顔で言葉にする。
音が言葉にならない、というのはそういうことだったんだろうか?
「それでね、この子、迷子みたいなんだ」
「迷子?」
「うん。よくわからない、って。気がついたら、ここにいた、って」
「……卵なら、親から生まれるものだろ?」
「うーん……それも、よくわからない。俺に伝わってくるのは、戸惑いとか、不安とか、そんな感情ぽいものなんだけど」
「感情……」
「うん。あ、それで、今、この子すごく弱ってるんだ。ここは人里から離れてるし、祈りの力が届かない、って」
「祈り……か」
「うん。クリスは、浄化の光?出してほしい。あれ、すごく気持ちいいから」
先程、自分からも同じものが出ていたことなど、アキは気づいていないのだろう。
「オットーさんも祈って!」
「はい」
苦笑したオットーは、その場で片膝をついた。
「あと、下のみんなにも!」
アキはそう言うと、不安定な羽毛の上をほんの少しだけ駆け足で巣の縁まで行き、上半身を乗り出した。
「アキ…っ」
「アキラさん…っっ」
ぐらついたアキの体をなんとか引き止めたが、アキはそんなこと気にもせず、下に残る兵たちに手を振っていた。
「お願いします~皆さん、その場で女神様に祈りを捧げてください!!」
当然、皆困惑する。
間近で見ている俺達ですら、現状をいまいち把握できていないのだから。
けれど、アキが必要だと判断したからか。俺の兵団は皆、驚いたのは一瞬で、すぐにその場に膝を付き、手を胸に当て祈りの姿勢になった。
それを見ていた駐屯兵士団の者たちも、ばたばたと祈りの姿勢を取っていく。
……異様な光景とも見えた。
よくわからない巣に向かって祈りを捧げているように見えるのだから。
「クリス」
振り返ったアキに、怒る気にもなれない。
オットーもため息をついて、改めて膝をついた。
「お願い」
「……わかったから、頼む。無茶をするな。落ちたらどうするつもりだったんだ」
「落ちないよ。クリスがいるんだから」
アキの俺に向ける信頼がどれほど強いものなのかよくわかる。……わかるが、本当に無茶なことをしないでほしい。
今夜は説教だなと苦笑しつつ、アキの肩を抱き寄せて卵の元へ戻った。
卵のすぐ傍で膝を付き、片手を卵にふれさせる。
『この祈りを女神アウラリーネに捧ぐ』
俺の隣で、アキは両膝を付き、胸の前で両手を組んでいた。
『正しき道が開けるように――――』
閉じていたアキの瞳。
それがゆっくりと開いたとき、瞳は黒から金色を呈していた。
『「祈りを――――」』
俺とアキの声が重なった。
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