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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
41 願い、思い、祈る ◆オットー、ザイル、ルデアック
しおりを挟む◆side:オットー◆
俺が最後に女神に祈ったのは、何年前のことだろう。
少なくても、両親が死んだあの日から、祈った記憶はない。殿下に拾われたあとも、だ。
大概どこの国でも信仰されている豊穣の女神アウラリーネ。俺にとっては、信仰も神官も教会も神殿も、忌むべきものであって敬う対象ではないのだ。
殿下はその理由を知っているからこそ、女神を敬えとは言わない。
俺が信じる者は殿下だ。女神じゃない。
あの村を救ったのは女神ではなく殿下だからだ。
神官を憎んでいようと、神官である殿下にはそんな感情は持たない。神官で在る前に、殿下は殿下だからだ。
だからこの先も、俺は祈りなど捧げないと思っていた。
なのに――――
「オットーさんも祈って!!」
「はい」
ものすごい勢いで、アキラ様に言われてしまった。
そんな強制、受けなくてもいいのに、何故か彼には従わなければならない、そんな気がしてしまうのだ。
一度は膝をついたが、巣から身を乗り出したアキラ様を見て、殿下とほぼ同時に駆け出していた。
……本当に。この人は無茶をする。
落ち着いてから、改めて膝をついた。
殿下の落ち着いた声を聞きながら、胸に手を当て目を閉じる。
様々な感情が湧き出る。
憎しみや怒りも。
それから、安堵感や幸福感も。
今までの全てが、今の俺を作り上げた。
己の身に起きた事は全て事実であり、覆すことはできない。けれど、今のこの現実も失いたくはない。
信頼し、信頼され。
守り、守られ。
何も知らず何もできず、全てを失ったあの日々。
それら全てが糧となり、今があるのであれば。
俺は、すべてを受け入れよう。
口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
こんなの、祈りでもなんでもない。
ただ、決意を新たにしただけだ。
自分を肯定し、認めるだけの行為。
そこに、女神への敬虔な思いなどなにもない。
こんなんじゃ駄目かと思い目を開けば、卵のすぐそばで、肩を寄り添わせ手を握り合う殿下とアキラ様の姿が目に映る。
俺が守りたいものが、そこにある。
………ああ、そうだな。
これだけは、祈ろう。
このお二人が、いつまでも幸福であるように。
俺が、このお二人を守り切ることができるように。
これだけは――――願ってもいいだろう。
◆side:ザイル◆
巣を見上げながら、上に行った三人は無事だろうか…と、不安に思っていた。
私には私のすべきことがあるのは承知しているが、やはり不安はある。
周囲の警戒は怠っていない。
今のところ、昨日のような魔物の襲撃は無い様だった。
アキラさんが顔を出したのは、本当に突然だった。
あんな高い不安定なところから身を乗り出してくる。
「危ない……っ」
思わず声に出してしまったが、すぐ後ろに殿下とオットーの姿を見てほっとした。
「お願いします~皆さん、その場で女神様に祈りを捧げてください!!」
手を振りながら、突然そんなことを叫ぶ。
本当に何があったのかと苦笑してしまう。
私達、殿下直属隊の中には、アキラさんの姿を見て、聞いて、驚きと笑いが生まれる。
アキラさんらしいというか。
私達の行動は早かった。
狼狽える駐屯兵士団の皆を横目に、私達は一斉に祈りの姿勢を取った。
私達の中に、誰一人として、アキラさんの言葉を無視する者はいない。
彼は私達に、無駄なことは一切言わない。彼の指示はいつも的確なのだ。
多くの知識は長けた武力よりも勝ると思う。けれど彼は、それをひけらかすことはしない。だからこそ、私達は、アキラさんのことが好きなのだ。
私達に遅れて、駐屯兵士団の皆も祈りの姿勢を取った。
それから間もなくして。
巣から何かが飛び立った。
皆、ざわめく。
それは銀色の鳥のような何かだった。
ただ、それを見たのは本当に一瞬。それは空の中に溶けるように消えていってしまったから。
「まーたアキラさん、滅茶苦茶なことしたんですかね」
楽しそうにリオが言葉にする。
「報告が楽しみだな」
「はい」
十中八九、何かしたのだろうけど。
何をしたのか、リオではないけれど、聞くのが楽しみだ。
◆side:ルデアック◆
「班長…ほんとに信用できるんですか?」
「ゾーイ」
今回俺の補佐を任せたゾーイ・カリスタが、巣に上がっていく殿下方を見ながら不審げに問うてきた。
何を持って『信用できる』のかは、さっぱりわからないが。
「あの婚約者殿は大丈夫だろう」
「俺には貴族の我儘にしか見えないんですが。婚約者殿が同伴する意味がわからない。本来なら、兵士も連れて行くべきでしょうに」
吐き捨てるように囁かれる言葉に、ため息しか出てこない。
「お前の妹、婚約者候補だったか」
「いいんですよ、そんなのは」
俺が指摘すると、ゾーイの表情は歪む。いい、って顔じゃないな。
「まあ、いい。お前がなんと言おうと、あの婚約者殿に対する、殿下と殿下の兵士団の方々の信頼は強固なものだ。不穏な言動は控えろ」
「はいはい」
それからもブツブツ文句を並べるゾーイにため息も隠せなくなった頃、頭上から婚約者殿の声が響いた。
「お願いします~皆さん、その場で女神様に祈りを捧げてください!!」
は?
祈れ、とは?
俺たちはその指示の意味がわからず呆然した。
ここは戦場であって、教会でも神殿でもない。
こんな、いつ魔物が襲ってきてもおかしくはない場所で、祈れ?
「何言ってんの、婚約者殿」
ゾーイは不快感を隠そうともしない。
残念ながら、それには俺も同意見だ。
どれほど優れた魔法師だとしても、戦場を知らなさすぎる。
そんな指示には従えない、いや、ただの婚約者という立場の者に、全て従う理由もない。
……そう、思っていたが、殿下直属の兵士団の方々が、なんの不満もなく、躊躇いもなく、その場に膝をついた。そうすることが当たり前のように。
これには、流石にゾーイも口を噤んだ。
俺たちの間に動揺が走る。
……ああ、仕方ない。
俺は渋々、膝をついた。
祈りは、体に染み付いている。
兵士になってからも、欠かさず行ってきた。
俺が膝をついたことで、他の面々も膝をつく。ゾーイも苦虫を噛み潰したような顔をしながら、膝をついた。
祈り始めれば、余計なことは忘れてしまう。
こんなときに魔物に襲われたらひとたまりもない。
けれど、一度祈り始めてしまえば、そんなことも忘れてしまう。
これに一体何の意味があるのか。
わからないまま、祈り続けた。
祈り終えて目を開くと、巣からは眩い光を纏った何かが羽ばたいた。
それは上空へ昇ると、吸い込まれるように消えていく。
「…………は?」
本当に、全く、意味がわからなかった。
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