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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。

44 謎 ◆カリスタ

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 妹はそこそこ顔もいいし器量もいい。第二王子殿下の婚約者候補筆頭のデリウス公爵家のご令嬢と比べれば、子爵家であるカリスタ家は家格が劣る。
 けれど、第二王子殿下は家や身分で選ぶような所が見られず、筆頭と言われながらも何年も婚約を結んだという情報が入らなかったから、妹にもまだ機会はあると思っていた。
 だが、唐突に、殿下の婚約者が決まったと教えられ、しかもその相手は貴族でも、ましてやこの国の民でもない、どこから来たのか定かではない平民の男だという。
 それ自体、その少年に殿下に相応しい器があったのだと思えば納得もできたが、入ってくる情報は全くの正反対なもの。

 正直に言おう。
 幻滅したんだ。






 春の二の月にスライムの襲撃を受けたタリカ村。
 担当地域が比較的近いこともあって、あの村に出向いた駐屯組には知り合いが多い。
 その彼らから聞いたのは、「あの第二王子殿下が珍しい黒髪の愛妾同伴で討伐に来た」というもの。
 なんの間違いだ。そんなの、ただの見間違いとかだろ…と詰め寄ったが、あの雰囲気は愛妾に間違いなく、しかも、殿下の方がのめり込んでるんじゃないかという返事。
 ……愕然とした。
 殿下に認められ、完全実力主義のあの兵団に入ることを目指していた。平民も貴族も関係ないあの兵団に。
 近衛騎士団に所属する騎士も憧れるほどの。
 殿下の兵団に所属できること、それは、己の強さを認められた証拠。
 己を磨き、いつの日かと夢見て。だからこそ、魔物討伐の多い駐屯兵士団所属を望んだのだ。
 なのに、その殿下が?
 愛妾を連れて魔物討伐に来るなど、信じられなかった。




 それから間もなくして、その時語られた内容に齟齬があったことが判明した。
 王都から連れて行った愛妾ではなく、スライムに襲われていた少年を助けた、というのが事実だったことに安堵したのもつかの間、その少年が婚約者として迎えられたと言うのだから。
 黒髪という特徴は一致していたから、間違いなく同一人物。
 その少年と蜜月を過ごす殿下は、仕事も鍛錬もせず、毎日毎日少年と過ごすだけ。
 ――――そう、聞いたら、幻滅したって仕方ないじゃないか。
 もう、俺が憧れた殿下ではなくなってしまったと、嘆いても仕方ないじゃないか。
 殿下を堕落させた男娼と言われるその少年婚約者を、憎んだって仕方ないじゃないか。
 この際、妹のことはいいとして。





 なので、まさか、こんなところでその婚約者と会うことになるなんて思ってもみなかった。
 鳥型魔物の巣の近くで、集まってくるだろうと魔物の討伐を依頼され、数日間その任務についていた。
 間もなく第二王子殿下が彼の兵団と共に到着するという日、それまでみたこともない大型の魔物が現れた。
 みたことのない魔物。名前すらわからない。
 蛇のような尾はそれ自体が意思を持ち、山羊のような頭部には鋭い角。口からは時折炎を吐いていた。
 異常事態だ。
 周囲に侍るように現れた他の魔物は、それなりに見たこともあるし、倒したこともある。
 だが、その大型だけは別格だった。
 剣は中々通じず、怪我人が増えていく。
 一体何が起きているのかと呆然としていた頃、殿下の兵団の制服を着た者が二名駆けつけてくれた。
 その二人が入るだけで、戦況は変わった。
 怪我人を下げる余裕ができた。動きを見る余裕ができた。
 けれど、決定打にはならず。
 むしろ、自分たちが足手まといになっていることに気づいて歯がゆかった。
 戦況が大きく変化したのは、殿下が到着されてから。
 そして、大型の魔物は後ろ足を土魔法で拘束され、更に炎を吐き出す口には、一瞬にして氷塊が詰まった。
 魔法師を連れてきているのかと安堵し、殿下の見ごとな剣さばきを見て、自分が憧れていた殿下となんら変わりないことがわかった。

 ………そんな自分の憧れの対象である殿下が、戦闘直後に、眠る少年――恐らく件の婚約者――を腕に抱き、準備を急がせた天幕に連れて行く姿を見てしまったら………、改めて感じた憧れ分、失望したって仕方ないし、その婚約者に対していい感情を持てなくても仕方ないと思うんだ。
 殿下だけじゃない。
 厳しくて有名なオットー団長にしても、いつも表情を崩さず冷静に任務に当たる他の団員たちも、その婚約者に対してかなり好意的だ。……いや、好意的なんてものじゃない。殿下と同列に扱い、しかも、笑顔。和気藹々とした雰囲気は、まるで一つの家族のようだった。

 ………全く意味がわからない。

 翌日の行動だってそうだ。
 突然「祈れ」と言われ、殿下の兵士団は全員が躊躇いもなくその言葉に従う。
 俺たちも渋々従ったわけだが……、なんの意味があったのか。

 我儘で、自己中心的で、殿下も殿下の兵団も堕落させた張本人。
 俺の中では、最低な評価しかない婚約者。

 ……………だった。

「あ、俺運ぶ!」
「え」
「ほら、パンなら軽いし、大丈夫!」
「えー………。じゃあ、お願いしますね?」
「うん!」

 まさかの光景があった。
 巣から降りてくるときに殿下と何やら言い合って、殿下の腕の中から降りたと思ったら、嬉しそうに手を繋いで階段を降りてきた。
 なんてことはない光景なのに、殿下の兵団から、驚いたような喜んだような声が上がって、逆にこちらが驚いた。
 当たり前のことなのに、何をそんなに喜ぶんだろうか。
 それから、遅くなった昼食で、自分から手伝いを申し出る。
 ……ただ、殿下に甘えて自分で歩くこともせず、好奇心だけで戦場に首を突っ込んでいるんじゃないのか?それとも、これも計算のうち?

「ルデアックさん、パンここでいいですか?」
「え、ええ。大丈夫ですよ」
「了解です~」

 俺たち駐屯組からも手伝いには回っているが、何故か殿下の兵団が中心になって給仕している。
 その中に、笑顔を振りまきながら、危なっかしい歩き方でパンの皿を配る婚約者の姿。
 ……ちょっと、異様な光景とも思う。

「えーと…、次のはここいらでいいです?」

 気がついたら目の前にいた。
 よく見れば、少し息が上がっていて、呼吸も早い。左手は少し震えている。……なのに、笑顔。

「……はい」
「了解~~…っと!」

 掛け声の割に丁寧に皿を置くと、ふぅっと息をついた。

「……疲れたのなら休まれては?」
「あ、俺?やぁ、いいんです。大丈夫です!今まであんまり動けなかったから、今動けるの楽しいので!」

 ……動けなかった、ってなに?

「どこか病気でも?」
「全然!ただうっかり魔物に食べられかけて、生死の境彷徨うような大怪我しちゃったんで、体自由にできなくて。あ、でもでも、皆さん、ほんとにありがとうでした!」
「……はい?」
「お祈り!あの鳥さん、本当に嬉しそうで。あの鳥さんがちゃんと飛び立てたのも、皆さんがお祈りしてくれたおかげです!」

 ………屈託なく話すけど。
 知らない情報ばかりで。




 魔物に食べられかけたとか
 生死の境彷徨ってたとか
 体の自由が利かなかったとか
 祈りで鳥型の魔物が飛び立てたとか




 本当に、なにそれ状態で。
 まあ、一番よくわからないのは、この本人で。

「俺なんかの話、聞いてくれて、本当に感謝しかないというか……、あ、じゃあ仕事に戻ります!」
「え、あ、はい」

 それからも、婚約者は駐屯組ばかりじゃなくて、殿下の兵団の間も駆け回り、頭を撫でられ、笑い合い、最後に殿下のところに戻った。
 ……なんだろう。妙に目が離せないというか。

「不思議な人だよな」

 いつの間にか隣にジェイドが座っていて。

「不思議……っていうか、謎すぎるんだけど」

 俺たちにまで別け隔てなく接して声かけて。
 自分からしなくてもいいだろう仕事して。
 殿下の婚約者なのに、俺たちにまで頭下げてお礼を言って。
 ……今は、殿下の膝の上でぐったりしてて。

「………ほんと、謎」

 ボソリと、呟いて、パンを手に取った。
 変わり映えしないはずのいつものパンは、何故か美味しく感じられた。
















*****

ジェイド・ルデアックさん
駐屯組の今回の川辺守備班班長さん。
子爵家長男。
家は弟が継ぐこと決定してるので、腕試しに冒険者になるのもいいなぁと考えてる人。

ゾーイ・カリスタさん
駐屯組の今回の川辺守備班副班長さん。
子爵家次男。
無意識にアキに懸想する子。
大丈夫です。
問題は起こしません!(笑)

ちょっと書きたくなりましたので挟ませていただきました。
今回限りの子たちかなぁ。

親しくないので、アキは家名呼びです。
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