387 / 560
第6.5章 それでも俺は変わらない愛を誓う(side:クリストフ)
2
しおりを挟む神殿の七の鐘が鳴ったあと、俺は一人で礼拝堂に赴く。
願うのはアキのことばかり。
アキを亡くしたと思っていたときは、何故このような結末を用意していたのか、女神に問うばかりだった。
だが今願うのは、アキが平穏であることばかり。
『ノート』から読み取れるのは、元の世界で、治療院みたいな場所にアキがいることだ。
こちらにいたときのように、度々熱を出し、体力もなく弱っている様子がうかがえる。
元気になって欲しい。
俺の傍にいないのだから、せめて、身体だけでも。
傍にいればすぐにでも癒やしてやれるのに。
この祈りが届いているのなら、早く俺のもとにアキを返してくれ。
代償が必要だというのなら、命以外俺の全てを差し出せる。アキが、俺の腕の中に戻ってくるのなら。
……ああ、腕は残してもらいたい。アキを抱きしめることができなくなるから。
いつもと同じように、アキを思い続ける。
この時間、神官たちは担当の者以外は休んでいるはずだ。
けれど今夜は来訪者がいた。
「…殿下」
抑えた声で呼ばれる。
「ラル」
「僕も……いいですか?」
僅かなランタンの明かりの中でも、ラルフィンの表情が固くこわばっているのはよくわかった。
はじめからそうするつもりだったのだろう。俺の答えは聞かずに、すぐに俺の隣に膝を付き、祈り始める。
扉近くに他の気配もした。ラルフィンが一人でここに来るわけがない。確認するまでもなくあの二人だろう。
「………僕は」
胸の前で手を組み、瞳を閉じたまま、ラルフィンは口を開いた。
「どうしてあのとき、殿下と共に行かなかったのか…、後悔ばかりしています」
「ラル」
「何故、アキラ様が、女神さまの御下に還らず散ったのか、未だに僕にはわかりません」
少し震えた声に、ラルフィンが抱えていたであろう苦悩がわかる。
「殿下は……何か、ご存知ですか?」
女神に一番近い存在であるはずのラルフィン。
俺と同じように何度も女神に問いかけたのだろう。何故、どうして、と。
「女神さまは、僕に何も教えてくれません。どんなに問うても、優しくほほえみ、頭を撫でるだけです」
女神はラルフィンにも何も語らないのか。
「殿下、アキラ様は」
「ラル、アキのことは俺にもわからない。もうこの世界のどこにも、存在していないということしかわからないんだ」
くしゃりと歪むラルフィンの表情。
「やっぱり僕が……っ」
「ラルフィン」
ぽたりと落ちる涙。
ラルフィンを促し立たせ、ちらりと二人の方を見れば、音もなくこちらに歩み寄る。
「「フィー」」
アキを思ってどれだけ泣いたのか。
二人からは動揺する気配も感じられない。
「ラルフィン、アキが消えたとき、怪我はほとんどなかったんだ。軽い切り傷も数か所だけだった」
「それは……」
「アキが消えたのは、魔力消耗……魔力を使い切ったからだ」
息を呑んだのはエルフィードだった。魔法師でもある彼にとって、その危険性がよくわかるのだろう。
「魔力に対して、神官の癒やしの力はなんの効力も持たない。だから、ラルフィンが責任を感じることはないんだ。……むしろ、感謝してる」
「殿下……」
「西の森でアキを全力で癒やしてくれた。ラルがいなければ、俺はあの時アキを失っていたんだ」
「それは……」
「それに、俺がアキを失うことは、もうわかっていたことだ」
弾かれたように顔を上げたラルフィン。ラルフィンを慰めていた二人も、俺に視線をよこしてきた。
「アキは魔力を消耗するたびに、魂を消費して補っていた。あの時点で、レヴィからはもってあと数ヶ月と言われていたんだ」
「…っ」
「俺もレヴィも助ける手段を探していた。……結局、解決策は何も見つからなかったが」
「そんな……」
余計涙を流すラルフィンの頭を、苦笑しながら撫でた。
「そんな……こと、なんで、女神さま……っ」
「いいんだ、ラル。…それよりお願いがあるんだ。俺にはラルのように女神様の声を聞くことはできない。だから、女神様が何か仰ったとき、それを俺に教えてほしい」
俺が聞けない声も、ラルなら聞けるかもしれないのだから。
「声なら……いくらでも……っ」
「ああ。これ以上、気に病むな。お前の恋人たちまで暗い顔をしている」
「ディー……エル……っ」
「泣き虫フィー」
「ほら…もう帰ろう?」
アキが戻ってきたら、ラルフィンにはしっかり話そう。
俺がどれほど言っても、後悔し続けるのだろうから。
二人に促されるまま、ラルフィンは足を動かす。
ディオルグは俺に軽く頭を下げてから、ラルフィンに向き直った。
あの二人がいればラルフィンは大丈夫だろう。
「……今夜は来訪者が多いようですね」
ラルフィンたちを見送り、どこともなしに、声をかける。
宿舎に通じる扉の近くには、苦笑した神殿長が佇んでいた。
「殿下はいつまで夜の礼拝を続けるのかと思いましてね」
「……続けますよ。アキが、戻るまで」
はっきりと伝えると、神殿長は満足そうにうなずいた。
「戻るまで、ですか」
「ええ」
俺にも躊躇いはない。
アキが俺の腕の中に戻ってくるまで、祈りを絶やす気はないのだから。
「何か、ありましたか」
「神殿長?」
「先日までの貴方とは、全く表情が違う」
「……ああ」
「良い方向に流れているのだと……解釈しても?」
「ええ。いずれ、話します。もう、後ろを向き続けるのは辞めると決めましたから」
「それはよかった」
「ご心配を、おかけしました」
どれほど沢山の者たちを、俺の悲しみに引きずり込んでいたのか、今更ながら気付かされた。
アキを迎えるために、しっかり前を向こう。
『殿下に、女神様の祝福を』
薄暗い中に、光が舞う。
俺は自然と膝をついた。
『違えることなく前へ進めるよう、お見守りください』
祈りの言葉とともに、癒やしの力が降り注ぐ。
……ああ。アキ。
俺は忘れていたよ。
俺には、支えてくれる者たちが沢山いる。
お前に恥じぬよう、呆れられぬよう、皆に感謝を伝えよう。俺を見放すことのなかった皆に。
アキ。
俺は生きていてよかったと、心から思う。
自害を止めてくれてありがとう。
俺を引き止めてくれてありがとう。
だから、アキ。
早く俺の腕の中に戻っておいで。
お前の居場所はここなのだから――――
239
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる