525 / 560
閑話 ④
ご令嬢(腐女子)の嗜み
しおりを挟む「さて……とうしましょう」
画用紙に似た真っ白の厚紙。
王族の方に揃えていただいたということもあって、かなり上質。それが十枚ほど。
描きやすいように細く細工してもらった木炭が何本も。これまた王族の方に以下同文。
こちらでも画家の方たちはいる。その方々が使うのは、キャンパスであり、紙ではない。
頑張れば作れないことはないだろうけど、鉛筆や色鉛筆はこの世界にはないのよね。
キャンパスばかりだから、基本は油絵。
「んー……」
私にとって弟のような友達のようなアキラさんからある依頼をされたのは、私がこちらに来てからすぐのことだった。
『リアさん、絵、描ける?』
あまりにも唐突で私がかなり不思議そうな顔をしたせいか、アキラさんが慌ててしまった。
『えっと、リアさん腐女子な人だったから、もしかして絵師とかしてなかったかな、って』
…腐女子な人っていう言い回しにはちょっと笑ってしまった。
よくよく話を聞いて目的もわかった私は二つ返事をしたけれど、さてどうしたものか。
無理はしなくていいとも言われたから、いっそ色なしで木炭とインクで描き上げてもいいかしら。
幸い、紙も木炭もある。
悩むよりはまず手を動かそう。
婚姻式…本当に素晴らしかった。
泣き出してしまうアキラさんも想定内だし、そのアキラさんを抱き上げて祭壇に向かう殿下も想定内。
何かを囁かれているのか、ヴェール越しでも赤く染まった頬がわかるアキラさん。
……もう何もかもが一枚の絵のように、私の心の中に刻み込まれている。
そしてあの口付け。とても誓いの口付けじゃない本気も本気の、舌で舐め回されて口の中からとろとろに落とされる口付け。
…あんな口付けをされたら、腰だって砕けるわ。
はぁ……尊い。そう、尊いのだ。
いつも可愛らしいアキラさんが、殿下に触れるときだけ見せるあの顔が、妖艶で艶めかしくて攻めは一気に落とされる顔。無自覚に相手を誘う受けの『く~~~っ!!』って机に突っ伏してしまうような顔。
あれを尊いと呼ばずしてどうする。
「……あら」
妄想全開…いや、妄想ではなく、事実の反芻だったけれど、尊い尊いと悶えているうちに、私の手は紙の上に二人の姿を描き出していた。
「はぅ」
なんということ。
私の『昔とった杵柄』、善い仕事をしてくれた!
私の頭の中の映像をそのまま映し出したかのような、濃厚な口付けのワンシーン。
赤らんだ頬も僅かに見える舌も、見事白黒だけで再現したイラスト。
これは……だめだ。
私が悶え死ぬ。
でも消したくない。
こっそり持ち歩いていてもいいだろうか。
自分で描いたにも関わらず、イラストを見ながらニマニマしていると、ノックの音がした。
私はそれに無意識に応えていて、紙の邪魔にならないところにカップが置かれて飛び上がりそうなほどに驚いた。
「え!?」
「え!!??」
驚いた私に、お茶を運んでくれたメイドさんも驚いて、二人で顔を見合わせてしまった。
「あ……ごめんなさい」
「いえ…私の方こそ申し訳ございません……」
二人であたふたと謝り合戦を開始したとき、メイドさんが私の手元のイラストを見て頬を赤らめた。
「あ、これは」
「クリストフ殿下とご婚約者様……いえ、奥方様でございますね。お美しい…。これはセシリア様が?」
「はい。婚姻式のときの。……あ、本当にごめんなさい。こんな絵、はしたないですね…」
慌ててその紙を片付けようとしたら、そのメイドさんはキラキラした目を私に向けて、
「不躾とは思いますが、ご婚姻式のご様子を教えていただけませんか!?」
………と、鼻息荒く手を握られ訴えられた。
「それで、このとき殿下が」
「殿下の愛がダダ漏れですね!なんて、なんて」
「「尊い!」」
ぎゅっ!と硬く手を握り合う。
彼女はシンシア。王太子妃付きのメイドさんだけど、ティーナ様の配慮で私が滞在中はお世話してくれることになった女性だ。
婚姻式の話をしながら手は勝手にその時の情景を紙に描き出していて、テーブルの上には十枚の殿下とアキラさんの絡み絵が出来上がっていた。
「王太子妃様についている侍女たちは、皆、アキラ様のことを心からお慕い申し上げているのです」
「え…っと」
「もちろん、恋愛的意味ではございません。笑わず、人を寄せ付けなかった殿下が、蕩けるような笑顔でアキラ様を見つめていらっしゃるんですよ!それだけで驚きなのに、アキラ様のあの儚くも可憐な佇まい……!侍女の中にはアキラ様を疎ましく思っている者もおりますが、何故そんなことを思えるのか不思議でなりません。アキラ様は殿下のお隣に在るべきです。そして、お二人ご一緒のお姿を目にしたときは、胸が苦しくなって死んでしまうかもと思うほどなのです」
「尊いのね!」
「そう、尊いのです!!推しなのです!!」
シンシアは私が教えたことをすんなりと理解してくれた。
腐女子という言葉が広がりにくくても、尊いと推しは浸透するはず。
「あの…、セシリア様」
「なに?」
「大変厚かましいとは思いますが……、こちらの素晴らしい絵を、一枚だけ譲っていただけないでしょうか。他の仲間たちにも是非見てもらいたくて」
紙も木炭も自分で用意したものではないけれど、追加をお願いすればすぐに用意してくれるだろうし、使い終わったものをどうこうとは言われないはず。
「ええ。どれがいいかしら」
「で、ではこちらを…!」
シンシアが選んだものは、真っ赤な顔をしているアキラさんを、満面の笑顔で抱き上げている殿下のもの。
我ながらよくできていると思う。うん。
「ちょっと待って」
丁度いい練習にもなる…と思い、更に羽根ペンを使いインクで線を足していく。
木炭はきれいに消すことができないから、気休め程度にしかならないけれど。
「――――はい、これでいいわ。多分。折ったりはしないでね。乾いて軽く丸めるくらいなら、それほど影響はでないと思うけど」
「ありがとうございます……!!!」
シンシアには、彼女の仲間たちに『尊い』『推し』の言葉を広めるようにもお願いした。
お願いしなくても広がると思うけど。
何度も頭を下げて、興奮で頬を紅潮させたシンシアが、渡した厚紙を大事そうに胸に抱きしめながら退室していった。
……イベントでその場でイラストを依頼されてた頃を思い出して、なんだかとても懐かしかった。
「……もしかして、殿下が買い取ってくれるかしら……?」
殿下を蕩ける表情で見つめているアキラさんの絵。
買い取ってもらわなくてもいいか。後でこっそり殿下にお渡ししましょ。絶対喜ばれる。
冷めてしまったお茶を一口飲んで息を付き、本来の仕事に戻ろうか…と厚紙に目を向けて、追加をもらってくるところからだったと苦笑した。
大変だったとは思わない。
同類に布教するのは当たり前。むしろ嗜みの一つよね。
……腐女子文化もそのうち根づけばいいのに…と思いながら、部屋を出た。
キャンパスもお願いしよう。
肖像画とまでいかなくても、あの目を引くお姿を、保存できる形で残せたら。
「久方の創作意欲……!頑張るわよ!」
思わず廊下で叫んでしまって、通りすがりの貴族らしき人に、ぎょっとした目を向けられてしまった。
いけないいけない。
伯爵令嬢として恥ずかしくない立ち居振る舞いをしなければね。
背筋をただし前を見据える。
前世がどうであっても、今はまだ十四歳、成人前の伯爵家の娘でしかない私。
侮られないように。
付け入る隙きを与えないように。
早足で、でも優雅に。
――――それも、令嬢としての嗜みの一つよね?
*****
そのうちできそうな薄い本……。
こうして城の一部のメイドさんが染まっていくのです……。
残り9枚はリアさんの秘蔵品に……。
170
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる