あの日、あの場所、君に出逢えた奇跡

ゆずは

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君に出逢えた奇跡

*閑話*  兄の話

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 俺はエドワール・ハールマン。
 ハールマン伯爵家の次男にあたる。

 俺には2つ年上の優秀な兄がいるのだが、次期当主には何故か俺が指名されている。
 未だに、何故俺が…、と、悩んでしまうのは仕方のないことではないだろうか。




 25歳の兄・アルフレッドは、同性で弟の俺から見ても魅力的な人物だ。
 柔らかな仕事柄短く切りそろえたライトブラウンの髪は、精悍な顔つきを引き立てているし、母譲りの深い緑色の瞳が優しげに揺れる。
 騎士は皆を守るのが役割だからと、常日頃から鍛錬を欠かさず、使用人すら揃う時間ではない早朝から、庭で自主訓練を続けている。……毎日だ。
 身長も高く、鍛えているから靭やかな筋肉質の身体。それに加えて頭もいい。知識は豊富で、流行りの話題から戦術まで、知らないことはないんじゃないかというほどのもの。
 当然、剣技においても優れている。
 そして、万人が持ち得ない高い魔力。魔法師としても立つことが出来るというのに、本人に魔法師になる選択肢は一切なし。とにかく剣のほうが好きなようで、それを見抜いた師という人は、剣に対する付与魔法のみを兄に教えていた。



 ここまで揃うと、嫉妬心もわかない。
 兄は俺の憧れであり、目標でもある。
 目指すべき完璧な人――――それが兄だった。



 そんな兄の唯一の…に、なるのか?弱点…というか、「駄目なところ」は、自己肯定感がとんでもなく低いことだろうか。……いや、違うか。自分に厳しすぎる、というところかもしれない。

 誰が見ても熟練した剣術なのに、「まだまだ」と言い、誰よりも頭がいいのに「知恵が足りない」と言い、鍛え抜かれた肉体を「貧弱」と言い………。

 ……あれ?
 これはもしや、俺は憤慨してもいいんじゃないだろうか?
 俺よりも兄の方が優秀なのに。兄が自分のことをそう評価していたら、取るに足らない俺なんか、どうしたらいいと言うんだろう?
 俺にはないものを持つ兄。
 なのに、兄は、常日頃から俺を褒める。

 頭がいい、剣の扱いが上手い、社交的、誰に対しても優しい、女性にモテる、後継ぎとして申し分ない。

 いやいやいや。兄上。それは全て貴方のことだ………と言っても、兄は笑って流す。「俺にはそんな器はないんだよ」と。「弟だからといって、兄を立てる必要はどこにもないんだよ」と。……泣きたい。

 一見、嫌味のようにも感じるのだが、兄は心から本気で真剣にそう思っているから手に負えない。
 卑屈かと思えばそうでもなく、何故そうなったのか父や母にもわからないほど。兄に悲壮感でも漂っているのなら、父も母も手を尽くしたに違いない。
 けれど、違うのだ。
 それが、兄にとっての事実であり真実で。

 父が見合いの話を持っていけば「自分には勿体ない」と断り、令嬢が自らを売り込みに来れば「貴女にはもっと相応しい方がおられる」と断り、且つ、「俺よりも優秀な弟はどうだろうか」と、俺を勧める有様。
 普通なら、「バカにしてる!」と、怒りを顕にされても仕方ないというのに、兄に満面笑顔で言われるものだから、令嬢たちに怒りの感情すらわかないようなのだ。謎すぎる。

 近衛騎士団に勧誘されたときも、「力不足だから」と真摯に伝え断り、各騎士団から副団長就任の打診があったときも、同じように断っていた。
 兄……本当にブレないというか。
 普通なら、近衛騎士団なんて、相当の出世だろうに。断るなんて聞いたことないよ、俺。

 そんな兄だから、父と母は、兄を次期当主にすることを早々に諦めた。まあ、ごくごく普通に結婚し、俺が長男を授かったから、肩の荷をおろした形なんだろうけど。
 ああ。父も母も、俺に対して兄と比べることなく、平等に接してくれるいい家族だ。そこだけは間違いない。

 俺が次期当主になると聞いた兄は、落胆することも怒ることも嘆くこともなかった。当然とでも言いたそうな満面の笑顔で祝福され、「これで伯爵家も安泰だ。微力だが俺も力を貸すから」と、更に満面の笑顔で言われた。

 ……誰か。誰でもいい。
 俺の兄にまともな価値観を植え付けてほしい。
 せめて、そんな兄を理解し、支えてくれる恋人がいたのなら…。

 どうか、どうか。
 そんな兄を支えてくれる人が、現れますように。


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