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「ねえ、お父さん」

「おっ」

 夕ご飯。
 中学生以降、思春期真っ盛りの私は、自分からお父さんに話しかけることなんてほとんどなかったから、急に話しかけられたお父さんは驚いて、箸で掬ったご飯を御茶碗の中に落としてしまう。

「あのね、苺の品種改良ってやってみたいと思うんだけど」

「おおおっ」

 お父さんがお箸をテーブルに置いて、嬉しそうに立ち上がる。

「あなた・・・最後まで聞いた方がいいと思いますよ」

 さすがお母さん。ちょっとドン引きして話すのを止めようかと思ったけれど、お母さんがモグモグご飯を食べながらお父さんに忠告してくれたので、お父さんは「おおっ、そうだなっ」と言いながら、椅子に座って腕を組み、背もたれにもたれかかるくらいに胸を張った。

「ねぇ、美玖。品種改良ってどれぐらいかかると思う?」

 お母さんが私に尋ねてくる。

(受粉の時期だから1週間? 多めに見て・・・)

「2、3ヶ月くらい?」

 その回答を聞いて、お父さんが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「甘いぞ、美玖。最低でもこれくらいだ」

 そう言って、お父さんが指をすべて開いたパーを見せてくる。

「えー、5か月?」

(まぁ、ちょっと長いけれどそれくらいなら・・・)

「はははっ、5年だ」

「えっ・・・」
 
 桁が違った。

「まぁ、最終的には7年や8年くらいかかるがな」

 そして、その長い期間には、さらにその先まであり、私はその言葉に絶望した。
 その後、お父さんが苺について熱く語っていた気もするけれど、ほとんど耳に入らず、なんならショック過ぎて何を食べたかもほとんど覚えていなかった。
 
 ぼーっとしながら、無感情のまま歯を磨いて、お風呂に入って、宿題をした。
 考えて何かをしなくてもいつも通りのことをして過ごす。

 私はベットに入って暗い天井を見る。
 中山君に同志と言われるなんて、特別なできごと。
 人前に出ることも苦手で、これといったやりたいこともない私が中山君の言葉をきっかけに変わろうと思ったけれど・・・

「大人になっちゃうじゃん」

 私は掛け布団の中にもぐる。
 特別なできごとで、自分を変えたいと思いつつも、そんな思い付きで青春の7、8年を費やすことは怖い。大学か専門学校かはまだ決めていないけれど、県外にだって行ってみたい。

(私のバカ・・・)

 今までだって変わるきっかけはあった。
 でも、変われない私。
 自分が自分で嫌になる。

「あ~あ、魔法でも使えたらなぁ・・・」

 そんなバカバカしいことを考えてしまった。
 そして―――そんな願いが叶ってしまうなんて全く思っていなかった。
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