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「ねぇ、キミ。一緒にこの学校の天下取らない?」

 ダボダボの制服がまだ真新しい頃、少年音無遥人の目の前に、絶世の美少女が自信に満ち溢れた顔で現れた。

(きれいだ・・・っ)

 遥人は始め、その美少女に何を言われたのかわからなかったが、自分の目の前に降臨した美少女のその言葉が胸に突き刺さり、妙に嬉しく感じた。

「はいっ」

 少年は一つ返事で回答した。
 少年の心の中で、それ以外の選択肢はなかった。
 
 何もなかった空っぽの彼にとって、目の前の美少女は自分の心を埋めてくれる何かをもたらしてくれる天使のような存在であると直感した。

「そう、彼は初めて会ったその瞬間から絶世の美少女、嵐山楓に一目惚れしていたのであった。そして、そのあと跪き、靴を舐めるふりをして、パンツを覗こうと―――」

「楓先輩っ!!捏造は止めてください!!」

「ん?なんだ?」

 遥人がツッコミを入れると、部室の椅子に座りながら饒舌に語っていた楓が語るのを止める。

「読者の人がボクが変態だって勘違いするでしょうがっ!」

 数日前の出来事に偽造を混ぜられた遥人は椅子から立ち上がり、ツッコミを入れる。

「ドクシャ?キミは何を言っているんだ?遥人。私の伝記ができるまではあと2年はかかるぞ?」

「いやいや、じゃあ読者意識していなかったら、なんでナレーションみたいに先輩が語ってるんですか。それに、『はい』って返事しても一つ返事じゃなくて、二つ返事ですからっ。それ誤った知識ですからね、まったく。あと、自分のこと天使とか言って恥ずかしくないんですか・・・あああっはははははっ」

 楓はほっぺを膨らませながら、遥人の脇腹あたりをくすぐりだす。

「あははははっ、やめて、先輩っ。あはははっ、もう、あっ、苦しいいいいっ。すいませんでしたあああああははっ」

 身もだえする遥人を見て、満足そうな顔をする楓。
 楓がくすぐりをやめると、遥人は膝をついて四つん這いになり、肩で息をしていた。

「どう・・・これで・・・懲りた?」

 楓も少し息を切らしながら、頬を赤らめている。

「ひどいですよ・・・楓先輩~」

「そんなことより、早く行くわよ?」

 運動着の楓はバットとグローブを持つ。

「マジでやるんすか?」

「もちろん。野球部に野球で勝負よ!!」

「・・・うぃーっす」

 遥人は苦笑いしながら、楓の後を付いていく。
 自分よりも小さいけれど、態度は物凄く大きい先輩の楽しそうな後ろ姿を見て、遥人はクスッと笑いながら、その背中を追いかけて歩いた。

 

 
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