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私、つくる人 勘違いヤンデレ×料理上手なあの子 あの子視点

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「はぁ~!日本人で良かった!」

小さな宅に並べた料理を見て、幸福に思わず笑みが溢れる。

具沢山の豚汁は湯気まで美味しそうだし、炊き立てのご飯はふっくら艶やか。
出汁を含んだ卵焼きからは甘い良い香りがする。
ご近所に住む漬け物屋さんのお婆さんから頂いた、カブとキュウリの漬け物を並べれば豪華な食事の完成である。

「あ、そうだ」

汁物と煮物は大鍋で作った方が美味しい、という持論でいつも大量に作る豚汁。
それを小鍋にうつして蓋をする。
卵焼きを二切れ小皿にのせてラップをして、鍋とその小皿を持って部屋から出た。

ピンポーンという呼び鈴はかなり年季が入っていて古くて、何百何千と鳴ってきただろう音もすでに掠れている。
このおんぼろアパートを形容するにはぴったりな音だ。

「…はい」

という気だるげな返事が薄くて古い扉の奥から聞こえる。

「おはようございます!朝ごはん食べました?豚汁また作りすぎたので持ってきました」

そう告げると、ガチャリとチェーンと鍵が外されて、中から寝巻き姿の彼が出てきた。

「おはようございます…」

土曜日とはいえ午前十時過ぎなのに彼は寝起きのようで欠伸をしている。

「これ、どうぞ」

「あ…!いつもありがとうございます」

豚汁の入った鍋と卵焼きの小皿を彼に差し出すと途端に眼が輝き出す。
嬉しい、というのが全面に溢れたこの顔は何度見てもこちらの方が嬉しくなる。

「美味しそうだなぁ」

にっこりと彼は笑って礼をする。

「鍋とお皿はいつでも良いので」と返して部屋に戻ろうとすれば、彼は「あっ、ちょっと待ってて下さい」と慌てたように自室に戻りバタバタとした後に戻ってきた。

「良かったらこれ」

何かが入ったビニール袋を手渡される。

袋の中には棒つきキャンディや一口サイズのチョコレート菓子ががさりと入っている。

びっくりして彼を見れば「料理のお礼です」と笑う。

「え、良いのに」と返そうとする私をとめて、「貰ってください、いつも頂いているので」と言われる。

では、ありがたく頂戴しようと「ありがとうございます」と言って部屋に戻った。

お菓子買うお金があるなら、ちゃんとご飯食べれば良いのに。
部屋に戻り袋の中を見ながら、彼のことを思う。

下手したら私の腕より細いんじゃないの?

料理を作って食べることがこの上ない幸せだと思っている私は、彼の健康を少し案じた。

おんぼろアパートに住む私と彼はお隣同士。
お裾分けを持っていく今の関係になったのは3ヶ月程前に遡る。

一人暮らしなのに大鍋でカレーを作った私は途方に暮れていた。
漬け物屋のお婆さんにお裾分けしても剰りあるし、冷凍するにも限界がある。
実家の学生の弟が食べ盛りでその感覚で作ってしまったことを後悔していた時に、隣の部屋に大学生くらいの男の子がいたことを思い出した。
会った時に軽く挨拶をする程度だが、悪い人ではなさそうだった。
引っ越しの挨拶にも来てくれたし。
拒否されたらされたで三食カレーを食べれば解決。
貰ってくれたら御の字だ、と私は小鍋にたんまりとカレーを入れて隣人の部屋の呼び鈴を鳴らしたのだった。

最初こそ、カレーを持っていった私にびっくりして(そりゃそうだ)何も言えずにいたが、ありがたいことにすんなりカレーを受け取ってくれた。

どうやら彼は苦学生のようで、聞けばまともにご飯は食べていないようだった。
「忙しくて何も食べていないから嬉しい」と言ってくれた。
そこで、初めて私は彼が笑うのを見た。
いつもボサボサの髪(今時は無造作ヘアと言うらしい)で猫背で、私よりも白いだろう肌は血色が悪いように見えたのに、笑うと顔の作りが良いのか途端に若手イケメン俳優のような雰囲気になる。
この出来事がきっかけで、今ではたまに多く作った料理をお裾分けするようなご近所の関係になったのだった。


「いただきます」

料理に舌鼓を打ちながら、私は次は何を作ろうかな、などと呑気に考えていた。



ものには限度というものがある。
目の前にあるものを呆然と見つめながらそう思った。

コンビニのお菓子から外国で作られたであろう高そうな焼き菓子にかわり、使っていた100均の食器はテレビでしか見たことのない立派な漆塗りのお箸や細やかな細工の施されたお椀にかわった。

そして今日、私の部屋には高級家電であるスチームオーブンレンジが届いた。

確かにあれば便利だと思っていたし、喉から手が出るほど欲しかった代物ではある。
けれど、その大きさ故に私の狭いキッチンにはとてもじゃないが置くことができないため、諦めていたものだった。

途方に暮れると同時に、少しの怒りを感じた私はこの家電を贈ってきた隣人の部屋の呼び鈴を鳴らした。

ガチャリと部屋の扉が開く。

「こんにちは」

にこやかに笑って彼は私に挨拶をしてくれる。

「こんにちは」と私も返すがその後に迷わず言う。

「あの、オーブンレンジありがとうございます。でも、返品したくて…」

彼はきょとんとした後に「なぜですか?」と言ってきた。

いやいや、なぜって分からないの?
あんな高そうなスチームオーブンレンジ貰えるわけがない。
アパートの家賃1ヶ月分くらいはあるのではないかと思うと身の竦む思いがした。
お礼のためにこんな高級なものを買うのであれば、その分のお金で食堂でも居酒屋でもファミレスでも全然良いからしっかり毎日ご飯を食べてほしいと思うのが正直な気持ちだ。

もっと、自分を大事にしてほしいという私の怒り理由など露知らず、彼は「なぜ?」と言う。

見返りがほしくてお裾分けをしてきたわけではない。
でも、結果的にこういうことになってしまったのであればそれは私のせいだ。

「私にお返しなんかするより、お弁当買ったり、食べに行った方が安く済むんじゃ?」

私のような素人がその時の気分で作った料理を食べるより、お店で買ったり外食したりする方が食べたいものをより美味しく食べられるはずだ。

今後はそうした方が良いと思い、彼に「お礼は本当にもういいですから」と言えば彼はすまなそうに謝ってくれた。

「すみませんでした」

分かってくれたなら良かった。
ほっと胸を撫で下ろした。

その直後、スッと目の前に何かを差し出された。

艶やかな黒をまとったそれは、カードのようなものだった。

なんだろう、とまじまじとそれ見ていれば彼は言葉を続ける。

「あなたの作ってくれる料理が一番美味しいので、お金には替えられません。菓子や食器は嫌でしたか?すみません気が利かなくて…これで良かったら好きなものを買ってください」

にこりと笑って、彼は持っていたカードを私の手に持たせようとする。

え、これで買う?
まさか…これ…ブラックカード?

分かった途端、血の気が引いていくのを感じた。
話でしか聞いたことがないカード。
高年収の選ばれし人だけが持てるカードで、年会費だけで何十万もかかるらしいけど、そのカードを持つ=ステータスの高さだと言う人もいるらしい。

当然ながらごく普通の会社員の私が持てるものではなく、そのカードは生まれて初めて見た。

なぜ、このおんぼろアパートでそんな立派なものを見るのか。
そして、なぜ彼がそのカードを持っているのか。

苦学生じゃなかったの…?

混乱しながらも、このカードだけは受け取ってはならないという思いで「いいです、いいですってば!」と突っ返そうと必死になる。
彼の細い腕のどこにそんな力があるのかというくらい、頑なに私の手を握ってカードを持たせようとしてくる。

「僕の気持ちですから、受け取ってください!」

この訳の分からない押し問答を、なぜかとっても楽しそうにしている彼は、料理を渡した時のように笑っていた。

 
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