限りなく狂愛に近い恋 ヤンデレ短編

しみずりつ

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甘いケーキとブラックコーヒー ヤンデレの独白

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「今日もケーキ焼いて待ってるね」

にこりと笑って愛しい人に言えば、「はい!ありがとうございます」と笑い返してくれた。
「行ってきます」と扉を開けて出ていく彼女を外界の光が明るく照らした。
その光がこちらの世界を侵してくるようで憎らしいが、彼女の後ろ姿は空へ羽ばたく天使のようだと思って見惚れる。

「天使だよなぁ」

カウンターに腕をついて頬杖しながら呟けば、隣にいる店のバイト兼部下で彼女の護衛を任せているミシマが胡散臭そうにこちらを見ている。
ミシマは「ショウジさん、天使が見えたらヤバイですよ…」と言う。
顔がうるさい。黙れ。
睨み付けながら顎で扉をしゃくり、手を払うように振れば「じゃ、行ってきます」と一言言って店名が印字された臙脂色のエプロンを脱ぐ。
そして、一連の流れでOPENと書かれた掛札を裏返してCLOSEDにし出ていく。

途端に静まり返る店内。
豆を挽き、ハンドドリップでコーヒーを淹れていく。
そして、カップを持ちながら先程まで彼女がいたテーブルまで行き、席に座る。

テーブルに置かれているのは丁寧に書かれたプロット、使い込まれたペン、切り取られたトーンの残りと、原稿。
その世界のことは知らないが、すべてアナログで描く人間はパソコンが主流になった現代では少ない、と彼女は言っていた。そして、効率的ではないけれどそれでも一線一線白い原稿に描き込むことが好きでやめられない、とも言っていた。
命を吹き込むということはそういうことなのだろう。

「原稿、受かれば良いね」と思ってもいない言葉を言って、楽しくもないのに笑っていた俺は今飲んでいるコーヒーより黒い。

一息ついて、ケーキを作り始める。手早く材料を測り混ぜていくこの行程も彼女が言う命を吹き込むこと、なのだろうか。
まぁ、彼女にしかこのケーキは食べさせないから、俺の命を吹き込むのは惜しくない。

彼女は売れない漫画家。
漫画で食べられていないから、漫画家なんて名乗るのもおこがましい、と言っていたけれど。

今日も今日とて何日も机に齧りついて描いたであろう漫画を封筒に入れて、大事そうに抱えて出版社へ行った。

出版社へ持っていく前に必ず店に寄って食べてから行くこと。
出版社から帰ったら必ず店に寄ること。
出来るだけこの店で作業すること。

これが俺が彼女に出したルール。

俺が彼女の住むアパートの大家であり、そのすぐ隣のこのさびれた喫茶店のマスターでもあるからできること。
家賃を極限まで安くしそこから出られないようにして、食事と作業しやすい場所を与える。
人は堕落な生き物だ。自分にとって都合が良く居心地の良い場所からは離れ難くなる。
安い家賃も、与える食事も、原稿を描ける環境も、少しずつ少しずつ彼女から希望を奪うためのもの。
今日まで努力を積み重ねている彼女もいずれはこの手に堕ちてくるはずだ。

これは俺の優しさだ。そう、本物の。
今まで誰にも抱いたことのない感情をもたらしてくれた彼女に俺ができるお返し。

はやくあの夢と希望であふれた瞳が絶望に染まれば良いのに。
はやく筆を折ってしまえば良いのに。
何もかも諦めて、生きる意味も失ってしまえば良いのに。
そしたら俺がいの一番にその手をとって、すべての面倒をみてあげられるのに。

何もできず、俺だけが生きる頼りになってほしい、と黙々と作業を続ける彼女の背中を見ながら日々思う。
手間暇掛けて作るこのケーキのように、俺は彼女を手に入れるために手を尽くす。

何かのためだけに生きる人間は、その何かを失った時に一度死ぬ。
それは仕事であり、家族や恋人であり、趣味でもある。
また、人間によっては金やクスリでもある。

それを失った人間はあまりに脆い。
泣いて縋って許しを乞う人間を何十何百と見てきたが、決まって各々死人のような顔をしていた。途中からその人間たちの数を数えることも顔を見ることも飽きてしまったが。

彼女にそんな思いをさせるつもりはないが、俺だけを頼ってほしいから少しだけつらい思いをしてもらうことにはなるだろう。

そして、いずれ泣きながら俺だけの名前を呼ぶ日が来る。

そう思うとぞくりと快楽に近いものを感じる。
鳥肌が立ちそうな程魅惑的な想像と、ケーキが焼ける甘い匂いに浸る。

興奮を覚える自身の体に触れようとした直後、店の扉が開いた。
真鍮製のドアベルが軽い音をたてて来客を告げる。
CLOSEDの札が掛かっている店に来るヤツは萎えさせるには十分。俺を現実に引き戻すように、不躾に帰ってきた男を無言で睨み付ける。

「うわ、こわっ…」と小声で呟いて、ミシマはまたエプロンを着用した。
「アコさんのこと、ちゃんと出版社まで見送りましたよ」
自分でコーヒーを淹れながら淡々と告げる。
当然だろうが。もし彼女に何かあったら海に沈めるからな。
もう一度睨んで俺はとうに冷めたコーヒーを飲み干した。

時計を見やる。彼女が帰ってくるまであと二時間。
きっと、また気落ちして来るのだろう。この世に数多いる漫画家の中で陽の目を浴びるのは僅かばかりのはずだ。

選ばれなければ意味などない世界。
目に触れなければ無いも同然。

あぁ、かわいそうに。

落ち込んだ彼女に差し出す甘いケーキも間もなく焼き上がる。

「俺なら君しか選ばないし、君しか見ないのに。ねぇ、綾子ちゃん?」

彼女が座るであろう定位置のカウンターを見て、にこりと告げた。
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