聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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仕返しと恋バナ。

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 アロンさんは、慣れると口調がべらんめえだった。一応最初は気を使って話していたらしいんだけど、「ええい、まだるっこしい!」と叫んで爽やかに笑うと、そのまま気安い口調で話しかけてきた。俺もそれは大歓迎だ。

「すげぇなぁ、聖女ちゃん」

 鍛錬場の地面に散らばった、品のないピカピカギラギラした鎖やチャーム。さっきまでアロンさんの身体のと名のつく場所の全てに着けられていた魔力封じアイテムの残骸だ。ミヤビンがアロンさんの指示を受けながら、ひとつずつ魔力を通して破壊した。

 場所を騎士塔の鍛錬場にしたのは、アロンさんの魔力が長期間封印されている上制御のための聖蹟輝石せいせききせきが手元にないので、膨れ上がって体外に溢れ出す危険があったからだ。魔法も使える騎士さんに数人がかりで防御の盾を張ってもらって万全の体制で挑んだ。何があるかわからないから、サーヤさんは城砦にいる。遠見鏡とおみきょうで露台から見ているらしい。

 結界石とやらで鍛錬場を囲って万が一に備えたけれど、結果的には必要なかった。アロンさんは魔力を暴発させたりしないで、グッと抑え込むのに成功したからだ。俺の目にはアロンさんの頬が紅潮したり、全身に力を込めて踏ん張っている様子しか見て取れなかったけど、魔力を持った人たちはどよめいて仰け反っていた。

「ほわぁ。ルンにいちゃん、今の見たぁ? すごくキラキラしてとっても綺麗! カッコいい人がキラキラしてると、もっとカッコいいねぇ!」

 悪いな、ミヤビン。お兄ちゃんにはそのキラキラは全く見えなかったよ。そしてヤン、あなたはそのドヤ顔なんとかしようよ。彼氏が褒められて喜びがダダ漏れてるよ。

「ありがとな、聖女ちゃん。これでお前さんの指導ができるようになったよ。差し当たって、聖女の力が必要な穢れや旱魃かんばつなんかの災厄はないが、いざというときのために魔力を制御できるようにしとこうな」
「はいッ!」

 アロンさんが優しげに目を細めて、ミヤビンはそれに元気よく返事を返した。後ろに控えているリリーさんがちょっとだけ苦笑気味だ。淑女の返事じゃないもんな。

 それにしても何の災厄もないのに誘拐じみた召喚が行われたってのは、聞き捨てならない。マジで宰相の私利私欲ってことじゃないか。

「宰相どもに謎スープを飲ませてやりたい⋯⋯」

 会ったことないけど。

「なんだ、そりゃ。藪から棒に」
「え? 口から出てた?」

 恨みつらみが無意識に口から出ていたみたいだ。

「うんとね、ヤン兄ちゃんとジャン兄ちゃんが作ったスープが、美味しくなかったんだって」
「え⁈ ヤンが料理なんてしたのか⁈ 騎士連中なんて基本、お坊ちゃんだから、厨房になんて立ったことないだろ⁈」

 子どもには食べさせなかったんだけど、見た目も臭いも完全にアウトだったから、ミヤビンは謎スープがどんなだったか、詳細にアロンさんに話して聞かせた。アロンさんの目がだんだん座ってきて、傍らのヤンさんをジロリと睨め付けた。

「⋯⋯こいつと結婚したら、俺は風邪ひとつ引けねぇわけだな。体調を崩しているときにそんなめし、食いたかねぇよ」
「心配しないで、アロン。うちにはちゃんと料理人が雇われているからね」

 王子様のギィの傍にいる騎士が、庶民なわけなかった。改めて考えてみるに俺の周りにいる人々って、みんなそれなりの身分じゃないのだろうか。

 それはともかく。ヤンとアロンさんはナチュラルにいちゃついている。この間、数年ぶりに再会したらしいから仕方ない。子どもの前ではもうちょっと控えて欲しい気もするけど。

「でもなんで、宰相に激マズスープなんだ?」
「⋯⋯謎が激マズになった」
「だって、不味いんだろう?」

 反論をする気は一切ない。

「ごほん⋯⋯つまりね。聖女の召喚って、国の大事だいじがおこったときにしていたんでしょう?」

 さっきアロンさんは穢れとか旱魃かんばつって言ってたよね。災害が何もないのに自分が権力を握る旗印にするための召喚なんて、私利私欲じゃないか。幸い俺も一緒に来たからいいけど、ミヤビンひとりで夜の神殿に放り出されていたらって考えるとゾッとする。

「だから仕返しに謎スープを飲ませたって、ばちは当たらないだろう?」
「仕返しが可愛いんだかエグいんだか判別がつかねぇな。俺は味見をしてないからなんとも言い難い」
「我ながら拷問だと思いますよ」
「⋯⋯ヤン。それは爽やかに言うものじゃないと思うよ」

 俺はアロンさんと視線を合わせて脱力した。

 それから半月ほどは、穏やかに過ぎた。ミヤビンはコニー君と一緒に魔術の訓練も含めた勉強会をして、俺は邪魔にならない程度に参加したり見学したりした。

 俺付きのシュウさんと一緒にキノさんの手伝いをすることも多い。厨房の采配とか、いざというときのために覚えておいた方がいいらしい。

「なるほど、いざというときがきたらビンちゃんは戦力で、俺は裏方なわけだな」
「⋯⋯まぁ、そういうことです」

 納得して頷いていたら、シュウさんが微妙な表情かおをした。ミヤビンが戦力として必要になる日が来ないことを祈ろう。

 そんな日々の中で、サーヤさんのお腹はますます大きくなって、もう幾日かで産まれるだろうってことだ。たまに騎士塔で怪我人の治療をしているけれど、それ以外は静かに過ごしている。俺とアロンさんはミヤビンがコニー君と勉強している時間に彼の部屋を訪れて、退屈を紛らわすのを手伝った。

 ふたりの惚気を延々聞くのも面白い。どちらもあにさん女房(なんだそりゃ)で、どうやら尻に敷いているらしい。とは言えサーヤさんはともかくアロンさんカップルは、ヤンさんがっぽい気がする。

「僕たちのことは置いといて、ルンちゃんは元の世界に恋人はいたの?」
「いなかったよ」
「もう、成人してるんだろう? 親の決めた許嫁とかいなかったのか?」

 許嫁って時代錯誤に感じるけど、この国じゃ当たり前のことなんだな。

「日本では、ほとんどの子どもが十八歳まで学校に行くんだ。さらに四年から六年、学校に行く人もいる。結婚って、その後定職について生活の基盤を作ってからってのが一般的なんだよ」

 田舎すぎてお嫁さんの来てがないとか、おひとり様人生を謳歌して敢えて独り身の人とか、結婚に拘らないと考える人も多い。

「俺はこっちに来る十日後くらいに、大学⋯⋯上級の学校に進学する予定だったんだ。だから、結婚に関しては、十年くらい猶予があったよ」
「十年経ったら二十八歳だろう⋯⋯。随分とのんびりしてるんだな。まさか寿命が二百歳くらいまであるとか?」
「それこそ、まさかだよ。どれだけ頑張っても百歳。大雑把に八十歳くらいかなぁ。この三、四十年で十歳くらい平均寿命が延びたって聞いたような⋯⋯」

 いや、五、六歳だったか?

 まぁいい。この国で日本の平均寿命の話をしてもしょうがない。

「そう言えば、アロンさんは婚約中だし、サーヤさんは結婚してるでしょ? みんな若いうちに婚約するの? ギィにも可愛い婚約者がいるんじゃない?」

 王子様だし、生まれたときからいそうだよね。

「いや、王族はギリギリまで婚約しねぇな」
「そうなの?」
「いつ聖女が召喚されるかわからないからな」
「⋯⋯それ、どう突っ込んだらいいの?」

 元々の婚約を解消して結婚するよりいいけど、それじゃ両思いの恋人とかいたら待たせるってことだよね。もしかしてギィも、適齢期のギリギリまで聖女を待っていたのか。

「あれ? そしたら、聖女のミヤビンがコニー君と縁を結んじゃったから、ギィはあぶれちゃったってこと?」

 て言うか、今回召喚されたのが年頃の女の子だったら、ギィと結婚していたのかな? 神殿から逃げ出して死にかけて、王子様に助けられたら⋯⋯女の子じゃなくてもきっと恋に落ちる。

 ⋯⋯女の子じゃなくても?

「ルンちゃん、どうしたの?」
「目ん玉見開いてぼーっとしてっと、落っことすぞ」

 サーヤさんが俺の顔を覗き込んで、アロンさんは開いた手のひらを目の前で振った。ふたりの姿は視界に入っているが、意識がそれを無視して思考の海に沈み込む。

「⋯⋯そっか、本当に恋って、ゆっくり染みてくるものなんだ」

 ぽろりと言葉が口から溢れた。

 ギィが好きだ。それは確かに、俺の胸に温かな火を灯している。自覚すると頬が熱くなった。

「ルン君、大丈夫か? 顔が茹ってるぞ」
「て言うか、何か自覚した? もしかして自分がギィのことが好きって気付いちゃった?」

 気付いちゃったって何だ。サーヤさんは、俺より先に俺の気持ちを知っていたかのように微笑んだ。

「⋯⋯でも俺、得体の知れない異世界人だし」
「聖女様の兄君なんてこの国の、いや、この世界の誰よりとおといじゃねぇか。そうでなくても、お前さんみたいなかわい子ちゃん、引く手数多あまたに決まってるだろ」

 俺の躊躇ためらいは、アロンさんが笑い飛ばした。それでも初めての感情に戸惑って、心臓がドキドキとうるさく鳴り響いている。

「でも」
「でも、ばっかり言わないの。ルンちゃんがギィのことを好きなのはルンちゃんの気持ちだから、誰に憚ることないんだよ。ギィがどう思うかはギィの気持ちだから、ルンちゃんがここで遠慮したってどうにもならないよ」

 サーヤさんが手を伸ばして、俺の頭をくしゃくしゃとかき回して「ギィの真似」と言って笑った。

「それにしても、ギィから帰還の先触れが来ないね。サイが帰ってくる前に、産まれちゃいそうだ」

 王都に行ったギィたちは、予定していた日程を過ぎても先触れを遣さなかった。それから数日、誰もが得体の知れない不安を覚え始めた中、サーヤさんは可愛い女の子を産んだ。

「名前は、サイが帰ってくるまで付けない」

 赤ちゃんを抱くサーヤさんは、毅然として美しかった。
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