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ポテチ
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「シュミードさん、どんな具合でしょうか」
俺は顧客の反応を待った。
「……うまくいった。オーケーだ。問題なく通信できている」
「よかった……。安心しました」
「助かったよ。粘り強い対応、感謝するよ。サトル・アキカワ」
「どういたしまして。……今後もルバーブ星域の情勢は安定しないことが予想されます。引き続き、弊社のリアルタイム情報を確認してください」
「いやまったく。そうするよ。……が………さは……」
相手の姿が、突然、フリーズした。
「またか……」
俺は首にかけていたコントロール・ギアをはずした。
テレメタリー情報もコンソールもコミュニケーションツールも消えて、顧客のシュミード氏も消えた。
ここは、殺風景な俺ん家のリビング。
俺はカウチから立ち上がった。
リビングを出て、廊下を挟んで向かいの部屋の入り口から、
「おい、ルータ係!」
呼びかけたが、返事がない。
俺は早足で部屋に入った。
ベッドの上に寝そべって、タブレットをさわりながら音楽を聴いているそいつのヘッドセットをひったくった。
うぐっと、喉をならす音が聞こえた。
「あぁあー! な、なんですか! ノックもせずに、いきなり入ってこないでください!」
「アシュリー・ビーハイブさん? なんで俺のベッドの上で、ポテチ食ってんですかねぇ? ……仕事中だぞ!」
「も、もう終業時間ですよ、ボス」
「ボスはやめろ。あと二分あるだろっ。お前な、また気を抜いてただろ? 通信が切れてるぞ」
「そ、そんなことありませんよ! ちゃんと仕事してますよっ! それは、あれです。よくあるノイズです。宇宙砂嵐です。もしくはゲリラパルサーかもしれません」
「昨日は天の川で宇宙クマムシの大量発生だって言ってたよなぁ? ノイズを避けるのもお前の仕事だろうがっ。あとポテチのクズをこぼしながらしゃべるんじゃない。ちゃんと掃除しとけよ。十五分残業だからな」
「そんなー!」
俺はリビングに戻って、再びギアを装着する。が、シュミード氏とのセッションはすでに切れていた。
俺は通信が切れたことへのお詫びと、質問があればいつでも連絡するよう、メッセージを送った。
「やれやれ。やっと、この件も片付いた」
本部に連絡を取り、クローズ処理をする。それで、今日の仕事は終わりだ。
「ボス! 『トラテロルコ』へ行きますか?」
ギアをオフにしたのとほぼ同じタイミングで、ルータ係の嬉しそうな声がした。まったく、あいつは……。
「仕度するから待ってろ」
ドタドタと足音がして、アシュリーがリビングに顔を出した。
「まだですか、まだですか」
「だから急かすなっての!」
ガレージからクルマを出そうとして、バッテリーの残量が気になった。
「早くっ、早くっ。何してるんですかー」
「いや、バッテリーがな……」
「もー、そんなの途中で充電すりゃいいじゃないですか。それか、あたしのマッハ・セ〇ウェイに二人乗りします?」
「絶対イヤだ!」
この星のフロンティア・ハイウェイは二週間前にようやく一般開放された。おかげでずいぶん行動範囲が広がった。
居住区の反対側に向かうのにも、二十分とかからない。
「ボス、見てください。風船がいっぱいです」
走行中の車窓から、遠方に巨大なバルーンの群れが見えた。
「ボスはやめろ。街でパレードしてるんだよ。何かの記念日らしいぞ」
「じゃあ、デスク。あたし、パレード見たいです」
「デスクもおかしいだろ。通行止めしてるからクルマじゃ入れないぞ。見たけりゃ、一人で行ってこい」
「じゃあ、リーダー? スーパーバイザー? ハンチョウ? カカリチョウ? サージェント?」
「なんでだよっ。ほかのメンバーと同じように呼べよ。アキカワチーフとか」
「そんなのつまんないです」
「何がつまんないんだよ」
いちおう通信管制官とか、コミュニケーション・コントローラーとか、そんな肩書きがついているが、誰もそんな堅苦しい名称では俺のことを呼ばない。
「じゃ、じゃあ……」
アシュリーはモジモジして、
「さ、サトルさん、なんてお呼びしたり……」
「ハッキリ言うけど気持ち悪いからやめろ」
『トラテロルコ』はわりと本格的なメキシカンを気軽な雰囲気で食わせるダイナーだ。
俺の勤務時間はこの星の一般的な生活時間とはズレているから、いつも空いていて助かる。
まずデカフェのコーヒーを頼んで、それからメインディッシュを注文した。
「はぁ……。至福の時間だな」
俺はコーヒーをくゆらせながら、ため息をついた。
「昨日も言ってましたよ、ボス」
「本心だからな」
待たせることなく、ウェイターがメインディッシュを運んできた。
「これこれ! これですよ! あたしにとっての至福の時間です! いっただきまーす!」
「騒々しいやつめ」
ちなみに、支払いはすべて俺である。いろいろと事情があって、こいつの面倒は俺が見ているのだ。
俺はトルティーヤ・スープをすくって、ひとくち目を味わった。それから、ふと顔を上げると……。
アシュリー・ビーハイブの姿は消えていた。代わりにテーブルの向かいに座っているのは、ナシーラ・アルゲディだった。
「ナシーラさん……」
「チーフ。食事中にごめんなさい、仕事の話ではないのよ。でも、関係はあるかしら」
「かまいませんよ。なんです?」
「実は、メンバーがあなたのレセプションをしたいって」
「?」
「つまり、歓迎会ね」
「おぉ、それはそれは……」
俺は驚いて、スープを飲む手を止めた。
「嬉しい話ですね。けど、いいんですか? いまさらな気もしますが……」
「おっしゃる通り、お互いの顔さえ知らなくても、わたしたちの仕事は成り立つわ。でも、同じチームの仲間だもの。一度くらいは、きちんと顔を合わせたほうが、今後の仕事もスムーズに運ぶんじゃないかしら?」
「たしかに……ほとんど接点のないメンバーも多いですしね」
「どうかしら?」
「ありがたく参加させてもらいますよ。でも、気を使ってもらってるみたいで、もうしわけないなぁ」
「気にしないで! みんなチーフに会うのを楽しみにしているわ。それじゃ、週末にメリザナでいいかしら」
「了解です。……何人くらい集まる予定ですか?」
「わたしを含めて六名ね。プラス、チーフ」
「ってことは……」
「ええ、参加できないメンバーには、くれぐれも秘密ってことでお願い」
俺は肩をすくませた。
やむを得ない事情ってことは理解しているつもりだ。
が、そうは言っても、やっぱり心のどこかでは判然としない部分もないとは言えない。
俺は無言でフォークを鶏肉にぶっさした。ふたたび顔を上げた時には、目の前にいるのは、ナシーラではなく、アシュリーだった。
アシュリーは皿の上から料理が消えているのを見て、ワナワナとふるえている。
「あぁああああ! あの女ぁー! あたしの! あたしのブリトーを! よくも!」
「落ち着けよ。たかがブリトーでわめくなよ」
「たかがじゃありませんよ! こんなの、あんまりです! これだけを楽しみに今日という一日を生きてきたのに……!」
「おおげさだな。……って、泣くほどのことか?」
「だって、だって……!」
「わかった、わかったから」
俺はウェイターに手招きした。
「もう一品、注文していいから。泣くのやめろ。ブリトーでも何でも、好きなもの頼めばいい」
「うぅ……。ヒック! じゃあ、トラテロルコ・スペシャル・セットを……」
しれっと一番高いセットメニューを頼みやがった。
店内に流れるニュース映像が、ロディア宙域の緊迫した情勢を伝えている。
ルバーブも緊張が高まっているが、ロディアのほうはもっとヤバい状況が、半年以上ずっと続いていた。
小さな衝突があちこちに飛び火して、いつ大規模な星間紛争が勃発してもおかしくない──と、太った現地リポーターが早口でまくしたてている。
遠く離れた宙域の話だった。
この星での生活に、直接の影響はほとんどないだろう。
しかし……。
俺は顧客のことを考えた。資源開発が絡んでるとなると、影響を受けるクライアントも少なからずありそうだ。
(そういえば、ロディア方面を担当しているメンバーもいたよな……。歓迎会で、話を聞いてみるか?)
などと考えていると、アシュリーの視線を感じた。
「……なんだよ」
「あの女と何を話してたんですか」
「あん?」
じとっ、と湿った目で俺を見ている。
「仕事の話だ」
「……ホントですか?」
「なんで嘘つかなきゃならないんだ」
アシュリーは、フン、と鼻を鳴らした。
「……就業時間外に仕事の話だなんて、不粋な女ですね。まったく」
「就業時間内なのに仕事しないやつも、どうかと思うけどな」
俺は顧客の反応を待った。
「……うまくいった。オーケーだ。問題なく通信できている」
「よかった……。安心しました」
「助かったよ。粘り強い対応、感謝するよ。サトル・アキカワ」
「どういたしまして。……今後もルバーブ星域の情勢は安定しないことが予想されます。引き続き、弊社のリアルタイム情報を確認してください」
「いやまったく。そうするよ。……が………さは……」
相手の姿が、突然、フリーズした。
「またか……」
俺は首にかけていたコントロール・ギアをはずした。
テレメタリー情報もコンソールもコミュニケーションツールも消えて、顧客のシュミード氏も消えた。
ここは、殺風景な俺ん家のリビング。
俺はカウチから立ち上がった。
リビングを出て、廊下を挟んで向かいの部屋の入り口から、
「おい、ルータ係!」
呼びかけたが、返事がない。
俺は早足で部屋に入った。
ベッドの上に寝そべって、タブレットをさわりながら音楽を聴いているそいつのヘッドセットをひったくった。
うぐっと、喉をならす音が聞こえた。
「あぁあー! な、なんですか! ノックもせずに、いきなり入ってこないでください!」
「アシュリー・ビーハイブさん? なんで俺のベッドの上で、ポテチ食ってんですかねぇ? ……仕事中だぞ!」
「も、もう終業時間ですよ、ボス」
「ボスはやめろ。あと二分あるだろっ。お前な、また気を抜いてただろ? 通信が切れてるぞ」
「そ、そんなことありませんよ! ちゃんと仕事してますよっ! それは、あれです。よくあるノイズです。宇宙砂嵐です。もしくはゲリラパルサーかもしれません」
「昨日は天の川で宇宙クマムシの大量発生だって言ってたよなぁ? ノイズを避けるのもお前の仕事だろうがっ。あとポテチのクズをこぼしながらしゃべるんじゃない。ちゃんと掃除しとけよ。十五分残業だからな」
「そんなー!」
俺はリビングに戻って、再びギアを装着する。が、シュミード氏とのセッションはすでに切れていた。
俺は通信が切れたことへのお詫びと、質問があればいつでも連絡するよう、メッセージを送った。
「やれやれ。やっと、この件も片付いた」
本部に連絡を取り、クローズ処理をする。それで、今日の仕事は終わりだ。
「ボス! 『トラテロルコ』へ行きますか?」
ギアをオフにしたのとほぼ同じタイミングで、ルータ係の嬉しそうな声がした。まったく、あいつは……。
「仕度するから待ってろ」
ドタドタと足音がして、アシュリーがリビングに顔を出した。
「まだですか、まだですか」
「だから急かすなっての!」
ガレージからクルマを出そうとして、バッテリーの残量が気になった。
「早くっ、早くっ。何してるんですかー」
「いや、バッテリーがな……」
「もー、そんなの途中で充電すりゃいいじゃないですか。それか、あたしのマッハ・セ〇ウェイに二人乗りします?」
「絶対イヤだ!」
この星のフロンティア・ハイウェイは二週間前にようやく一般開放された。おかげでずいぶん行動範囲が広がった。
居住区の反対側に向かうのにも、二十分とかからない。
「ボス、見てください。風船がいっぱいです」
走行中の車窓から、遠方に巨大なバルーンの群れが見えた。
「ボスはやめろ。街でパレードしてるんだよ。何かの記念日らしいぞ」
「じゃあ、デスク。あたし、パレード見たいです」
「デスクもおかしいだろ。通行止めしてるからクルマじゃ入れないぞ。見たけりゃ、一人で行ってこい」
「じゃあ、リーダー? スーパーバイザー? ハンチョウ? カカリチョウ? サージェント?」
「なんでだよっ。ほかのメンバーと同じように呼べよ。アキカワチーフとか」
「そんなのつまんないです」
「何がつまんないんだよ」
いちおう通信管制官とか、コミュニケーション・コントローラーとか、そんな肩書きがついているが、誰もそんな堅苦しい名称では俺のことを呼ばない。
「じゃ、じゃあ……」
アシュリーはモジモジして、
「さ、サトルさん、なんてお呼びしたり……」
「ハッキリ言うけど気持ち悪いからやめろ」
『トラテロルコ』はわりと本格的なメキシカンを気軽な雰囲気で食わせるダイナーだ。
俺の勤務時間はこの星の一般的な生活時間とはズレているから、いつも空いていて助かる。
まずデカフェのコーヒーを頼んで、それからメインディッシュを注文した。
「はぁ……。至福の時間だな」
俺はコーヒーをくゆらせながら、ため息をついた。
「昨日も言ってましたよ、ボス」
「本心だからな」
待たせることなく、ウェイターがメインディッシュを運んできた。
「これこれ! これですよ! あたしにとっての至福の時間です! いっただきまーす!」
「騒々しいやつめ」
ちなみに、支払いはすべて俺である。いろいろと事情があって、こいつの面倒は俺が見ているのだ。
俺はトルティーヤ・スープをすくって、ひとくち目を味わった。それから、ふと顔を上げると……。
アシュリー・ビーハイブの姿は消えていた。代わりにテーブルの向かいに座っているのは、ナシーラ・アルゲディだった。
「ナシーラさん……」
「チーフ。食事中にごめんなさい、仕事の話ではないのよ。でも、関係はあるかしら」
「かまいませんよ。なんです?」
「実は、メンバーがあなたのレセプションをしたいって」
「?」
「つまり、歓迎会ね」
「おぉ、それはそれは……」
俺は驚いて、スープを飲む手を止めた。
「嬉しい話ですね。けど、いいんですか? いまさらな気もしますが……」
「おっしゃる通り、お互いの顔さえ知らなくても、わたしたちの仕事は成り立つわ。でも、同じチームの仲間だもの。一度くらいは、きちんと顔を合わせたほうが、今後の仕事もスムーズに運ぶんじゃないかしら?」
「たしかに……ほとんど接点のないメンバーも多いですしね」
「どうかしら?」
「ありがたく参加させてもらいますよ。でも、気を使ってもらってるみたいで、もうしわけないなぁ」
「気にしないで! みんなチーフに会うのを楽しみにしているわ。それじゃ、週末にメリザナでいいかしら」
「了解です。……何人くらい集まる予定ですか?」
「わたしを含めて六名ね。プラス、チーフ」
「ってことは……」
「ええ、参加できないメンバーには、くれぐれも秘密ってことでお願い」
俺は肩をすくませた。
やむを得ない事情ってことは理解しているつもりだ。
が、そうは言っても、やっぱり心のどこかでは判然としない部分もないとは言えない。
俺は無言でフォークを鶏肉にぶっさした。ふたたび顔を上げた時には、目の前にいるのは、ナシーラではなく、アシュリーだった。
アシュリーは皿の上から料理が消えているのを見て、ワナワナとふるえている。
「あぁああああ! あの女ぁー! あたしの! あたしのブリトーを! よくも!」
「落ち着けよ。たかがブリトーでわめくなよ」
「たかがじゃありませんよ! こんなの、あんまりです! これだけを楽しみに今日という一日を生きてきたのに……!」
「おおげさだな。……って、泣くほどのことか?」
「だって、だって……!」
「わかった、わかったから」
俺はウェイターに手招きした。
「もう一品、注文していいから。泣くのやめろ。ブリトーでも何でも、好きなもの頼めばいい」
「うぅ……。ヒック! じゃあ、トラテロルコ・スペシャル・セットを……」
しれっと一番高いセットメニューを頼みやがった。
店内に流れるニュース映像が、ロディア宙域の緊迫した情勢を伝えている。
ルバーブも緊張が高まっているが、ロディアのほうはもっとヤバい状況が、半年以上ずっと続いていた。
小さな衝突があちこちに飛び火して、いつ大規模な星間紛争が勃発してもおかしくない──と、太った現地リポーターが早口でまくしたてている。
遠く離れた宙域の話だった。
この星での生活に、直接の影響はほとんどないだろう。
しかし……。
俺は顧客のことを考えた。資源開発が絡んでるとなると、影響を受けるクライアントも少なからずありそうだ。
(そういえば、ロディア方面を担当しているメンバーもいたよな……。歓迎会で、話を聞いてみるか?)
などと考えていると、アシュリーの視線を感じた。
「……なんだよ」
「あの女と何を話してたんですか」
「あん?」
じとっ、と湿った目で俺を見ている。
「仕事の話だ」
「……ホントですか?」
「なんで嘘つかなきゃならないんだ」
アシュリーは、フン、と鼻を鳴らした。
「……就業時間外に仕事の話だなんて、不粋な女ですね。まったく」
「就業時間内なのに仕事しないやつも、どうかと思うけどな」
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初めクールな世界観が気になったので読ませてもらいました(^^) いや文章の構成とかうまいので参考になります。
続き気になったのでお気に入り登録させてもらいました(^o^)
良かったら私の作品も観てくれたら嬉しいです(^^)/