【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第2章 〇い〇く〇りん〇ックス

第2話 高潔無比の聖女 アミス

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 聖女派の勢力基盤である冒険者ギルド、その本部の存在する王国の北部にある都市、ジャスコ市。

 そこは軍人の東都、商人の西都の間に存在するという中立を象徴するような場所であり、軍部、商業、人口、いずれもオールウェイズに高い平均点で栄えている都市であった。

 そしてその都市にて聖女が拠点としている教会の、そのとある一室にて、聖女はとある人物との面会をしていた。



「・・・随分とご機嫌のようですね、聞くも野暮かもしれませんが、いい報告を期待してよろしいのですか、ウーナ」

 精緻さと神秘さを併せ持つ外見をしたうら若き乙女が、自身の来客である一見堅物の武人に見えるが中身は超ド級の変態である女にそう尋ねた。
 女の名はウーナ、つい先日、ンシャリ村にて『金還作戦』に参加した女である。
 ウーナは自身の調査の結果を、命じた主である聖女に報告した。

「ええ、それと、姉君殿はご壮健でありましたよ、私も彼女に会うついでに、何か面白いものがあればいいなと思う程度の散歩感覚でしたが、日頃の行いがそうさせるのでしょう、面白い報告を3つする事が出来そうです」

 そういうウーナの口ぶりは、聞いた聖女がどんな反応を返すのか楽しみで堪らないといった風に弾んでいた。
 ウーナのする報告はそれだけの珍奇な出来事なので当然ではあるのだが、聖女はそれが気に入らないという風にウーナを急かした。

「もったいぶらないで教えて頂けますか、それともいい話と悪い話があるとか、そういう選択肢でも?」

「いえ、ご安心ください、全部いい話です。
 先ずはアミス様に命じられた【魔王】の捜索の件についてですが、最初は何故人間の村を探すのかと半信半疑ではありましたが、まぁ結果としてそれが功を奏した結果となりました、アミス様の予想通り、【魔王】を宣告したのは様でした」

 聖女の名はアミス、そしてその姉であるメリーの本名がメリスであった。
 名付け親は両方とも彼らの父親で、母親の名はアリスである。

「やっぱり姉様が・・・、こうなる事が分かっていたからこそ、魔族が少なくて若者も少ないような僻地に派遣したというのに、まさか【勇者】より先に【魔王】を宣告してしまうとは・・・。
 これでは【勇者】の誕生も時間の問題になってしまいますね、ともすればこの膠着もやがては均衡を崩し、終末戦争が始まる、リューピンがこの事を知れば真の乱世の引き金になるでしょう、ウーナ、その者はこちらに引き入れる事は出来るのでしょうか?」

 先代魔王と密約を交わしていた聖女は、王国という強烈な偏見を持つ人間社会の中にあっても真の平等主義者であり、親魔族派だった。
 それ故に魔王と手を組み新たなる世界秩序を創造する事を最終目標としており、新たに誕生した魔王と組む事にも抵抗は無かったのである。
 自身の報告を聞いたアミスが世界平和の為に必死で策略を思考する姿に痛快としつつ、ウーナは二つ目の真実を告げる。

「ええ、容易いでしょう、何故なら彼女は、リューピンの義理の妹・・・ですから!」

「え・・・?」

 鉄面皮で出来たようなすまし顔のアミスが目を丸くして驚いて見せる。
 その反応を肴にして一升瓶開けられるくらいにウーナはしてやったりと喜びの絶頂を感じていた。

「メリス様が派遣されたンシャリ村、そこの村長の家がリューピンの実家になるみたいで、そこの養子として育てられていた幼女が【魔王】となった訳です」

「・・・偶然だとしたら最悪ですね、義理とはいえリューピンの妹というならば、平和を愛する心も、他人を思いやるまごころも、持ちえている筈がないものでしょう、もしその幼女がリューピンと結託すれば世界は破滅してしまう、・・・これが、これがこの世の神の与える試練という訳ですか・・・」

 悲観的に頭を抱えるアミスの反応をひとしきり楽しんで、「今頃は頭の中で必死に出る訳もない解決方法や、罪もない幼女を拉致、監禁するか否か」みたいな策略を考えているのだろうと想像しながらアミスの姿をひとしきり観察した後に、ウーナは言葉を繋げた。

「心配しなくても、彼女が世界を混乱させるような心配はありませんよ、何故なら彼女は、少しばかり自殺願望が先行していて精神に二重人格的な疾患を抱えているような矛盾した人物ですが、その根底はイタズラ好きで遊びたい盛りの、普通に育てられたどこにでもいる普通の幼女ですから」

 それを聞いた時にアミスは言葉を疑った。
 魔族は人間の隣人では無い、それが王国の布教し植え付けた価値観であり、それは辺境の村であっても例外は無いと思っていたからだ。

「本当なのですか?、魔族に対して偏見や差別を持たない村が、この王国に一つでも存在するとは、俄には信じられない事ですが」

「ええ、村長の家に拾われた事と、本人の角が小さくて隠せる故に、今まで本人が自分自身さえも自己暗示で騙して人間だと思い込んでいたという部分が、彼女を平凡で普通の少女に仕立てあげた要因でしょう。
 リューピンの破滅願望のルーツも、根底はサバイバーズギルトに近い罪悪感だとも教わりました、故に、二人の捻れた心をアミス様の威光で浄化出来れば、二人とも更正する事も可能でしょう」

「・・・わたくしの言葉などリューピンには届かぬものでしょうが、しかし、原因が知れた事なのならば、対処のしようもある話ですね」

「ええ、は既に授かっております、リューピンは寂しがり屋で神に対して冒涜する事を目的として乱世を望む人物、であるならば、同じく神に抗うアミス様とは轡を並べる事も可能であるという話です、私はきっとアミス様ならリューピンを更正する事も可能だと、そう信じておりますとも・・・!」

 リューピンは聖女派の幹部として既に容易には粛清出来ない程に地位も名声も手に入れているために、聖女派でありながら勝手に王を名乗りこの乱世を創出したにも関わらずに、誰も彼を裁けずにいたが。

 しかし、ここでリューピンに対する対処法を知れたことは、間違いなくアミスにとっていい話だと言えた。

「魔王の所在とリューピンへの対抗策、どちらも現在の情勢に於いては奇貨となる情報ですが。
 ・・・それで最後の一つとは一体なんなのでしょう?、それもまた朗報と呼べるような話なのでしょうか?」

「・・・これはまだ、くだんの魔王とは違い、に過ぎない話なのですが、しかし、それが現実になった場合には、少し厄介な事態になると思い、耳に入れておこうかと思った話でございます」

 と、そこまでふざけ半分に喋っていたウーナが、そこで声のトーンを落として顔を引き締めた。
 超一級の変人であるウーナが真面目に話す事など、片手の指で足りる程しか無かった為に、アミスもそこでウーナの言葉に身構える。

「────────先ず、順を追って話しますと、メリス様に恋人と呼べるような浅からぬ仲の男性が出来ました」

「・・・・・・へ?、・・・あの姉様に?、・・・いえ、姉様も既にいい年ですから、恋人の一人くらいできても不思議では無い話ですが、・・・しかしそれは、素直に喜ばしい話なのでは無いですか?」

 と、アミスは今日一番の動揺を見せるものの、姉の年齢を考慮すれば今まで恋人の一人もいない方がおかしな話だったので、そこは素直に祝福しようと努めて見せるが。
 そんなアミスに対しウーナは相変わらず人を食ったように何時にもなく真剣な表情で、アミスの疑問を否定して見せる。

「・・・いえ、その相手が問題なのです、その者は先ず、リューピンの従兄弟甥に当たる人物であり、そしてメリス様とは歳が13も離れておられます」

「13・・・、干支一回り以上ですか・・・、ですが姉様は昔からお父さん子でしたし、年上の包容力のある男性に惹かれるのも理解出来ます、リューピンの親戚と言うのは少し困りものですが、血筋と人柄は分けて考えるべきであるというのが私の主義ですので、それも問題ない話だと思いますが・・・」

「・・・いえ、13歳です、そしてその者は、私の勝手な見立てではありますが、リューピンとは幼なじみであり、リューピンの弟子である事から鑑みても、リューピンと比較的近い思想を持っていると考えられます、例えるならそう、自分が生き残る為なら、例え何千人犠牲になっても気にしないような、そんな思想の片鱗を感じさせる人物です」

 年下、の部分があまりにも衝撃的だった為に事態はアミスの想像を超越し過ぎていて、アミスは呼吸も忘れる程に固まっていた。

「・・・・・・・・・・・・」

「アミス様!」

「──────はっ、そ、それで、姉様のその年下でリューピンの親戚の恋人とは、一体どういう人物なのでしょうか」

「そうですね、先ず順を追って話すなら、初対面の私にいきなり喧嘩を吹っかけて、そして決闘で私は肋を折られました」

「・・・・・・という事は、その者はウーナより強いという事ですか?」

「・・・さて、どうでしょう、私の心眼の見立てでは、ステータスの平均は最低のE、突出した能力も無く、剣技の心得なども無い、しかし、そんな相手に私は一矢報いられた、その事実だけ見れば、それは彼が何かしらの能力でもって、全ステータスSである私に対抗する力を持っていたという事になる、そんな能力を持つ存在など、この世には多く存在しないでしょう」

 その言葉を聞いて、アミスの中で断片的な情報と、伏線的な要素が組み合わさり、ウーナの言わんとする脅威が何かを理解した。

「・・・つまり、その者が【勇者】かもしれないと、そういう話になる訳ですね」

「ええ、とは言っても最強と無敵の代名詞である勇者としてはなんとも頼りない人物ですが、メリス様の想い人であり、そして宣告間もない低レベルで私に一矢報いる事が出来る存在、そして彼は驚くべき事に、単身で黒龍と対峙し、黒龍を退ける事まで成し遂げてしまった、表向きは交渉により黒龍を説き伏せたという事ですが、それについても真偽は不明、ただ、黒龍と対峙して生きて帰れる存在など、勇者以外には考えられないものでしょう、何故ならかの魔王でさえ、聖剣に匹敵する名刀を授かった私でさえも、黒龍には歯が立たなかった訳ですから」

「・・・・・・え?、待ってください、黒龍と対峙?、いつ?、どこで?、何があったらそんな事になるのですか?、というか災厄と呼ばれる神代の三帝である黒龍を撃退出来る人間など、この世に存在するものなのでしょうか?」

「さぁ、私の知る限りでは、おとぎ話の時代の勇者の逸話に数えられるくらいに存在する程度の話ですね、ですからその者は、紛れもなく伝説を超越した者になるでしょう。
 黒龍と戦う事になった経緯に関しましてはかいつまんで説明すると、件の魔王の実力を量る目的で参加したとある討伐作戦に、黒龍が現れて、そしてそこで魔王が持ち前の自殺願望を発揮して殿しんがりになると言い出したので、これはいけないと使命感に駆られた私は、メインディッシュ・・・、もとい件の魔王を死守する為に共に戦う事にしたという訳です、覚醒した魔王の力は恐らく聖剣を持った私にも匹敵する程の力で、それはもう圧巻でしたが、しかし、黒龍はそんな魔王ですらも赤子の手をひねるように蹂躙してしまいました、私は途中で戦線離脱したので詳細は知りませんが、魔王が力尽きようという時にその者は現れ、黒龍を引き連れて去っていったとの事でした」

「だとするならば、その者はきっと、本物になるのでしょうね」

「ええ、別れ際に見た彼のステータスも相変わらずのEで、レベルも特に上がったような感じはしませんでしたが、しかし、何か神々しいものの片鱗を感じたのも確かです、故に、私は候補といいつつも、ほぼ確信を持って黒だと言えます、何せあの、メリス様の選んだお方なのですから」

「それは、確かに困った話ですね・・・」

 勇者の誕生、それはこの王国の全ての人間にとっては吉報と呼べる話だが、ただ一人、勇者と真逆の野望を持つ聖女にとっては、勇者の存在は邪魔者でしかない。
 聖女の野望とは差別や搾取の無い、魔族と手を取り合うような平等で平和な優しい世界の創造。

 しかしそれを成し遂げた勇者も、そんな理想掲げた勇者も、歴史上存在しない以上、今代の勇者に限っても、ただ自分が〝敵〟と定めた相手を一方的に滅ぼす事で英雄となるような、そんな独裁者に過ぎないと思ったからだ。
 かと言って、リューピンの作り上げたこの内乱の二面戦争状態の今では、勇者と対立して聖女派が勝ち残る道理も無い。
 つまり、勇者の誕生とは、現在の乱世に於ける人間側の勝利を約束するのと同時に、聖女の野望が潰える事を意味するのである。

 勇者が黒龍を相手どって生還した事が事実であるのならば、いかなる暗殺や洗脳などの工作も無意味だろう、人質を取るくらいしか手立ては無いが、それをすれば聖女派は大義を失い民意も離れる為に実用的な手段では無い。

 故に八方塞がり、アミスは先日に密約を交わした先代魔王が過労死で死没した事により、自身の計画の破綻と、掲げた理想の瓦解を感じていたのだった。

 そして絶望に打ちひしがれるアミスに、超一級の変人である女は正気とは言えないような献策をした。

「アミス様、絶望するのはまだ早いです、何故ならリューピンもメリス様も、我々の身内ではございませんか、故に、アミス様がリューピンを取り立てた縁も運命と考えれば、勇者を我が陣営に取り込む事も不可能ではありません、もしリューピンを更生する事が出来るのであれば、その者だってアミス様に感銘を受けるのも道理でしょう、故に先ずはリューピンを、アミス様の御威光で更生させるのがよいでしょう」

「・・・しかし、再三の警告を無視した挙句に今は勝手に王を名乗って騎士団派と勝手に戦争を始めているアレに、私の言葉など通じるのでしょうか?、私には馬の耳に念仏を唱える様な徒労に思えるのですが」

「何もしなければリューピンと勇者と魔王が結託し、この世は地獄に変わり果てますよ、何故なら彼らは悪の枢軸として親戚関係なのですから、悪人の村の村長の家系なのですから、だから正義を為そうというのであれば先ずはリューピンを正し、そしてそこから世界を正すのが筋というものでしょう」

 何時にもなく正論を語ると思った時に、ウーナには何か裏があるのかもしれないとアミスは思ったが、それでもやり遂げるしかないとアミスは腹を括った。
 だがこの超一級の変人に、裏も表も無い事に気づくのは、全てが終わった後の話になるのであった。

「・・・分かりました、確かに、リューピンを取り込めば勇者と魔王の二人が手に入る、だとするのであれば、それは私が私の願いを叶える為に必要な試練と言える話なのでしょう、先ずはリューピンを懐柔する事から始める事にします」

 こうしてアミスはウーナにそそのかされて、絶対に上がりの目の出ないサイコロを振る行為に勤しむ事になるのだった。
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