【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第6話 ジェリドンの演説

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 陣地に着いてからの1週間、俺たちは陣地の補強に塹壕を堀るのを手伝ったり、炊事の配膳や後片付けなどを手伝ったりと過密スケジュールによりてんてこ舞いだったが。
 未だ休戦状態である為に、他の徴兵された兵士達は突撃の為の過酷な訓練をしており、それを横目に見ると自分達に割り振られた仕事がいかに楽かを思い知りつつ、就寝時間まで常に拘束されるような作業に忙殺されていたのであった。
 食料の配給には余裕があるようで、陣地で炊事を行える程度には食事は充実していたし、結界をかけているとの話ではあったが、そもそも休戦状態なのもあいまってそこまで陣地の隠蔽に気を使っていないようだった。

 斥候の男からは俺との取引に応じるとの返事は早めに貰えて男の潜伏期間までに情報交換をした後そのまま無事に帰還していった。

 得られた情報は些細で意外性の無い予測の範囲内にあるような取るに足らないものだったが、知っている事が役に立つ場面は必ずあると思うので、まぁお互いに得した取引になったと思う。

 そんな訳でこの一週間、雑用というタスクだけで平和な時間を過ごしていた訳だが、ここで陣地の陣容が整ったとの判断らしい、いつもより1時間早い起床時間の明け方、この部隊の総大将と思しき騎士団団長の全軍を集めて演説の後、作戦行動を開始し、総突撃が行われると告げられた。

 俺たちも行くのかよと面食らうが、オウカ軍曹は俺たちの従軍に反対したが上官に押し切られてしまったらしい。
 ガキを前線に連れ出すとかマジかよと思ったが、オウカ軍曹に気まずい顔で「子供が前線に立つことで部隊に発破をかける役割だ」と言われ、その理にかなった理屈には納得しつつも、それを是とする人間がこの部隊を指揮している事におぞましさを感じた。

 誰が指示したのかは知らないが、子供を区別せずに戦場に送り込むという発想は人でなしの極みにあるものと言っていいだろう。
 人間のクズである俺がドン引きしているのだ、つまり、この作戦を指揮している人間は俺以上の人間のクズなのだとここで思い知ったのであった。

 そして現在、俺たちは整列する部隊の最後尾から騎士団団長の演説を聞かされていたのであった。



「私が、騎士団団長にしてこの部隊の総司令官である、ジェリドン・メッサだ、先ずはこの国家の危機に対し、遥々とこのちに身を捧げて馳せ参じてくれた事に、深く感謝する」

 そう言って、ジェリドン──────、この一軍の長となる中年の男は深々と頭を下げた。
 その様子に多くの兵は、困惑し、恭しく不格好な形で全員が頭を下げて返礼した。
 この真摯な態度に、連日の訓練で疲弊していた兵士たちの中にも、ジェリドンの演説を聞いてみようという興味が生まれた事だろう。
 その一連のやり取りの後に、ジェリドンは全軍に、いや、それを影から盗み聞く魔王軍の斥候にまでも聞こえるような朗々と通る声で演説を始めたのであった。

「────────まず、ここにいる多くの人間は、この戦いに勝機がないと、魔王の率いる巨大な敵軍に敵う筈が無いと、そう思っている事だろう。
 ───────事実として、これまでに徴兵された多くの兵士達は、任期を終えてその戦果を持ち帰る者も無く尽く打ち滅ぼされ、敗戦続きの王国軍は今や壊滅状態となり、この最後の徴兵に王国の命運をかけるしか望みの無い状態だ。
 ───────このような我々の敗戦の負債を、君たちの命で償還しなければならない事を心から申し訳なく思う。
 ───────そしてそれ故に、この戦には勝算は無く、そして勝ったとしても王権を簒奪した聖女が我々に報奨する保証は無い為に、我々には命を懸けても約束された栄光も無い。
 ───────そんな、理不尽で不毛で誰もが投げ出したくなるような、そんな戦に我々は望まなくてはならないのだ」

 理不尽で不毛な争い、それは一兵卒のみならず、民間人すらも思っている事だろう。
 これは王国の肥沃な土地を奪おうとする魔王軍からの防衛戦、防衛戦に勲章はあっても、与えられる褒賞は戦死して全滅した貴族の財産をいくらか分配する程度のもの、そして今となっては王国が滅び、国土を褒賞として与える事も、勲章を持つ軍人に年金を払う事も保証出来ない状況なのだから。

 故に、勝っても得しないし、それなのに勝つのが難しいという、理不尽と不毛の極みにあるような戦だった。

「だから、最初に言おう、逃げ出したいものは逃げ出しても構わない、なぜなら、我らが滅べば魔王軍は王国を蹂躙し、そして我が臣民たちは勢力を削ぐ為に虐殺で数を調整され、残った僅かな民だけが奴隷として生かされるようになる、そうなれば変わらない、変わるのは「己の名誉の為に戦ったか否か」それだけの事だからだ、故に運命に抗う気概のあるものだけが、ここに残ればいい」

 逃げても構わない、これは劣兵は必要ないからそう言っているのでは無く、純粋に脱走兵を軍法会議や憲兵を使い裁く余裕が無いという話だった。
 だからその言葉を聞いた兵士たちの多くは「ならば」と、ここから逃げ出す方に意識が傾いただろう。
 だがそれを窘めるようにして、ジェリドンは演説を続けた。

「だが、私は、そんな理不尽で不毛な争いであっても、最期まで戦い続ける事を諸君に誓おう。
 ────例えこの体に千の矢を浴びようとも、────例え両腕両脚を折られようとも、─────この身が滅びる時まで、諸君らの先頭に立ち最期まで戦い続ける事を諸君に誓おう。
 この戦いに名誉も栄光も無い、だが、この戦いには王国臣民一億の命がかかっているのだ、ならば我らは、せめて我らの命は、最期まで王国を蛮族の凶刃から守る盾であると、そうありたいと私は願う。

 騎士であるからではない、この王国に生受けたものとして、同胞はらからを守りたいと私がそう思うからだ、この腐敗し劣悪な王国の中に、それでも私が愛するもの達がいるからだ。
 
 だから私は今一度問いかけたい、君達は何のために戦うのか、何を求めて戦うのか。
 富を得るため、名声を得るため、平和を守るため、生活の為、日常では満たせぬ衝動を満たす為、なんであっても私は歓迎しよう。
 そして諸君らは今一度考えて見てほしい、この戦に負けた後の未来を、魔族に何もかもを奪われ、罪の無い子供たちが虐殺され虐げられて野垂れ死に餓死する様を、想像して見て欲しい。

 諸君らは許せるだろうか、我らの先祖も、友も、その子孫も、全て魔族の手によって奪われるのだ
 ─────故に、ここで誰かが、この悲しみの連鎖を断ち切り、人類にとっての真の平和を勝ち取らなければならないのだ
 そうしなければ、我らは未来永劫、悲劇の螺旋から抜け出せずに、諸君らの家族や子孫も、諸君らと同じ地獄を味わう事になるだろう。
 故に私は、ここで終わらせようと思ったのだ、この戦を最後に、王国に未来永劫の平和をもたらす戦にする事を。
 その犠牲としてここにいる多くの兵士が死ぬし、私の骨を拾うものもいないだろう、だが、愛する祖国の為に、今一度だけ、ただ一度だけ、諸君らの力を私に貸してもらいたい。

 この戦に勝てば、我らに名誉は無くとも、諸君らの家族や愛する者たちには未来永劫の平和が約束され、そして王国を永劫不滅、天壌無窮のものとする礎となるだろう。
 その偉大なる挑戦に、我らの守護神である『奇跡の女神』は、必ず我らに微笑み、栄光無くとも勝利をもたらしてくれるはずだ。
 漠然とした誰かの為では無く、諸君らの生まれ育った故郷の為に、諸君らが愛する者たちを守るために、諸君ら自身の未来のために、我らの祖国を永遠に残す為に、────どうか、どうか、今一度だけ、諸君らの力を私に貸して貰えないだろうか。

 ────敵は強大だ、しかし我らの力を合わせれば敵わない敵などいない事を我らは知っている、故にどうか、諸君らの力を、人類の平和の為に──────、祖国の安寧の為に────、今一度だけ────、貸してくれないだろうか──────っ!!」

 そう言って騎士団長──────、ジェリドンは一同の前で土下座した。

 全軍の総司令である男が、立場を省みずに頭を下げたのだ。

 今まで騎士と言えば王族や貴族の犬であり、いけ好かないエリートだと思っていた多くの兵士達の偏見はその姿によって打ち砕かれて、そして対等な立場から協力を求められた事により、この戦争の意義が「王国の手」によるものから、自分たち「国民の手によって行われるもの」だと錯覚したことだろう。

 全軍の総司令、身分や階級で考えれば絶対に逆らう事の出来ない筈の存在が、自分と対等であるかのように語りかけてきたのだ。
 だから、この戦争は命令されて従わされてするものではなく、人類の、自分たちの為に「しなければいけない」ものだと、誰もがそこで錯覚した。

 ジェリドンの演説は、人心掌握術に精通した希代の復讐鬼が行った、人のナショナリズムや愛国心に訴えかける、そんな計算づくの演説だった。

 本来、ここにいるまともに訓練を受けずに徴兵された練度の低い兵士たちを運用すれば、前線の過酷な状況に戦意を喪失し、往々にして脱走兵や士気を失って自暴自棄になる者が一定数発生するのが道理だった。
 しかし、ここで愛国心に訴えかける演説で「団結」とこの戦争を戦い抜く事の意義、「大義名分」を生み出す事により、烏合の衆であっても王国を守る「兵士」としての素養を芽生えさせたのである。

 その為に、この地獄において逃げるという選択肢を最初に提示し、その上で逃げずに戦うという戦意を持たせる事をジェリドンは誘導していた。

 自ら選んだ選択ならば、人はどんな理不尽な結果でも受け入れてしまうものなのだから。

 それが、人でなしの頂点に立つ男の格率となる、全ての兵士を地獄に送り込む作法なのであった。




 打算に満ちていても国を想う気持ちには嘘偽りの無いジェリドンの演説に、王国の民であって、血潮が滾らないものはいなかっただろう。

 当然だ、この場にいるほぼ全ての人間が「戦争の理不尽」に晒されていた、だから「王国の未来」という命運を賭けた戦に身を投じる事に、その「可能性」に、やりがいを感じるようになっていたし、自分たちの上に立つ人間が出世に目が眩んだいけ好かない特権階級の貴族では無く、真にこの国の未来を考える騎士道精神に溢れる男だと知れば、この理不尽すらも人類に与えられた試練だと、そう思うようになっても当然なのだから。

 侵略戦争では無く防衛戦争である事、それを強調した事で兵士達は自分たちの家族が人質に取られていると錯覚し、そしてなぜ戦争が起きたのか、なぜ突撃しなければいけないのか、そんな疑問など全く気にならないかのようにジェリドンの言葉に心酔、盲信したのだから。




 ジェリドンの演説を聞いた兵士たちは、己の内に眠っていた「闘争心」をかきたてられて、王国の貴族たちが民に強いた特に理由のない理不尽や圧政のはけ口を魔族に求めるようになった。

 そして一人の兵士が拍手をしたのを皮切りに、兵士たちはジェリドンを喝采し、それにジェリドンは「アンデス王国万歳、我らにメルクアリス様の加護を」と叫ぶと、兵士たちはそれに続いて声を上げ、その勢いのままに全軍突撃する事になったのであった。


 ──────この場にいる中でこれが借用ではなく返済不可能な命の搾取であると気づけたものはきっと、ただ一人だけだっただろう、それほどに兵士たちは狂気的に熱狂していたのであった。
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