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本編
第139 約定の破棄 4
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「各小隊長と、さっきあからさまな殺意を向けていた、そこの男……あぁ、やはり貴様か。お前はここに残れ」
ギガイの言葉に、一斉に一礼をした近衛隊の面々が、謁見の間から外へ出る。
名指しに近い状況で、場違いの面々の中に取り残された若い武官の表情は青ざめていた。
2度目は無い、と告げていたのだ。抑えきれていなかった殺気を、処罰されると思っている事が見て取れた。
残された小隊長の4人の1歩後ろに、その男も膝を着く。
「イグール、後ろにいるお前の部下は何という名だ?」
「ハァバン、と申します」
頭を下げたまま答えたイグールの後ろで、ハァバンと名前を告げられた男は、肩をわずかに震わせた。
「ハァバン、顔を上げろ」
怖々という様子で、頭を上げた若い武官が、ギガイの方へ目を向ける。
「以前、レフラを護るために命をかけると、言っていたな」
「……はい」
「その言葉に偽りはないな」
「はい」
質問の意図が見えないせいか、ハァバンの眉じりがわずかに下がっていた。
「では、跳び族の地へこれから向かい、状況を探ってこい」
「かしこまりました!」
見開かれた目に浮かぶ表情に、ギガイは口角をわずかに上げた。
「命をかけると言っていたが、必ず戻れ。アレは自分の知る者を、安易に切り捨てられないからな」
いくら黒族の武官と言っても、たった1人での潜入となれば危険もある。しかも今回は、全く状況が見えていない。
「かしこまりました!」
ギガイの言葉に目を見開いた男が、感極まったような声で返事をした。
(それにしても以前の報告書にも、イシュカとかいう男について記載はあったが、まさか約定を破棄してくるとはな)
黒族との約定に不満を持っている様子の記述は見ていたが、現実的な問題として、跳び族にはそれを拒絶するだけの力は備わっていないはずなのだ。それにも関わらず、こうやって破棄をしてきたという事は。
「他種族が裏で関わっている可能性もある。確認できた場合には、すぐに報告しろ」
「はっ!」
その可能性が高かった。だけど、今は表面的な穏やかさを崩せない。
武力を持って、攻め込んでしまうのは楽だった。
だが突然の武力による制圧は、他種族に明日は我が身、と不要な警戒を引き起こしてしまう。
約定の破棄から、イシュカという男の不敬さを理由に攻め入る事も可能だが、それではレフラの立場が危うくなる。
レフラが跳び族である以上、レフラヘの反感を避けるために、跳び族との軋轢は避けたかった。
(それに武力にて制圧をしてしまえば、それこそレフラを隷属や隷妃として扱う事になってしまうからな)
かつてのレフラの姿を思い出せば、いまだに胸の辺りが痛くなる。レフラへあの時のような感情を、ギガイはもう2度と抱かせたくなかった。
イシュカの振る舞いが、そんなレフラの微妙な立場を分かっているからこその態度だと明け透けな分、イシュカに対して冷たい感情が広がるのは早かった。
「どちらにしても、侮られたままでは居られない」
黒族が侮られてしまえば、この世のバランスが崩れてしまう。
この世の覇者として君臨する、ギガイが足下を見られるなど、なおさらだった。
バランスが崩れれば、不必要な争いが各部族間でも生じるだろう。
今のこの状況が他へと知れ渡る前に、ギガイにはこの世を治める覇者として、事態を収める必要があった。
「表向きには、穏便な約定の解消として手続きを踏ませてある。その間に状況を把握して、部隊を動かす。お前達は備えていろ」
「はっ!」
「ハァバン、お前もだ。急げ」
「かしこまりました!」
レフラを侮るイシュカへハッキリとした殺意を抱いたハァバンは、実力以外にも、レフラに対する思い入れらしきものから尽力するだろう。
(実際がどうであろうと、あの男には内乱の首謀者として死んでもらう)
会談のこのわずかな時間の中で、それが最善だと判断した、自分はやはり冷酷な質のようだ。
再認識したその事実には、今さら何も思わない。ただ、レフラのことを思えば、心の内に何かが澱んでいくようだった。
常に冷酷無慈悲と言われ、レフラに対しても冷淡な姿を晒していた事も何度かある。それでも、人を安易に殺す姿は、レフラには見せたいとは思わない。
(特に今回は、同じ跳び族だ)
いくらギガイが、レフラ自身を傷付ける一族として、忌々しく思っていたとしても。レフラ自身、跳び族の長子として、一族を護るためにずっと生きてきたはずなのだ。
そんなレフラに、一族の族長であるあの男を、殺す姿は見せたくなかった。
(あんな男だろうと、護れなかった、とお前は泣くのだろう)
あの男がもう少し賢く振る舞うなら、まだ生かしておけたはずだった。
(せめて、正式な謁見の場でのことでなければな)
だが衆目がある中で、侮られた以上は、レフラのためだとしてもムリなのだ。
傷付くレフラを思えば、心は痛い。
でも、あんな男に涙を流すことは腹立たしかった。
しかも、その傷を与えるのが自分なのだ。
以前のように、心を閉ざしてしまうことがあったら。そう思えば、柄でもなく、向けられるレフラの目が怖かった。
ギガイの言葉に、一斉に一礼をした近衛隊の面々が、謁見の間から外へ出る。
名指しに近い状況で、場違いの面々の中に取り残された若い武官の表情は青ざめていた。
2度目は無い、と告げていたのだ。抑えきれていなかった殺気を、処罰されると思っている事が見て取れた。
残された小隊長の4人の1歩後ろに、その男も膝を着く。
「イグール、後ろにいるお前の部下は何という名だ?」
「ハァバン、と申します」
頭を下げたまま答えたイグールの後ろで、ハァバンと名前を告げられた男は、肩をわずかに震わせた。
「ハァバン、顔を上げろ」
怖々という様子で、頭を上げた若い武官が、ギガイの方へ目を向ける。
「以前、レフラを護るために命をかけると、言っていたな」
「……はい」
「その言葉に偽りはないな」
「はい」
質問の意図が見えないせいか、ハァバンの眉じりがわずかに下がっていた。
「では、跳び族の地へこれから向かい、状況を探ってこい」
「かしこまりました!」
見開かれた目に浮かぶ表情に、ギガイは口角をわずかに上げた。
「命をかけると言っていたが、必ず戻れ。アレは自分の知る者を、安易に切り捨てられないからな」
いくら黒族の武官と言っても、たった1人での潜入となれば危険もある。しかも今回は、全く状況が見えていない。
「かしこまりました!」
ギガイの言葉に目を見開いた男が、感極まったような声で返事をした。
(それにしても以前の報告書にも、イシュカとかいう男について記載はあったが、まさか約定を破棄してくるとはな)
黒族との約定に不満を持っている様子の記述は見ていたが、現実的な問題として、跳び族にはそれを拒絶するだけの力は備わっていないはずなのだ。それにも関わらず、こうやって破棄をしてきたという事は。
「他種族が裏で関わっている可能性もある。確認できた場合には、すぐに報告しろ」
「はっ!」
その可能性が高かった。だけど、今は表面的な穏やかさを崩せない。
武力を持って、攻め込んでしまうのは楽だった。
だが突然の武力による制圧は、他種族に明日は我が身、と不要な警戒を引き起こしてしまう。
約定の破棄から、イシュカという男の不敬さを理由に攻め入る事も可能だが、それではレフラの立場が危うくなる。
レフラが跳び族である以上、レフラヘの反感を避けるために、跳び族との軋轢は避けたかった。
(それに武力にて制圧をしてしまえば、それこそレフラを隷属や隷妃として扱う事になってしまうからな)
かつてのレフラの姿を思い出せば、いまだに胸の辺りが痛くなる。レフラへあの時のような感情を、ギガイはもう2度と抱かせたくなかった。
イシュカの振る舞いが、そんなレフラの微妙な立場を分かっているからこその態度だと明け透けな分、イシュカに対して冷たい感情が広がるのは早かった。
「どちらにしても、侮られたままでは居られない」
黒族が侮られてしまえば、この世のバランスが崩れてしまう。
この世の覇者として君臨する、ギガイが足下を見られるなど、なおさらだった。
バランスが崩れれば、不必要な争いが各部族間でも生じるだろう。
今のこの状況が他へと知れ渡る前に、ギガイにはこの世を治める覇者として、事態を収める必要があった。
「表向きには、穏便な約定の解消として手続きを踏ませてある。その間に状況を把握して、部隊を動かす。お前達は備えていろ」
「はっ!」
「ハァバン、お前もだ。急げ」
「かしこまりました!」
レフラを侮るイシュカへハッキリとした殺意を抱いたハァバンは、実力以外にも、レフラに対する思い入れらしきものから尽力するだろう。
(実際がどうであろうと、あの男には内乱の首謀者として死んでもらう)
会談のこのわずかな時間の中で、それが最善だと判断した、自分はやはり冷酷な質のようだ。
再認識したその事実には、今さら何も思わない。ただ、レフラのことを思えば、心の内に何かが澱んでいくようだった。
常に冷酷無慈悲と言われ、レフラに対しても冷淡な姿を晒していた事も何度かある。それでも、人を安易に殺す姿は、レフラには見せたいとは思わない。
(特に今回は、同じ跳び族だ)
いくらギガイが、レフラ自身を傷付ける一族として、忌々しく思っていたとしても。レフラ自身、跳び族の長子として、一族を護るためにずっと生きてきたはずなのだ。
そんなレフラに、一族の族長であるあの男を、殺す姿は見せたくなかった。
(あんな男だろうと、護れなかった、とお前は泣くのだろう)
あの男がもう少し賢く振る舞うなら、まだ生かしておけたはずだった。
(せめて、正式な謁見の場でのことでなければな)
だが衆目がある中で、侮られた以上は、レフラのためだとしてもムリなのだ。
傷付くレフラを思えば、心は痛い。
でも、あんな男に涙を流すことは腹立たしかった。
しかも、その傷を与えるのが自分なのだ。
以前のように、心を閉ざしてしまうことがあったら。そう思えば、柄でもなく、向けられるレフラの目が怖かった。
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