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1章 約束と記憶の夜空
5話
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大人の女性
「え? もう一度言って貰えるかしら?」
いじめっ子
「「「――――!」」」
4人の目線が一斉に集まる。
一人ひとりが、ただでさえ友好的とは呼べないマイナスの関係値。
全員分ともなればおぞましさを覚えるほど、恐怖を煽る。
僕は視線の圧で思わず、一歩後ろへと下がってしまう。
ヨウ
「――――ッ!」
今にも世界の反対側に逃げてしまいたい衝動に駆られる。
空にいるオリオン座が、登ってくるサソリ座から逃げるかのように。
だが、僕だけ尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
僕が逃げたら、独りで戦っていたスイちゃんの、勇気も、努力も、感情も、全てが無駄になる。
――それにスイちゃんは僕に、太陽のヨウくんとあだ名を付けてくれた。
震える手で彼女の手をギュッと握り直す。
スイ
「――――」
強く握った手を握り返してくれたスイちゃん。
手を伝う温もりは僕に勇気をくれる。
まるで超新星爆発でも起こしたかのように、今まで生きてきた中で一番の大きな声を空き地に響かせる。
ヨウ
「証拠なら……あります!!」
慣れない大声は、震えていただろう。裏返ってもいただろう。
威圧や畏怖とは無縁の叫ぶ声。
しかし、間違いなく僕の中で一番の輝きを放った。
効果があった証拠に女性は狼狽えを隠せずにいる。
大人の女性
「へ、へぇー……そこまで言うなら出してみなさいよ。今すぐ!」
イライラと心配は焦る表情から滲み出ていた。
対照的に、爆発の反動か僕は冷静さを宿す。
ヨウ
「今すぐには無理ですけど……」
今すぐは無茶な話だ。
何せ、望遠鏡は空き地に置きっ放しだし、壊した瞬間の目撃者がいたとしても空き地まで一緒に来ているわけでもない。
そもそも今すぐ出せるなら、とっくに出しているはず。
大人の女性
「あなた、もしかしてこの私にウソを吐いたの!? 私ウソが世界でいっちばん大嫌いなのよ!」
ヒステリックに叫ぶ女性に対して、僕はゆっくり首を振る。
ヨウ
「あの空き地の裏にはコンビニがありますよね?」
予想外の質問だったのだろう、女性は息を切らしながら答える。
大人の女性
「あ、あるけど! それが何か?」
ヨウ
「そのコンビニの裏に向けられた監視カメラに、僕の望遠鏡が壊された一部始終が載っているはずです」
だが、今すぐには出せなくとも、証拠なら確かに存在する。
今まで恐怖の余り忘れてしまっていた、監視カメラの中に。
ヨウ
「――――」
カメラは、空き地の塀からコンビニの上によじ登る3人組の子どもがいたため、防犯と安全の面を考慮して最近取り付けられた。
設置されたのを知っているのは、極々一部の人間。
店長や店員はもちろん、あとはその人たちに本当に近しい人のみ。
飽くまでも防犯と安全のためであり、隠しカメラではないので、関係者以外には秘密にしているという訳ではない。
だが、おいそれと他人にペラペラ話す内容ではないため、ある程度は近しくないと聞けないわけだ。
大人の女性
「だ、だとしても! 監視カメラの映像なんて、プライバシーの問題で一般人が見せて貰えるものじゃないでしょ?」
ヨウ
「確かに普通の人なら見せて貰えないかもしれません……」
大人の女性
「ならやっぱり証拠としては不十分! お話にならないわ!」
再びふんぞり返る女性。
勝ちを確信している顔で腕を組む。
しかし、僕が何故あのコンビニにカメラが設置されていることを知っているのか、それは――
ヨウ
「でも、あそこの店長さん……僕のお父さんに、昔お世話になったとか何とかで知り合いなんですよ。もしかしたら、僕のお父さんが頼めば何とかしてくれるかもしれませんね」
家の近所なだけあって、あそこのコンビニは家族みんなが利用する行きつけの店になっていた。
故に、家族全員、コンビニの店長さんとは挨拶をする程度に見知っていた仲。
そんな時、父さんの仕事上でたまたま店長さんと接点があったらしく、その際、店長さんは僕の父さんに救って貰った経緯があるという。
以来、店長さんは事あるごとに父さんには感謝しているからと、僕たち家族にまでとても良くしてくれている。
ヨウ
「――――」
そういう訳あって、最近こんな危ない事があって……と、僕と同世代の子どもがコンビニの上に登った事件や、何か起こる前にカメラを付けたことなど、店長さんから直接聞いていたのだった。
大人の女性
「え! そうなの!?」
目をまん丸にして、あからさまに焦りを見せ始める。
ヨウ
「どうします? 今から確認しに行きますか?」
大人の女性
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
手を前に出し、制止を求める女性。
大慌てで後ろを振り返ると、3人に小声で話し始める。
大人の女性
「良いわね、正直に話して。あなたたち、あの子の望遠鏡を壊したの……?」
いじめっ子
「「「…………」」」
今までの威勢はどこへ行ったのやら、3人は汗を垂れ流し、顔色を真っ青に変えながら揃いも揃って口を噤む。
大人の女性
「良いから答えて頂戴。壊したの? 壊してないの? ちなみに――」
女性は言葉を途切れさせると、無限にも感じられる間を取る。
大人の女性
「――――」
沈黙の間、いじめっ子たちは口を一文字に結び、プルプルと震える。
震えは恐怖からか、それとも絶対に口を割らない確固たる意志なのか、僕たちには分からない。
しかし、1つだけ分かるのは、大人の女性に沈黙は通用しないこと。
大人の女性
「――――」
その後、先の僕たちにぶつけてきた威圧よりも、数倍勝る圧力を3人に向けて放出した。
いじめっ子
「「「…………ッ!!!」」」
空き地の中には突風が突如として吹き荒れ、周囲を照らす街灯はチカチカ点滅。
夏のはずなのに、季節を冬の真夜中と錯覚するほど背中がゾワーっと悪寒が駆け抜けた。
大人の女性
「ウソを吐いたら……分かってるわね?」
それが決め手となり、3人は示し合わせたかのように、号泣。
いじめっ子
「ご、ごめんなさいー……」
「僕たちが壊しました……」
「でもぉ、わざとじゃないんですぅ……」
大人の女性
「何でもっと早く言わなかったの!!!!」
口を割った瞬間、3人の頭が地面にぶつかる勢いでバシバシバシと叩かれた。
ヨウ・スイ
「「――――」」
”かわいそう……”
僕たち2人は同情せざるを得なかった。
僕たちの気持ちは露知らず、女性は向きを直すと――
大人の女性
「ほ、本当に申し訳ないですわ!! 何と言ってお詫びしたら良いのか……。もちろん! 望遠鏡は私たちが責任を持って弁償させて貰います……!」
――大人の全力の謝罪。
女性は、今までの傲慢さは何だったのかと思うぐらい、丁寧に何度も何度も頭を下げ続けた。
余りの平身低頭さから、心の底から反省していることに誰も異論を挟めないだろう。
むしろ逆にこちらが申し訳なくなってしまうほどの謝罪っぷり。
ヨウ・スイ
「「……」」
この様子だと、近所でもっぱら有名な3人の悪戯と悪評の数々は、本当に女性の耳には届いていなかったのだろう。
周囲の人たちが気を遣ってか、皮肉を込めてか、評価が全くの正反対で届いていた可能性が高い。
女性もある意味、被害者ということだ。
大人の女性
「って、ほらもっと頭下げてちゃんと謝りなさい!!」
いじめっ子
「「「ごめ゙ん゙な゙ざい゙~」」」
謝罪という名の泣き叫ぶ声は、街灯に照らされている公園中に響き渡った。
ヨウ・スイ
「「――――」」
そんな声に、大人の男性がゆっくりと近付いてくる。
大人の男性
「何か声が聞こえてきたと思ったら、陽太、こんな所にいたのか? ……って、何か問題でもあったのか?」
ヨウ
「あ、父さん! うん、ちょっとだけ……ね。でももう大丈夫!」
父さん
「そっか、それなら良いんだ。陽太の帰りが遅いから母さんが心配していたよ」
白衣姿の父さんを見て、女性はわなわな恐れおののき、
大人の女性
「も、も、もももしかして日向さんのお宅ですよね……? このバカ達選りに選ってなんて事を……! 日向さん! 色々問題があったので少ししたらお家に伺わせていただきます……この度は誠に、すみませんでしたーッ!!」
わんわん泣いている3人を引きずって、台風の如くそのまま走り去っていった。
父さん
「なんだあの人達は……まあ良いか」
望遠鏡を巡る事情を知らない父さんからしたら、相当コミカルに見えたのだろう。
猛ダッシュする女性と3人を見て、頬を搔きながら軽く笑っていた。
にしても、白衣姿だけでどこの誰かバレてしまう父さんの有名さには、つくづく驚かされる。
と同時に、父さんのスゴさに僕も鼻が高い。
ヨウ
「――――」
そんな父さんには、どうしても言わなくてはならないことがあった。
ヨウ
「パパ、ごめんなさい……。その、望遠鏡……こ、壊しちゃった……」
途切れ途切れになってしまった言葉。
しかし、父さんは頷きながら優しく待ってくれた。
父さん
「わざとじゃないんだろう? それなら仕方ないよ。形あるモノはどんなに大切にしてても、いつか壊れてしまうからね」
ヨウ
「ごめんなさい……」
3人に望遠鏡を壊された時とは、また違う涙が出る。
怒りや辛さではなく、悲しみと心苦しさから。
父さん
「――――」
そんな僕に、父さんは大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でる。温かく笑いながら。
父さん
「思い出とか記憶までもが全部消えたわけじゃないんだ。壊しちゃった望遠鏡に感謝して、その気持ちを忘れなければ良いんだよ」
そして、頭を撫でた手で、僕の力無く垂れている手を引こうとした矢先、
父さん
「――――!」
僕のもう片方の手が、既に埋まっていることに気が付く。
辿るように視線を動かし、父さんはようやくスイちゃんに気が付いた。
父さん
「もしかして」
父さんは膝が汚れるのを厭わず、地面に立て膝でしゃがみこむ。
高身長である父さんは、威圧感をスイちゃんに与えないように、かつ目線を合わせるためだ。
父さん
「家の……日向家の向かいの、星川さん家の娘さんかい?」
スイちゃん
「はい、星川 彗星です。パパさんもぜひ、スイちゃんって呼んでください!」
ヨウ
「ええ! スイちゃん、向かいの星川さんだったの!?」
玄関先など出会ったら挨拶をするぐらいには、星川さんの家の人たちは知っている。
だが、挨拶をするや否やすぐにその場を立ち去ってしまう、内気な僕の悪い癖があった。
そのため、スイちゃんに気が付かなかったのだろう。
ヨウ
「――――」
たまたま出会った女の子が実は近所、というか目の前の家だったまさかの偶然に、僕は顎が外れるほど驚いていた。
そんな僕に頬を膨らませむくれるスイちゃん。
スイちゃん
「私ちゃんと挨拶してたんだからねー! 全く……ヨウくんったら」
パパ
「ヨウくん……? ああ、陽太の陽か!」
スイちゃん
「そうです! 私がヨウくんにあだ名を付けてあげました!」
スイちゃんは胸を張り、得意げな顔をする。
本当に彼女はコロコロと表情を変える。
喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しそうだったり。
パパ
「そうかそうか、仲良しは良いことだね。それじゃあ夜も遅いし、2人とも家に帰ろうか!」
ヨウ・スイ
「「うん!!」」
星が見送る帰り道の途中、スイちゃんはおもむろに僕に尋ねる。
スイ
「そう言えば、望遠鏡で何を見ようとしてたの?」
ヨウ
「それはね、アルタイルって星なんだけど……あ、あそこ!」
僕は夜空に立派に輝くアルタイルを指さす。
ヨウ
「アルタイルには飛ぶ鷲って意味があってね、空でずっと頑張って飛び続けてるのがカッコいいなーって……僕が一番好きで憧れてる星なんだ! スイちゃんは好きな星とかある?」
スイ
「私、あんまり星とか詳しくないから……だから、ヨウくんこれからいっーぱい教えて!」
ヨウ
「うん、分かった! じゃあ早速ベガはね――」
パパが後ろで微笑ましそうに見ている中、僕とスイちゃんは家に着くまで無我夢中で話し続けた。
通っている幼稚園のこと、さっきの悪戯3人組のこと。
その最中で、今通っている幼稚園は違うが、小学校では一緒になれると判明し、僕たちは飛び跳ねて喜んだ。
そして、明日遊ぼうね、と当然のように交わす約束。
その間はもちろん、手はずっと繋いだままだ。
後日、望遠鏡は弁償されるどころか、向こうの親たちが気が済まないから、と元々持っていた物よりももっと性能の良いモノを買ってくれた。
性能が良過ぎるおかげで気軽に持ち運べなくなったのは残念だが、それでも十分満足している。
買って貰った時の嬉しさ、父さんとの天の川、母さんとの星の雑談――それらの思い出を作ってくれた前の望遠鏡は形を失ったが、父さんが言うように、思い出自体が消えて無くなった訳ではない。
それに、新しい望遠鏡で新しい思い出をまた作っていけば良い。
スイ
「ヨウくん! 今日は何を見るの?」
ヨウ
「今日はね――」
そこには当然、スイちゃんも一緒だ。
余談だが、彼ら3人はこの事件を切っ掛けに悪戯から足を洗い、町のボランティアに精を出すようになったという。
人を悲しませることがどういうことなのか、身に沁みて実感したらしい。
そして今度は違う意味で近所で有名に。
その意味はもちろん、良い意味でだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ヨウ
「僕はスイちゃんみたいに魔法は使えないけど……絶対に笑顔にしてみせるから」
スイちゃんの手を握る力が、より一層強くなる。
僕は早く彼女の笑顔が見たいと、歩みを早める。
「え? もう一度言って貰えるかしら?」
いじめっ子
「「「――――!」」」
4人の目線が一斉に集まる。
一人ひとりが、ただでさえ友好的とは呼べないマイナスの関係値。
全員分ともなればおぞましさを覚えるほど、恐怖を煽る。
僕は視線の圧で思わず、一歩後ろへと下がってしまう。
ヨウ
「――――ッ!」
今にも世界の反対側に逃げてしまいたい衝動に駆られる。
空にいるオリオン座が、登ってくるサソリ座から逃げるかのように。
だが、僕だけ尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
僕が逃げたら、独りで戦っていたスイちゃんの、勇気も、努力も、感情も、全てが無駄になる。
――それにスイちゃんは僕に、太陽のヨウくんとあだ名を付けてくれた。
震える手で彼女の手をギュッと握り直す。
スイ
「――――」
強く握った手を握り返してくれたスイちゃん。
手を伝う温もりは僕に勇気をくれる。
まるで超新星爆発でも起こしたかのように、今まで生きてきた中で一番の大きな声を空き地に響かせる。
ヨウ
「証拠なら……あります!!」
慣れない大声は、震えていただろう。裏返ってもいただろう。
威圧や畏怖とは無縁の叫ぶ声。
しかし、間違いなく僕の中で一番の輝きを放った。
効果があった証拠に女性は狼狽えを隠せずにいる。
大人の女性
「へ、へぇー……そこまで言うなら出してみなさいよ。今すぐ!」
イライラと心配は焦る表情から滲み出ていた。
対照的に、爆発の反動か僕は冷静さを宿す。
ヨウ
「今すぐには無理ですけど……」
今すぐは無茶な話だ。
何せ、望遠鏡は空き地に置きっ放しだし、壊した瞬間の目撃者がいたとしても空き地まで一緒に来ているわけでもない。
そもそも今すぐ出せるなら、とっくに出しているはず。
大人の女性
「あなた、もしかしてこの私にウソを吐いたの!? 私ウソが世界でいっちばん大嫌いなのよ!」
ヒステリックに叫ぶ女性に対して、僕はゆっくり首を振る。
ヨウ
「あの空き地の裏にはコンビニがありますよね?」
予想外の質問だったのだろう、女性は息を切らしながら答える。
大人の女性
「あ、あるけど! それが何か?」
ヨウ
「そのコンビニの裏に向けられた監視カメラに、僕の望遠鏡が壊された一部始終が載っているはずです」
だが、今すぐには出せなくとも、証拠なら確かに存在する。
今まで恐怖の余り忘れてしまっていた、監視カメラの中に。
ヨウ
「――――」
カメラは、空き地の塀からコンビニの上によじ登る3人組の子どもがいたため、防犯と安全の面を考慮して最近取り付けられた。
設置されたのを知っているのは、極々一部の人間。
店長や店員はもちろん、あとはその人たちに本当に近しい人のみ。
飽くまでも防犯と安全のためであり、隠しカメラではないので、関係者以外には秘密にしているという訳ではない。
だが、おいそれと他人にペラペラ話す内容ではないため、ある程度は近しくないと聞けないわけだ。
大人の女性
「だ、だとしても! 監視カメラの映像なんて、プライバシーの問題で一般人が見せて貰えるものじゃないでしょ?」
ヨウ
「確かに普通の人なら見せて貰えないかもしれません……」
大人の女性
「ならやっぱり証拠としては不十分! お話にならないわ!」
再びふんぞり返る女性。
勝ちを確信している顔で腕を組む。
しかし、僕が何故あのコンビニにカメラが設置されていることを知っているのか、それは――
ヨウ
「でも、あそこの店長さん……僕のお父さんに、昔お世話になったとか何とかで知り合いなんですよ。もしかしたら、僕のお父さんが頼めば何とかしてくれるかもしれませんね」
家の近所なだけあって、あそこのコンビニは家族みんなが利用する行きつけの店になっていた。
故に、家族全員、コンビニの店長さんとは挨拶をする程度に見知っていた仲。
そんな時、父さんの仕事上でたまたま店長さんと接点があったらしく、その際、店長さんは僕の父さんに救って貰った経緯があるという。
以来、店長さんは事あるごとに父さんには感謝しているからと、僕たち家族にまでとても良くしてくれている。
ヨウ
「――――」
そういう訳あって、最近こんな危ない事があって……と、僕と同世代の子どもがコンビニの上に登った事件や、何か起こる前にカメラを付けたことなど、店長さんから直接聞いていたのだった。
大人の女性
「え! そうなの!?」
目をまん丸にして、あからさまに焦りを見せ始める。
ヨウ
「どうします? 今から確認しに行きますか?」
大人の女性
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
手を前に出し、制止を求める女性。
大慌てで後ろを振り返ると、3人に小声で話し始める。
大人の女性
「良いわね、正直に話して。あなたたち、あの子の望遠鏡を壊したの……?」
いじめっ子
「「「…………」」」
今までの威勢はどこへ行ったのやら、3人は汗を垂れ流し、顔色を真っ青に変えながら揃いも揃って口を噤む。
大人の女性
「良いから答えて頂戴。壊したの? 壊してないの? ちなみに――」
女性は言葉を途切れさせると、無限にも感じられる間を取る。
大人の女性
「――――」
沈黙の間、いじめっ子たちは口を一文字に結び、プルプルと震える。
震えは恐怖からか、それとも絶対に口を割らない確固たる意志なのか、僕たちには分からない。
しかし、1つだけ分かるのは、大人の女性に沈黙は通用しないこと。
大人の女性
「――――」
その後、先の僕たちにぶつけてきた威圧よりも、数倍勝る圧力を3人に向けて放出した。
いじめっ子
「「「…………ッ!!!」」」
空き地の中には突風が突如として吹き荒れ、周囲を照らす街灯はチカチカ点滅。
夏のはずなのに、季節を冬の真夜中と錯覚するほど背中がゾワーっと悪寒が駆け抜けた。
大人の女性
「ウソを吐いたら……分かってるわね?」
それが決め手となり、3人は示し合わせたかのように、号泣。
いじめっ子
「ご、ごめんなさいー……」
「僕たちが壊しました……」
「でもぉ、わざとじゃないんですぅ……」
大人の女性
「何でもっと早く言わなかったの!!!!」
口を割った瞬間、3人の頭が地面にぶつかる勢いでバシバシバシと叩かれた。
ヨウ・スイ
「「――――」」
”かわいそう……”
僕たち2人は同情せざるを得なかった。
僕たちの気持ちは露知らず、女性は向きを直すと――
大人の女性
「ほ、本当に申し訳ないですわ!! 何と言ってお詫びしたら良いのか……。もちろん! 望遠鏡は私たちが責任を持って弁償させて貰います……!」
――大人の全力の謝罪。
女性は、今までの傲慢さは何だったのかと思うぐらい、丁寧に何度も何度も頭を下げ続けた。
余りの平身低頭さから、心の底から反省していることに誰も異論を挟めないだろう。
むしろ逆にこちらが申し訳なくなってしまうほどの謝罪っぷり。
ヨウ・スイ
「「……」」
この様子だと、近所でもっぱら有名な3人の悪戯と悪評の数々は、本当に女性の耳には届いていなかったのだろう。
周囲の人たちが気を遣ってか、皮肉を込めてか、評価が全くの正反対で届いていた可能性が高い。
女性もある意味、被害者ということだ。
大人の女性
「って、ほらもっと頭下げてちゃんと謝りなさい!!」
いじめっ子
「「「ごめ゙ん゙な゙ざい゙~」」」
謝罪という名の泣き叫ぶ声は、街灯に照らされている公園中に響き渡った。
ヨウ・スイ
「「――――」」
そんな声に、大人の男性がゆっくりと近付いてくる。
大人の男性
「何か声が聞こえてきたと思ったら、陽太、こんな所にいたのか? ……って、何か問題でもあったのか?」
ヨウ
「あ、父さん! うん、ちょっとだけ……ね。でももう大丈夫!」
父さん
「そっか、それなら良いんだ。陽太の帰りが遅いから母さんが心配していたよ」
白衣姿の父さんを見て、女性はわなわな恐れおののき、
大人の女性
「も、も、もももしかして日向さんのお宅ですよね……? このバカ達選りに選ってなんて事を……! 日向さん! 色々問題があったので少ししたらお家に伺わせていただきます……この度は誠に、すみませんでしたーッ!!」
わんわん泣いている3人を引きずって、台風の如くそのまま走り去っていった。
父さん
「なんだあの人達は……まあ良いか」
望遠鏡を巡る事情を知らない父さんからしたら、相当コミカルに見えたのだろう。
猛ダッシュする女性と3人を見て、頬を搔きながら軽く笑っていた。
にしても、白衣姿だけでどこの誰かバレてしまう父さんの有名さには、つくづく驚かされる。
と同時に、父さんのスゴさに僕も鼻が高い。
ヨウ
「――――」
そんな父さんには、どうしても言わなくてはならないことがあった。
ヨウ
「パパ、ごめんなさい……。その、望遠鏡……こ、壊しちゃった……」
途切れ途切れになってしまった言葉。
しかし、父さんは頷きながら優しく待ってくれた。
父さん
「わざとじゃないんだろう? それなら仕方ないよ。形あるモノはどんなに大切にしてても、いつか壊れてしまうからね」
ヨウ
「ごめんなさい……」
3人に望遠鏡を壊された時とは、また違う涙が出る。
怒りや辛さではなく、悲しみと心苦しさから。
父さん
「――――」
そんな僕に、父さんは大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でる。温かく笑いながら。
父さん
「思い出とか記憶までもが全部消えたわけじゃないんだ。壊しちゃった望遠鏡に感謝して、その気持ちを忘れなければ良いんだよ」
そして、頭を撫でた手で、僕の力無く垂れている手を引こうとした矢先、
父さん
「――――!」
僕のもう片方の手が、既に埋まっていることに気が付く。
辿るように視線を動かし、父さんはようやくスイちゃんに気が付いた。
父さん
「もしかして」
父さんは膝が汚れるのを厭わず、地面に立て膝でしゃがみこむ。
高身長である父さんは、威圧感をスイちゃんに与えないように、かつ目線を合わせるためだ。
父さん
「家の……日向家の向かいの、星川さん家の娘さんかい?」
スイちゃん
「はい、星川 彗星です。パパさんもぜひ、スイちゃんって呼んでください!」
ヨウ
「ええ! スイちゃん、向かいの星川さんだったの!?」
玄関先など出会ったら挨拶をするぐらいには、星川さんの家の人たちは知っている。
だが、挨拶をするや否やすぐにその場を立ち去ってしまう、内気な僕の悪い癖があった。
そのため、スイちゃんに気が付かなかったのだろう。
ヨウ
「――――」
たまたま出会った女の子が実は近所、というか目の前の家だったまさかの偶然に、僕は顎が外れるほど驚いていた。
そんな僕に頬を膨らませむくれるスイちゃん。
スイちゃん
「私ちゃんと挨拶してたんだからねー! 全く……ヨウくんったら」
パパ
「ヨウくん……? ああ、陽太の陽か!」
スイちゃん
「そうです! 私がヨウくんにあだ名を付けてあげました!」
スイちゃんは胸を張り、得意げな顔をする。
本当に彼女はコロコロと表情を変える。
喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しそうだったり。
パパ
「そうかそうか、仲良しは良いことだね。それじゃあ夜も遅いし、2人とも家に帰ろうか!」
ヨウ・スイ
「「うん!!」」
星が見送る帰り道の途中、スイちゃんはおもむろに僕に尋ねる。
スイ
「そう言えば、望遠鏡で何を見ようとしてたの?」
ヨウ
「それはね、アルタイルって星なんだけど……あ、あそこ!」
僕は夜空に立派に輝くアルタイルを指さす。
ヨウ
「アルタイルには飛ぶ鷲って意味があってね、空でずっと頑張って飛び続けてるのがカッコいいなーって……僕が一番好きで憧れてる星なんだ! スイちゃんは好きな星とかある?」
スイ
「私、あんまり星とか詳しくないから……だから、ヨウくんこれからいっーぱい教えて!」
ヨウ
「うん、分かった! じゃあ早速ベガはね――」
パパが後ろで微笑ましそうに見ている中、僕とスイちゃんは家に着くまで無我夢中で話し続けた。
通っている幼稚園のこと、さっきの悪戯3人組のこと。
その最中で、今通っている幼稚園は違うが、小学校では一緒になれると判明し、僕たちは飛び跳ねて喜んだ。
そして、明日遊ぼうね、と当然のように交わす約束。
その間はもちろん、手はずっと繋いだままだ。
後日、望遠鏡は弁償されるどころか、向こうの親たちが気が済まないから、と元々持っていた物よりももっと性能の良いモノを買ってくれた。
性能が良過ぎるおかげで気軽に持ち運べなくなったのは残念だが、それでも十分満足している。
買って貰った時の嬉しさ、父さんとの天の川、母さんとの星の雑談――それらの思い出を作ってくれた前の望遠鏡は形を失ったが、父さんが言うように、思い出自体が消えて無くなった訳ではない。
それに、新しい望遠鏡で新しい思い出をまた作っていけば良い。
スイ
「ヨウくん! 今日は何を見るの?」
ヨウ
「今日はね――」
そこには当然、スイちゃんも一緒だ。
余談だが、彼ら3人はこの事件を切っ掛けに悪戯から足を洗い、町のボランティアに精を出すようになったという。
人を悲しませることがどういうことなのか、身に沁みて実感したらしい。
そして今度は違う意味で近所で有名に。
その意味はもちろん、良い意味でだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ヨウ
「僕はスイちゃんみたいに魔法は使えないけど……絶対に笑顔にしてみせるから」
スイちゃんの手を握る力が、より一層強くなる。
僕は早く彼女の笑顔が見たいと、歩みを早める。
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