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第25話 せっかくだからBルートを選んでみる。

Chapter-45

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 アルヴィン達が皇宮に入ってから、ちょうど丸1日後。

 皇宮正門の扉が、重々しい音を立てて開かれた。

 奥から近衛兵が一列横隊を作って出てくるが、堀に対する橋となった城門扉の先端まで来ると、その場で立ち止まり、剣を正面で、下に向けて突くようにして押さえる。

「!?」

 民衆は何事が始まるのかと、先程までの喧騒が静まり返り、固唾を飲んで見守っている。

 すると、兵士の並んだ横隊の中央をかき分けるようにして、宰相サッチュス侯爵が前面に出てきた。
 その手に、書簡を持っている。

「只今より! 皇帝陛下よりの全ての帝国臣民に対し皇帝陛下よりの勅語を読み上げる」

 サッチュス候は、年の割にはよく通る声で、民衆に向かって声を上げた。

「総員、心して聞かれい」

 民衆の皇帝に対する感情が、もっと悪化していたら、ここで騒動になってしまったかも知れないが、ひとまずその事態は避けられようだった。

「帝国臣民諸氏に皇帝の意思を告げると同時に、国主として願い給う。現状帝国、特に帝都にあっては帝国開闢以来の危機的状況であることを認めざるを得ず。現状の維持は甚だ困難成りて、民を庇護する国主の責あれば、皇帝は帝国再編の大勅令を出すことを決意す────」


 ──※─※─※──

「国の有り様を変えます」

 具体的にどのようにすれば良い、と訊いてきた陛下に対し、俺は答える。

 本来なら、俺が考えてきた案だけではなく、他の有力な地方領主や重鎮などの意見も交えて、じっくりと議論してから事に移すべきだろう。
 だがそれをやっている時間がない。城の近衛兵と民衆が揉み合いになったのは事実なんだ。一触即発、流暢に招集をかけている暇はもうなかった。

「今までは、1つの国家といいながら、実際には地方領主が独自に領地を治めていました。それを改め、基本的に帝国中央が法を定め、税を集め、それを配分する権限を専有するんです」

 俺はそう言って、エミや姉弟子には一度説明した中央集権化の方法を説いた。

「そして、帝国中央では陛下の下に内閣を設けます。この内閣によって、政治──特に行政は行っていくことになります」
「それは、これまでの体制とは、どう違うのか?」

 俺の言葉に、陛下が訊き返してきた。
 その表情は……先程までの曇っていたものとは一変、好奇心旺盛そうなものになっている。
 いいぞ…………

「終身制ではなくなります。できれば一定の任期を区切って選定するほうが良いですね。それから、貴族の特権とすることを排除します。平民でも有能な者は登用します」

「ふむ、それは良いですな」

 俺のこの言葉に反応したのは、サッチュス侯だった。

「家柄だけで能力に欠けた者をひとつの役職に就かせ続けたのでは、国は疲弊いたします。より優秀な者を登用していくということは重要でありましょう」

「だが」

 反論するような言葉を上げたのは、マンスフィールド子爵。財務卿だ。フルネームまでは……覚えてないな。

「今アルヴィン・バックエショフ卿は平民からも内閣に登用すると言われた。すると、我ら貴族の立場は、いったいどうなるというのですかな?」
「貴族は、領主も法衣貴族も、名実ともに皇帝の名代として、帝国臣民に対する奉仕者の立場になるのです。本来あるべき立場に戻るのです」

「奉仕者、ですと、貴族が、ですか?」
ノブレス・オブリージュ高貴なる者の義務。貴族に与えられた特権は民衆の安寧と幸福の追求についてのみその行使を許される! それを逸脱した結果が今のザマだというのが理解できませんか!!」

 俺は少し強い調子で言ってやった。
 密室政治が民衆に不満を抱かせているのは事実だろうしな。

「し、しかし、内閣というものが期限付きの任官制ということになると、今いる法衣貴族は……」
「爵位を返上せよとはいいません。しかし、称号のようなものだと思っていただきたい。報酬はあくまで帝国と臣民に対する貢献によって定められる」

 マンスフィールド子爵に対し、俺はきっぱりと言った。

「まぁ、当代に限っては、最低限の年金は保証してもいいかも知れませんが。少なくとも今までのように、最低限のことをこなして莫大な俸給が入ってくるとは思わないでいただきたい」

 これで新規の通貨発行を抑え、さらに蓄財している法衣貴族の財を市場に放出させれば、少し時間はかかるかも知れないが、経済はデフレに倒れるはずだ。

「そ、それでは、如何なる役職にも就けなかった法衣貴族には、死ねと言われるのか!」

「今すぐ生きるのに困るような、法衣貴族がいるのですか! 使用人も何人も抱え、帝都に豪華な邸宅を持ち、財の収集に余念のない……それだけが能の貴族に支配された国では民意はついてこない!」

 ふざけたことを言ってきたので、怒鳴り気味の口調で即座に言い返してやった。

「黙れ、新参の領主如きに何が解るか!」
「貴族の家は代々帝国に貢献した者の証だぞ、それを愚弄するのか!」

 案の定、他の貴族連中が口々に文句を言い始めやがった。
 だが、

「静まれい!」

 と、その場を一喝して鎮めたのは、サッチュス侯だった。

「帝国貴族なればこそ、陛下の御意向を汲むべきであろう!!」

 サッチュス侯も、どちらかと言うと既得権益にしがみつこうとする他の貴族達に苛立ちを感じているようだった。

「陛下、どうか、御裁可を」
「うむ」

 サッチュス候の言葉に促され、陛下が言う。

「委細まだ定めねばならぬと思うが、大筋は理解した」

 陛下はそう良い、目元を険しくして、言う。

「帝国再編の大勅令である」

 陛下の言葉に、俺と、事前に聞かされていた姉弟子とセニールダー主席宣教師以外の、爵位持ち達が、目を円くして驚き、どよめく。

「お、お待ち下さい陛下! 事を急に動かさずとも解決法は模索できます」
「それを民に説いて聞かせる自信があると言うならば、よい、そなた自身が直ちに皇宮の前に出て民を説得してまいれ!」

 俺達が駆けつけた時の弱々しさはどこへやら、陛下は強い調子で、反論した……えーと、ラスキン法務卿だっけか。彼に言い返した。
 ラスキン卿は更に言い返すことはできず、視線を伏してしまう。

「余は確信した。帝国再編なくして民の怒りは鎮まらぬ。これはすべて規定事項とする!」

「アルヴィン・バックエショフ卿!」

 ありゃ、矛先が俺に向いてきやがった。
 まぁ、予想はしてたが。

「貴殿、新参の領主の分際で、陛下の信頼厚いことを良いことに、陛下を誑かすか!」
「散々余を誑かしてきたのは貴殿達であろう! 身を弁えよ!」

 俺が言い返すより早く、陛下が声を荒げていた。

「その結果が民の怒りである。かかる事態を招いた貴殿らに、アルヴィン・バックエショフ子爵を罵る資格はないと知れ!」

 あの陛下とは思えないほど、苛烈な物言いで、官吏である法衣貴族達を叱咤する。
 温和な人間ほど怒らせちゃいけないっていい例だな、これ。


 ──※─※─※──

 『帝国再編の大勅令』。その発布に、皇宮の前に集まってきていた民衆も沈黙する。

 その内容は、帝国をこれまで密室政治で牛耳ってきた貴族の力を大きく制限し、同時に役に関わらず国が保証してきた多額の俸給のほとんどをなくすという内容だった。

 そして、勅令文に続き、3ヶ条からなる、皇帝から民衆への誓文が書かれていた。

「一つ、皇帝は国主として民1人に至るまでその安寧に責任を持つ」

「一つ、帝国内におけるあらゆる特権はすべて帝国臣民の安寧の為に存在することを確認する」

「一つ、身分に関わらず上下心をひとつにして帝国のさらなる発展に尽くされよ、皇帝は国主としてその先頭に立つ」


 サッチュス侯爵がそれらをすべて読み上げた後も、民衆は半ば自失した様子で、しばし沈黙が支配した。
 続いて、ざわり……とどよめきが起こり始める。

 もともと、皇帝のこれまでの政策もあり、皇帝に直接、憤懣を持っている者は少なかった。
 民衆が不満を持っていたのは、食うに苦労している自分達の傍で、贅を尽くしている貴族達に対してだった。

 どよめく群衆の中で、誰かが声を上げた。

「皇帝陛下万歳!」

 それはあちこちから上がり始める。

「皇帝陛下万歳!」
「アドラーシールム帝国万歳!」

 シュプレヒコールとなった群衆の声が、皇宮前広場に高らかに響いた。
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