電波人形

穂乃里梨璃夢

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平穏を壊す訪れ⑷

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 その後、爵位とシュウェーヴ家の屋敷を剥奪され、エレクトリアから追放されたライトは紙に書かれた住所にあったこの家で生活を始めた。
 マイクロカードの方にも何かあると思いあらゆるデバイスを用いたが、データを見ることができなかった。

(この建物かマイクロカードが電波人形への手がかり……)

 ライトは暫し考える。

(この家と店は、俺が路頭に迷わないように渡してくれたものだと思っていたけど、フリーフランはシュウェーヴ家にとって何の関わりもない土地だ。なのに、なんでこの場所に俺を住まわせた? それに、このマイクロカードは? データを読み込めるデバイスがないし、発明の許可がない俺にはこれを用いて何かを作ることもできない……。「力」「一人にしないため」……。じいちゃんは何のためにこれを……?)

「心当たりがあるんだな?」

 下を向き、言葉を発しないライトの様子を肯定と捉えたクルティカがライトを見据える。
 そんなクルティカの視線に気がついたライトは考えるのを止め、顔を上げる。
 最後に会った祖父の言動に何かしらの引っ掛かるものがあるが確信がないため、何とかしてこの場を切り抜けることに集中する。
 ライトはクルティカにここで諦めてもらえるように賭けに出た。

「確かに、じいちゃんから小瓶を受け取った。中に入っていたのはここの住所が書かれた紙。営業許可をもらう際に【ネティア】の視察を受けたから、ここの建物に手がかりがないことはそちらもわかっているはずだ」

 ライトはクルティカにマイクロカードのことは伏せつつ、事実の半分を伝える。

「はぁ……。仕方がない。9体だ」

「えっ?」

「アルドア・ディ・グレイシアとライン・シュウェーヴが遺した電波人形は9体いる。その内、8体の電波人形が既に起動しており、我々は3体の電波人形を保持している。しかし、その他5体の電波人形は一般人の手に渡っている」

「……なんでそれを俺に言うんだ」

「仮に貴様が何らかの手がかりに気がつき電波人形の所有者となった場合、【ネティア】は貴様を敵とみなし電波人形を奪うために排除する。そうなる前に、手がかりを渡せ」

 さすがは尋問部隊の隊長というところだろうか、クルティカはライトが何かに気がつきつつある事を察した。

(脅し、か……。店に来た時は下手に出ていたのに、俺の言動を見て「手がかりあり」と判断したんだな)

 ライトはクルティカが自身との話し合いを放棄したことを悟った。

 ——祖父から渡されたものは電波人形に関するものかもしれない、でも確信ではない……。

 ライトのこの疑惑はクルティカにとってはどうでもいいことなのだろう。

 ——可能性があるのなら手がかりを奪ってこい、できるだけ穏便に。

 これが、【ネティア】の……ロド・ケヴィンからの指示だったのなら、ライトは最初からクルティカの話術に踊らされていたということ。

(表情に出しすぎた)

 ライトは自身の詰めの甘さを後悔した。
 諦めて全てを渡そうかと考えた瞬間、ライトはある疑問を抱いた。

「……【ネティア】は何のために電波人形を手に入れたいんだ? 『奪う』と言うことは単に処分するためじゃないってことだろ?」

 クルティカがぴくりと反応する。

(やはり、頭の回転が速いな)

 ライトの育ちや発明家としての技量を考えると不思議なことではないとクルティカは思った。

(家門の栄光で威張り散らしていただけの貴族とは違い、技術で国を支え爵位を得た職工貴族の3世ということだけはある。だが、聡明さは時に自身を危険に晒す。ライト・シュウェーヴという青年はそのことをまだ理解していないのだろう。思ったことが言動に出やすい)

 クルティカはライトの青臭さを嘲笑う。

「理由は言えない。国家機密だ。貴様は何の詮索もせずに我々に手がかりを渡せばいい。命が惜しければな」

 クルティカが勝ち誇った表情をする。
 ここまで言えばライトが小瓶を渡すと思ったのだ。
 しかし、ライトはクルティカの予想と違う行動に出た。

「貴方は俺が電波人形を所有した場合、排除すると言った。それは、すでに所有してる人たちは貴方たちに殺されるということだろ。おそらく、電波人形を使って!」

 電波人形の本来の用途、【ネティア】の目的、それを達成するための手段。
 ライトは【ネティア】のこれからの行動を予測して、そう結論付けた。

「……我々の目的を遂行するためには多少の犠牲は必要だ」

 クルティカの言葉にライトは反抗した。

「だったら、俺は……おまえたちに電波人形を渡さない! 人の命を奪わせない!」

 ライトの言葉を聞いたクルティカの目の色が変わる。

「貴様が、それを言うのか……?」

 拳を握り締め、身体が小刻みに震えている。
 危険を察知したライトは背後にあるドアノブを回し、作業場へ逃げる。
 そして、鍵をかけようとした瞬間、接客スペースと作業場を隔てるドアが破壊され、ライトは吹き飛ばされた。
 作業場を舞う埃が収まりドアがあったところを見ると、クルティカがゆっくりと足を下げている。
 ライトはあまりの衝撃に固唾を飲んだ。
 そんなライトをクルティカが睨む。

「俺は、抵抗しない限り危害を加えないと言ったが……貴様を生かしたいとは言っていない」

 殺気を放ちながらゆっくりと近づいてくるクルティカにライトは恐怖するもその場から動くことができない。
 クルティカは力無く座り込んでいるライトの胸ぐらを掴み、持ち上げると作業台に叩きつけた。

「っぐ」

 ライトは作業台に押し付けられ苦しそうな声を出す。

「先の戦争で我々の敵が皇帝だったため、その血を引く者は皆殺しにした。しかし、貴様が生かされていることに、俺は納得していない。貴様は俺の祖国を滅亡したライン・シュウェーヴの孫なのだからな!!」

 怒りと苦しみが籠った目をしたクルティカは今にも殴りかかりそうな勢いである。
 ライトは歯を食いしばり、グッと目を閉じたが、痛みを感じることがなかった。
 恐る恐る目を開けると、クルティカの悔しそうな表情が見えた。

「ロドがあいつとあんな取引をしていなかったら……俺は、今すぐお前を手にかけることができるのに……!」

(あいつ……?)

 クルティカから聞かされた第三者の存在。
 天涯孤独の身の上であるライトをロド・ケヴィンと取引してまで生かそうとする人物とは誰なのか、ライトは気になった。
 しかし、ライトはクルティカにその人物について聞くことができなかった。
 クルティカがライトの胸ぐらを掴む手に力を込めたのだ。
 その瞬間、チャリっとチェーンが動く音がした。
 ライトの襟元からチェーンが覗き、クルティカが手を伸ばす。
 ライトはクルティカの手を掴み抵抗するも、胸ぐらを掴んでいた彼の手が首にかけられ離してしまう。
 クルティカは呻くライトに気を留めず、チェーンを引っ張る。
 すると、ライトがネックレスにして隠し持っていた小瓶が姿を見せた。

「これは……!」

 クルティカの目が光った。
 小瓶を握り、チェーンを引きちぎろうとする。

「や、めろ……!」

 ライトは苦し紛れに抵抗するもクルティカに通用しない。

(取られる……)

 ライトが諦めかけた瞬間、天井が開いてアームが出てきた。
 ハウス搭載型A Iであるウェビットの腕だ。普段は重量があるものを運ぶときに使っているそれが、クルティカを吹き飛ばした。
 ライトの身体が解放される。ライトは壁際に移動し、クルティカと距離をとる。

 〈ライトサマ オニゲクダサイ〉

 ウェビットの声が響いたと同時に、背面からゴォォという音が聞こえた。
 振りむくと背面にある壁が開き、地下に続く階段があった。
 隠し扉の存在を知らなかったライトは一瞬驚いたものの、意を決して駆け降りた。

「……待てっ!」

 クルティカがウェビットのアームを退けようと足掻く。
 しかし、隠し扉はライトが通った後、すぐに閉じた。
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