【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少

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第30話 こころの悲鳴

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「はい。精一杯頑張らせていただきます」

 ソフィアの返事に満足したのか、あるいは心境まで見透かしているのか。
 女王は穏やかな笑みでソフィアを見つめて頷いた。それから紅茶に口をつける。ソフィアもそれに倣って出されたものに口をつける。本来ならば口を湿らせる程度に留めるべきだが、緊張のせいか喉がからからだった。

「ここからは少し嫌な話題になるのだけれど」
「はい」

 嫌な、と言われれば聞きたい訳でもないが、スカーレットに切り出されたものを「聞きたくない」と断るのも難しい。

「あなたのお父様が、昨日の夕方に貴族院を訪れました」

 貴族ならば誰もがお世話になる戸籍の管理をするための組織だ。といってもほとんどが冠婚葬祭の時に手続きをする程度だし、当主でなければ自ら赴くことはほとんどないのだが。

「どうやらあなたの籍を抹消する予定のようです」
「……そうですか」
「怒らないの?」
「妹にとってはその方が良いという判断でしょう。私も今後、実家に関わるつもりはありませんでしたので、特に問題はありません」

 強がりでもなんでもなく、問題はなかった。
 元々、家出をした後は市井に紛れて暮らす予定だったのだ。使う予定のない家名に頼るつもりのない実家。縁を切られたと言われてもそうですか、としか言いようがない。

 はずだったが。

(……そう。やっぱりお父様は、そうなさったのね)

 ソフィアの胸には失望が広がっていた。
 父がソフィアよりもメアリを優先する。
 それはメアリが生まれてから何度も繰り返されてきて、慣れ切っているはずだった。しかし、どうしても胸が締め付けられるような寂寥感が抜けない。ぎゅっと口を引き結び、何とか堪えるソフィアを見て、女王の眉がさがった。

「……ごめんなさい。伝え方をもう少し考えておくべきだったわ」
「いえ。謝らないでください。伝えて下さってありがとうございました」

 ソフィアが礼を告げるとほぼ同時、庭園入口の扉が乱暴に開かれた。

「ソフィアッ!」

 現れたのは騎士団の官服に身を包んだエルネストだ。ぎょっとする護衛の騎士や使用人を置き去りに、エルネストはソフィアの元に駆け寄った。
 辛そうな表情を見るなり、座っていたソフィアを抱き上げてそのまま自らに引き寄せる。

「義母上、どういうことですか!」
「どう、とは?」
「ソフィアを王城に呼びつけるなんて聞いていません! ましてや当日にいきなりだなんて!」

 烈火の如き怒りを見せたエルだが、すぐに胸元にいるソフィアへと視線を向ける。悲し気な表情を浮かべるソフィアを見て、安心させるように優しく抱きしめた。

「大丈夫? 何を言われたんだい?」
「まって、エルネストさま。違うんです」
「隠さなくても良い。我慢しなくても良い。何を悲しんでいるか、教えてくれ」

 幼子をあやすような優しい声。俯こうとするソフィアの額に自らの額を合わせ、覗き込むように視線を合わせた。

「ちがうんです、エルネストさま」

 声を振り絞ろうとする度に、エルネストの視線に理性を蕩かされてしまう。
 女王の前だから。
 いつも通りのことだからと我慢していた感情が抑えきれなくなる。

 ぽろりと、一筋の涙が頬を伝った。

「義母上……後で話は聞かせてもらいますからね」
「まって、ほんと、に、ホントに違うんです!」

 スカーレットを睨みつけるエルネストを制止しようと声を出すが、そのままソフィアは涙を止められなくなってしまった。次から次へと涙が溢れ、零れ落ちていく。

「私っ、捨てられちゃったんです! お父様に……!」
「……どういうことだ?」
「いっつもメアリばっかりで! ずっと! ずっとずっと我慢してたのに! お姉ちゃんだからって! それが当たり前だって言われて!」

 女王陛下は悪くない、と伝えたいのにたがが外れた感情はまとまった言葉にならない。
 断片的な想いだけがソフィアの口から溢れていく。

「褒めてほしかったのに! 私を見て欲しかったのに! 一生懸命頑張ったのに! ずっと我慢してたのに! 誰も私のことなんて見てくれなかった!」

 とめどなく溢れる涙に頬を濡らしながら、ソフィアは感情を爆発させた。
 自分でも何を言っているか分からないほどだったが、言葉を止めることもできなかった。エルネストにしがみ付きながら感情を吐き出せば、彼は女王そっくりの優しい瞳でそれを受け止めてくれた。

「大丈夫だよ。俺がソフィアを見てる。ソフィアだけを見てるから」
「嘘です! 誰だってメアリが良いに決まってます! エルネスト様だって私で練習したら、きっと素敵な人のところにいっちゃうんです! 私はメアリにみたいに可愛くないもの!」

 エルネストから逃れようとソフィアが身をよじるが、がっしりとつかまれて動くことができなかった。
 振り乱した髪を撫で、そのままきつく抱きしめる。

「どこにもいかない」
「……ほんとに?」
「君を離したりしない」
「……ずっと?」
「嫌がったって離してやるもんか」

 腕の中にいるソフィアが大人しくなったのを確かめ、エルネストは少しだけ力を緩めた。

「ソフィア。俺は君のことを――」

 大切な想いを伝えようとと決心し、再びソフィアに視線を合わせようと覗き込む。

「………………………………すぅ」

 ソフィアは眠っていた。
 湯あみの時に使われた香油の匂いに紛れて、仄かにエルネストの鼻腔に洋酒の香りが届く。

「義母上……もしかしてお酒、飲ませましたか?」
「緊張をほぐしてあげようと思って、少ーしだけ紅茶に入れさせたのよ……すごく弱いみたいねぇ」

 悪びれもせずに笑う女王に険しい視線を向けるエルネスト。先ほどのような怒りに満ちた視線ではない。どちらかと言えば呆れを含んだものだ。

「とりあえず、今日は連れて帰ろうと思います。次にソフィアを呼びつけるときは、俺にも知らせていただきたい。同席します」
「ええ、そのつもりよ。義娘とは良い関係築きたいからね」

 スカーレットはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「ソフィアちゃん自身にも伝えたけれど、満点花丸で合格よ。――エルもずいぶんとご執心みたいだしね?」

 からかうような態度にやや憮然とするが、エルネストははっきりと断言した。

「ええ。俺の唯一にして最愛です」
「それは本人に言ってやりなさい。『練習相手』なんてあんまりすぎるわ」
「……はい。精進します」

 今さっき女王が入れたお酒のせいでタイミングを逃したのだが、それはカウントしないらしい。

「真面目でまっすぐな良い子。――私も、義娘のために少しだけ動くとしますか」
「何をなさるので?」

 訊ねたエルネストに、スカーレットはひらひらと手を振って微笑むだけだった。
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