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第34話 パーティーの始まり
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デビュタントパーティー当日。
多くの令嬢や令息が大人の仲間入りをするために王城へと足を踏み入れた。入場は爵位が低い者から順番なので、ソフィアとエルネストの入場はほぼ最後である。
夜虹絹のドレスを身にまとったソフィアに、白を基調とした騎士用の儀礼服を着たエルネスト。二人の入場に、会場が思わずどよめいた。
騎士用の儀礼服はかっちりとした詰襟で、抜き身の刃物のようなエルネストの鋭さに気品を与えていた。優美な鞘がついた刃物は、凶器ではなく芸術品と言っても差し支えない。
その横にいるソフィアに至っては、誰もが息を呑むような美しさをしていた。
髪型は編み込みを入れたハーフアップ。丁寧に手入れをされたはしばみ色の髪はプラチナのバレッタにも負けないほどに輝いている。
首元に飾られるのは大粒のブラックサファイア。夜闇を固めたような色合いに目を惹かれれば、その中に浮かぶ星の煌きに溜息が洩れる。
夜虹絹のドレスは黒でありながら静かに輝きを放ち、幻想的な雰囲気を醸していた。
夜を統べる妖精、と言われれば誰もが納得してしまうだろう。
ソフィアはそれほどまでに美しかった。
騎士団長として儀礼用の剣を腰に提げたエルネストが、ソフィアの様子を窺う。
「大丈夫か?」
「……はい」
ソフィアの表情は堅い。それは決して緊張だけではないことを、エルネストはよく理解していた。エスコートされているにも関わらず、ソフィアはエルネストと視線を合わせようとしない。
その事実に苦いものを感じながらも歩みを進めれば、会場にどよめきはさらに大きくなっていく。ソフィアが物憂げな表情をしていてなお、二人の姿は物語の挿絵になりそうなほどに美しかった。
「パーティー嫌いのエルネスト様がまさかいらっしゃるなんて……」
「なんて精悍なのかしら」
「隣の方はどなた? 見たことがない方だわ」
「可憐な……」
「他国の姫ではないか? 夜虹絹のドレスを――」
「公爵殿下が贈ったのか? ううむ。婚約の話など聞いていないが」
「最近、とあるご令嬢にご執心という噂を聞いたが……」
様々な憶測が飛び交う群衆の中から、聞き覚えのある声が飛び出してきた。
「お姉さま! 何をしてらっしゃるの!?」
ソフィアの妹、メアリだ。
フレッシュピンクのドレスをまとったメアリが飛び出すと、それを追うように父であるセラフィナイト伯爵も躍り出た。メアリの視線の先にいるのがソフィアであることに気付くと、顔を歪める。
睨むような目つきは縁を切ったとはいえ、娘に向けるものとは思えなかった。
「急に家出をしたと思ったら、そんなかっこいい方のところに身を寄せていたなんてズルいわ!」
「……メアリ」
「私の邪魔にならないように修道院にいくはずだったじゃない!」
エルネストが庇うように前に出ようとするが、ソフィアはそれを押しとどめた。
「大丈夫です」
「しかし、」
「きちんと話をさせてください」
ソフィアはまっすぐにメアリを見た。
(ああ……いつぶりかしら)
思えば、ソフィアもメアリを見ようとしなくなっていた。誰もがメアリを見て、ソフィアには見向きもしない。それが眩しく、苦しく、羨ましく、ソフィアもメアリから目を逸らすようになっていたのだ。
「セラフィナイト伯爵令嬢に置かれましてはご機嫌麗しゅう」
「もう、何よかっこつけて! 勝手に家出したことを皆に謝るとき私が口添えしてあげるわ。そのドレスをくれるなら、私が皆に執り成してあげる」
妹という柵も、今までの関係も全て捨てて目の前のメアリという少女に目を向けたソフィア。十二分に礼儀を払ってカーテシーを行うが、メアリはそれに気付かない。
それどころか、ソフィアのドレスに目をつけてキッと睨みつけた。
「お姉さまが入る修道院にだって覚えてたら寄付をしてあげるわ。だからそのドレス、私にちょうだい!」
「これはエルネスト様から贈っていただいたものです。差し上げることはできません」
可愛らしいと思っていた妹は、こんなにも醜悪な態度だっただろうか。
他人事のように凪いだこころでメアリをまっすぐに見れば、違和感があった。
(メアリの後ろ……何か、みえる……?)
それは、もやのようにぼんやりとしたものだった。妹の身体に半分以上が溶けているようなそれは、他の誰にも見えていなかった。
(……精霊……?)
どきりと心臓が跳ね、思わず身を竦めるソフィアだが、当のメアリはそんなことお構いなしに好き放題に話し始めた。
自らが望めば何でも叶うのが当たり前だと思い込んでいるメアリは、姉を包んでいるドレスに羨まし気な視線を向けた後、姉のエスコート役へと視線を移した。
「あの、エルネストさま! 私、ソフィアの妹でメアリって言います。あのドレスはお姉さまよりも私の方がきっと似合うと思うんです」
「メアリ!」
許されてもいないのに、自分より上位の人間を名前で呼ぶ。
それどころか、贈った相手にケチをつけて言外に強請る。
礼儀のれの字も知らないかのような振舞いにセラフィナイト伯爵が顔を青くするが、メアリは止まらない。どんなことがあっても今まで思い通りになっていたのだから、今回も当然そうなると信じ込んでいるのだ。
誰もが自分に好意を持っていると疑わない彼女は、当たり前のようにエルネストへと手を伸ばした。
「私、せっかくのデビュタントだっていうのに付き添いが父で退屈してたんです。エスコートしてくださいませんか?」
それはつまり、エルネストがエスコートしてきたソフィアを放置しろという提案だ。
エルネストが憤怒の表情を浮かべるが、それよりもソフィアが先に動いた。
「駄目ッ!」
メアリの伸ばした手を叩くように押し返し、エルネストとの間に割って入った。エルネストを奪われたくないがための、咄嗟の行動だった。
ぱん、とメアリの手を弾いた音がホールに響く。
その場に居合わせた全員がソフィアたちに注目していた。
(駄目って……私、何の権利があって)
ぎゅっと唇を噛む。
(私はただの『練習相手』。エルネスト様が誰かを選んだら、お役御免なのに)
考えるだけで胸が張り裂ける思いだった。
思わず身を竦めて固まってしまう。生まれてから一度も経験したことのなかった姉の拒絶を受けて呆然としているメアリの代わりに、セラフィナイト伯爵が口を開いた。
「ソフィア! この親不孝者が! 勝手に家出をして家名に泥を塗ったばかりかメアリに暴力まで振るいおって! 恥知らずめ!」
先ほどまで顔色を失うほどに動揺していたにも関わらず、第二王子であるエルネストへの無礼などすでに眼中になかった。
烈火の如く怒り、口角泡を飛ばしながら怒鳴る伯爵。その姿は誰が見てもまともには見えなかった。
エルネストの元に身を寄せて距離を置いたことでソフィアもそれを冷静に感じとることができた。
よくよく目を凝らせば、伯爵の身体にメアリに被さったもやから何かが伸びているのが見えた。伯爵どころか、周囲にいる誰もが気にしていない白いもや。それは精霊やソフィアにしか見えないもの、星幽だ。
(精霊が、何かをしているんだわ)
ソフィアは伯爵とメアリとをつなぐ星幽に手を伸ばした。
形はなく、しかし確かに何かに触れた感覚だけが手のひらに返ってくる。握るようにそれを掴み、引っ張る。
力を入れる必要はなかった。
多くの令嬢や令息が大人の仲間入りをするために王城へと足を踏み入れた。入場は爵位が低い者から順番なので、ソフィアとエルネストの入場はほぼ最後である。
夜虹絹のドレスを身にまとったソフィアに、白を基調とした騎士用の儀礼服を着たエルネスト。二人の入場に、会場が思わずどよめいた。
騎士用の儀礼服はかっちりとした詰襟で、抜き身の刃物のようなエルネストの鋭さに気品を与えていた。優美な鞘がついた刃物は、凶器ではなく芸術品と言っても差し支えない。
その横にいるソフィアに至っては、誰もが息を呑むような美しさをしていた。
髪型は編み込みを入れたハーフアップ。丁寧に手入れをされたはしばみ色の髪はプラチナのバレッタにも負けないほどに輝いている。
首元に飾られるのは大粒のブラックサファイア。夜闇を固めたような色合いに目を惹かれれば、その中に浮かぶ星の煌きに溜息が洩れる。
夜虹絹のドレスは黒でありながら静かに輝きを放ち、幻想的な雰囲気を醸していた。
夜を統べる妖精、と言われれば誰もが納得してしまうだろう。
ソフィアはそれほどまでに美しかった。
騎士団長として儀礼用の剣を腰に提げたエルネストが、ソフィアの様子を窺う。
「大丈夫か?」
「……はい」
ソフィアの表情は堅い。それは決して緊張だけではないことを、エルネストはよく理解していた。エスコートされているにも関わらず、ソフィアはエルネストと視線を合わせようとしない。
その事実に苦いものを感じながらも歩みを進めれば、会場にどよめきはさらに大きくなっていく。ソフィアが物憂げな表情をしていてなお、二人の姿は物語の挿絵になりそうなほどに美しかった。
「パーティー嫌いのエルネスト様がまさかいらっしゃるなんて……」
「なんて精悍なのかしら」
「隣の方はどなた? 見たことがない方だわ」
「可憐な……」
「他国の姫ではないか? 夜虹絹のドレスを――」
「公爵殿下が贈ったのか? ううむ。婚約の話など聞いていないが」
「最近、とあるご令嬢にご執心という噂を聞いたが……」
様々な憶測が飛び交う群衆の中から、聞き覚えのある声が飛び出してきた。
「お姉さま! 何をしてらっしゃるの!?」
ソフィアの妹、メアリだ。
フレッシュピンクのドレスをまとったメアリが飛び出すと、それを追うように父であるセラフィナイト伯爵も躍り出た。メアリの視線の先にいるのがソフィアであることに気付くと、顔を歪める。
睨むような目つきは縁を切ったとはいえ、娘に向けるものとは思えなかった。
「急に家出をしたと思ったら、そんなかっこいい方のところに身を寄せていたなんてズルいわ!」
「……メアリ」
「私の邪魔にならないように修道院にいくはずだったじゃない!」
エルネストが庇うように前に出ようとするが、ソフィアはそれを押しとどめた。
「大丈夫です」
「しかし、」
「きちんと話をさせてください」
ソフィアはまっすぐにメアリを見た。
(ああ……いつぶりかしら)
思えば、ソフィアもメアリを見ようとしなくなっていた。誰もがメアリを見て、ソフィアには見向きもしない。それが眩しく、苦しく、羨ましく、ソフィアもメアリから目を逸らすようになっていたのだ。
「セラフィナイト伯爵令嬢に置かれましてはご機嫌麗しゅう」
「もう、何よかっこつけて! 勝手に家出したことを皆に謝るとき私が口添えしてあげるわ。そのドレスをくれるなら、私が皆に執り成してあげる」
妹という柵も、今までの関係も全て捨てて目の前のメアリという少女に目を向けたソフィア。十二分に礼儀を払ってカーテシーを行うが、メアリはそれに気付かない。
それどころか、ソフィアのドレスに目をつけてキッと睨みつけた。
「お姉さまが入る修道院にだって覚えてたら寄付をしてあげるわ。だからそのドレス、私にちょうだい!」
「これはエルネスト様から贈っていただいたものです。差し上げることはできません」
可愛らしいと思っていた妹は、こんなにも醜悪な態度だっただろうか。
他人事のように凪いだこころでメアリをまっすぐに見れば、違和感があった。
(メアリの後ろ……何か、みえる……?)
それは、もやのようにぼんやりとしたものだった。妹の身体に半分以上が溶けているようなそれは、他の誰にも見えていなかった。
(……精霊……?)
どきりと心臓が跳ね、思わず身を竦めるソフィアだが、当のメアリはそんなことお構いなしに好き放題に話し始めた。
自らが望めば何でも叶うのが当たり前だと思い込んでいるメアリは、姉を包んでいるドレスに羨まし気な視線を向けた後、姉のエスコート役へと視線を移した。
「あの、エルネストさま! 私、ソフィアの妹でメアリって言います。あのドレスはお姉さまよりも私の方がきっと似合うと思うんです」
「メアリ!」
許されてもいないのに、自分より上位の人間を名前で呼ぶ。
それどころか、贈った相手にケチをつけて言外に強請る。
礼儀のれの字も知らないかのような振舞いにセラフィナイト伯爵が顔を青くするが、メアリは止まらない。どんなことがあっても今まで思い通りになっていたのだから、今回も当然そうなると信じ込んでいるのだ。
誰もが自分に好意を持っていると疑わない彼女は、当たり前のようにエルネストへと手を伸ばした。
「私、せっかくのデビュタントだっていうのに付き添いが父で退屈してたんです。エスコートしてくださいませんか?」
それはつまり、エルネストがエスコートしてきたソフィアを放置しろという提案だ。
エルネストが憤怒の表情を浮かべるが、それよりもソフィアが先に動いた。
「駄目ッ!」
メアリの伸ばした手を叩くように押し返し、エルネストとの間に割って入った。エルネストを奪われたくないがための、咄嗟の行動だった。
ぱん、とメアリの手を弾いた音がホールに響く。
その場に居合わせた全員がソフィアたちに注目していた。
(駄目って……私、何の権利があって)
ぎゅっと唇を噛む。
(私はただの『練習相手』。エルネスト様が誰かを選んだら、お役御免なのに)
考えるだけで胸が張り裂ける思いだった。
思わず身を竦めて固まってしまう。生まれてから一度も経験したことのなかった姉の拒絶を受けて呆然としているメアリの代わりに、セラフィナイト伯爵が口を開いた。
「ソフィア! この親不孝者が! 勝手に家出をして家名に泥を塗ったばかりかメアリに暴力まで振るいおって! 恥知らずめ!」
先ほどまで顔色を失うほどに動揺していたにも関わらず、第二王子であるエルネストへの無礼などすでに眼中になかった。
烈火の如く怒り、口角泡を飛ばしながら怒鳴る伯爵。その姿は誰が見てもまともには見えなかった。
エルネストの元に身を寄せて距離を置いたことでソフィアもそれを冷静に感じとることができた。
よくよく目を凝らせば、伯爵の身体にメアリに被さったもやから何かが伸びているのが見えた。伯爵どころか、周囲にいる誰もが気にしていない白いもや。それは精霊やソフィアにしか見えないもの、星幽だ。
(精霊が、何かをしているんだわ)
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