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ノノとジグ
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「……罪は必ず償うし、償わせる」
「当たり前ですッ!」
「腐った血筋は嬢ちゃんの目につかないところで、俺も含めて根絶やしにする。必要ならアンタの元に全員分の首級を届けてやろう」
「……そんな不快なものは必要ありません。私はただ、理不尽を押し付けられ、あの国の者たちが支払うべきをお嬢様一人に背負わせたことが許せないのです」
焚火を挟んで向かい側に腰を下ろしたノノ。
夜の空気を焼くような怒りの気配は、いつの間にか消えていた。
「……あなたがお嬢様を苦しめた訳ではないことくらい、私にだって理解できます。でも、どうしても許せないのです。理性で納得していても、こころは頷いてくれないのです」
「この期に及んで嬢ちゃんの優しさに縋るような真似をしたんだ。アンタが俺に怒るのは真っ当だよ」
だが。
「嬢ちゃんたちが逃げた後、”押し付ける先”が国民に替わった……あのクソどもは、自分で支払うことを知らないまま生まれ育ち、ここまで来たんだ」
だから、俺が支払わせるつもりだったのだ。
「俺は、王族の責務から逃げ続けた代償を支払う。でも、それはあいつらに支払わせた後だ」
「私は嫌な女です」
「……?」
「本当ならばすべて忘れ、お嬢様の幸せだけを考えてさしあげたい。なのに、どうしても大樹林で地獄のような責め苦を受けていたお嬢様が脳裏に焼き付いて離れないのです……お嬢様が忘れようとなさっているのに、私がこだわってしまう」
無理もない話だろう。
吟遊詩人として活動しているときに流れてきた詩は想像を絶するものだった。多少の脚色が入っているのでは、と思ったが本人を見て確信した。
細く華奢な四肢は一目見て分かるほどの明らかな栄養不足だ。
食事量はあのくらいの子の半分以下。それですら苦しそうにしていることがある。長年、まともなものを食べていなかったため、体が食べ物を受け付けないのだ。
普通はそれほどまでに栄養が不足すれば餓死してしまう。回復魔法で命を繋ぎ続けた、というのもあながち間違いじゃないだろう。
本人は気づいていないだろうが、俺やロンド、護衛の男が近づいた時に身を強張らせる。
視線は絶対に合わないし、無意識のうちにノノの服のすそを掴んだりもする。
子供みたいな小さな手で、真っ白になるほど思い切り握りしめているのだ。
見ているだけで痛々しいほどの恐怖だ。初対面の俺ですらそう思うのだから、近くでマリィを支え続けているノノが怒り狂うのも無理はなかった。
「お嬢様のそばに立つ資格など、私にはないのかもしれません」
「……俺から見れば、だがマリィはアンタを信頼しているし、アンタに救われてるように見える。そばにアンタがいてくれてるから笑えてるんだと思うぞ」
「そうだと良いのですが」
「憎しみの炎で自らを焼くことに嫌気が差してるなら、俺に任せてくれ。押し付けられたわけでもなければ、肩代わりしおてるわけでもない。支払うべき人間が支払うってだけの話だ」
ブレナバンは滅ぶだろう。
いや、誰も気付いていなかっただけですでに滅んでいたのかもしれない。麦角に疫病。腐った人間たちによる統治。
今回の件で皆が”気付いた”だけだ。
「アンタは嬢ちゃんのそばにいてやってくれ。大切なものを、間違えるなよ」
「……どの口でそれを仰るのですか」
「すべて投げ出して逃げて、失敗した人間だからこそ言えることもあるんだよ」
納得したのかしないのか、ノノは鼻を鳴らした。
「明日、ブレナバンに着くと思いますのでそろそろ寝ましょう」
「はぁ? ここからどんだけ距離があると——」
「お嬢様が救おうと仰ったのです。可能な限り望みに沿うのが侍女の務めですから」
……なんだってんだよ。
できるはずねぇだろ、と思ったものの無理に縋った人たちがそれを望むならば可能な限り応えるのも最低限の誠意だろう。
そう思った俺は近くの樹木にもたれるようにして焚火から距離を取って、目をつぶった。
「当たり前ですッ!」
「腐った血筋は嬢ちゃんの目につかないところで、俺も含めて根絶やしにする。必要ならアンタの元に全員分の首級を届けてやろう」
「……そんな不快なものは必要ありません。私はただ、理不尽を押し付けられ、あの国の者たちが支払うべきをお嬢様一人に背負わせたことが許せないのです」
焚火を挟んで向かい側に腰を下ろしたノノ。
夜の空気を焼くような怒りの気配は、いつの間にか消えていた。
「……あなたがお嬢様を苦しめた訳ではないことくらい、私にだって理解できます。でも、どうしても許せないのです。理性で納得していても、こころは頷いてくれないのです」
「この期に及んで嬢ちゃんの優しさに縋るような真似をしたんだ。アンタが俺に怒るのは真っ当だよ」
だが。
「嬢ちゃんたちが逃げた後、”押し付ける先”が国民に替わった……あのクソどもは、自分で支払うことを知らないまま生まれ育ち、ここまで来たんだ」
だから、俺が支払わせるつもりだったのだ。
「俺は、王族の責務から逃げ続けた代償を支払う。でも、それはあいつらに支払わせた後だ」
「私は嫌な女です」
「……?」
「本当ならばすべて忘れ、お嬢様の幸せだけを考えてさしあげたい。なのに、どうしても大樹林で地獄のような責め苦を受けていたお嬢様が脳裏に焼き付いて離れないのです……お嬢様が忘れようとなさっているのに、私がこだわってしまう」
無理もない話だろう。
吟遊詩人として活動しているときに流れてきた詩は想像を絶するものだった。多少の脚色が入っているのでは、と思ったが本人を見て確信した。
細く華奢な四肢は一目見て分かるほどの明らかな栄養不足だ。
食事量はあのくらいの子の半分以下。それですら苦しそうにしていることがある。長年、まともなものを食べていなかったため、体が食べ物を受け付けないのだ。
普通はそれほどまでに栄養が不足すれば餓死してしまう。回復魔法で命を繋ぎ続けた、というのもあながち間違いじゃないだろう。
本人は気づいていないだろうが、俺やロンド、護衛の男が近づいた時に身を強張らせる。
視線は絶対に合わないし、無意識のうちにノノの服のすそを掴んだりもする。
子供みたいな小さな手で、真っ白になるほど思い切り握りしめているのだ。
見ているだけで痛々しいほどの恐怖だ。初対面の俺ですらそう思うのだから、近くでマリィを支え続けているノノが怒り狂うのも無理はなかった。
「お嬢様のそばに立つ資格など、私にはないのかもしれません」
「……俺から見れば、だがマリィはアンタを信頼しているし、アンタに救われてるように見える。そばにアンタがいてくれてるから笑えてるんだと思うぞ」
「そうだと良いのですが」
「憎しみの炎で自らを焼くことに嫌気が差してるなら、俺に任せてくれ。押し付けられたわけでもなければ、肩代わりしおてるわけでもない。支払うべき人間が支払うってだけの話だ」
ブレナバンは滅ぶだろう。
いや、誰も気付いていなかっただけですでに滅んでいたのかもしれない。麦角に疫病。腐った人間たちによる統治。
今回の件で皆が”気付いた”だけだ。
「アンタは嬢ちゃんのそばにいてやってくれ。大切なものを、間違えるなよ」
「……どの口でそれを仰るのですか」
「すべて投げ出して逃げて、失敗した人間だからこそ言えることもあるんだよ」
納得したのかしないのか、ノノは鼻を鳴らした。
「明日、ブレナバンに着くと思いますのでそろそろ寝ましょう」
「はぁ? ここからどんだけ距離があると——」
「お嬢様が救おうと仰ったのです。可能な限り望みに沿うのが侍女の務めですから」
……なんだってんだよ。
できるはずねぇだろ、と思ったものの無理に縋った人たちがそれを望むならば可能な限り応えるのも最低限の誠意だろう。
そう思った俺は近くの樹木にもたれるようにして焚火から距離を取って、目をつぶった。
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