今世は絶対、彼に恋しない

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 気がついたときには、私は真っ黒で壁も天井も何も見えない、地面までも真っ黒な場所に立っていた。先ほどまで、何か全く別の幸せな夢を見ていたはずなのに。と考えたところで、ああそうか、ここはまだ夢の中なのだなと気づいた。真っ黒で何も見えなくて、私以外に何も存在していなくて普通は怖くなるはずなのに、不思議と恐怖心は湧いてこなかった。
 ここがどこなのか。そんなこともわからないのに、私の足はこの場所を知っているかのように迷いなく歩き始めた。強制力というものが働いてはいないけれど、それに操られるように。
 足は真っ直ぐ一直線に進んでいて、真っ暗で見えないが何かにぶつかったり踏んだりしないのだろうかという心配もあるが、その進む先に何かあるのだろうかと目を凝らす。歩いても歩いても何も見えなくて、何かあるとは思えずどこに進んでいるのか不思議に思っていると、少し離れたところにぼんやりと何かが見えた。どうやら私はその何かに向かって歩いているようでどんどん近づき、それとの距離が50メートルほどになってようやくその正体がわかった。
 銀髪の少女と黒髪の女性の二人が、この暗闇の中で会話をしている様子もなく、じっと佇んでいた。
 あそこに立っている人が見えるということは、この場所は真っ暗で光もないと思っていたが、ここ全体が真っ黒な空間なだけで光がないわけではないのだな。と頭の隅で考える。
 そんな考えが思い浮かんだのは、私の進む先にいる二人が私の前に現れるはずのない人たちで、その記憶を思い出さないようにしたかったからかもしれない。それでもその人たちが目の前にいることを不思議に思わないのは、自分が夢の中にいるからかもしれない。
 その二人は、彼女たちだった。

 婚約者を深く愛し、その人以外何もいらないのだと思うほど愛していた人に裏切られ、殺されてしまった銀髪の少女。シェーヌ・エヴラール。
 とある同級生からの猛アタックに絆され、付き合い、結婚の話まで出ていたその人に傷つけられ、どうすれば良いのかわからぬまま彼を殺してしまい、自殺をしてしまった黒髪の女性。鷹田咲良。

 そういえば、先ほどまで見ていた夢は、彼女たちが彼に出会い、彼が壊れてしまうまでの幸せだった時間の夢。幸せでいっぱいで、その先で起こることなんて信じられないほどの幸せで。その時間は本当に夢で見ただけで彼女たちの身に起きた不幸なことだけが、現実だったのかもしれない。そう思うほどのものだった。
 私の足は彼女たちの目の前まで進むと、歩くことをやめた。シェーヌも咲良もどこか何もない場所を見つめていて、私が着いたときにこちらに視線を向けた。私は彼女たちに突然思い浮かんだことを問いかけた。

「ねえ、あなたたちは、彼を恨まなかった?」

 その応えを私は良く知っていたけれど、その応えを確かめるように聞いた。彼女たちはどちらも、私の目を見て嬉しそうに笑った。

「私たちが彼を恨んだことは、一度もなかったわ」

 シェーヌが応えた。その声には、目には、嘘など一つもなかった。
 彼らを恨んだことなど一度もないと、私は記憶を持っているから知っていた。だからもう一つの疑問の答えも、私は知らないふりをしているだけで、知っているのかもしれない。

「あなたたちの人生は、幸せなものだったと思える?」

「……幸せだったわ。たとえ最後が悲しいものだとしても、私たちには幸せだった時間が確かにあったもの」

 咲良が言った。彼女は本当に幸せだったのよ、と微笑んで。ぐっと胸が詰まって、嬉しいような悲しいような、よくわからない感情が湧いてくる。
 私は、彼女たちの考えが理解できなかった。彼女たちの記憶を知ったときも、話を聞いた今も。もっと怒っても、恨んでも良いはずなのに、彼女たちは恨んでいないと、幸せだったと言う。関係ないはずの私の方が怒って恨んでいるなんて、おかしな話だと思う。私はそのときを思い出しているのか、ずっと優しい微笑みを浮かべている彼女たちに、思っていることを言った。

「……私は、あなたたちの考え方を理解できないわ。私にはあなたたちの記憶がある。だからその身に何が起きてどう思っていたのかも、全部全部知ってる。でも、それでも、わからなかったわ」

「あの人の側にいるだけで幸せだったの。でもあの人は側にいるだけじゃない、もっとたくさんの色んな幸せをくれたのよ。それだけで私は十分、私の人生は幸せだったと思えるわ。……それに、私たちもあの人を恨むことができていたら、恨んでいたわ。それで怒り狂って叩いたりしちゃったかもしれないわね。でもね、あの人に対する怒りは湧いてこなかった」

 困ったように笑って話す咲良に、私はなぜ?と問いかけた。

「何でって言われても……そうねぇ。ただ単に、私たちがそういう性格なだけだったと思うの。私も彼女も、浮気をした彼じゃなくて、浮気相手の女の方が悪いって考える性格だったのよ」

 あなたは、浮気相手の女の子よりも、浮気をした彼の方が悪いって考える性格だったってだけじゃないかしら。と彼女は言った。
 私がそんな彼女の言葉に、そんな単純なことなのか。もっと他に何か理由があるのではないか。と言おうとしたところで、シェーヌが「でもね」と話し始めた。

「それはただの言い訳だったのよ。……本当はただ、何で浮気するの。とか、ずっと好きだったんじゃないの。って怒ってお話したら、心がすでに離れてしまっているのに、悪化して嫌われて、もっと離れていってしまうんじゃないかって、怖かっただけなの。あの方に対して怒ることが、怖かった」

 嫌われることが、怖かっただけなの。そう呟くように話した彼女の話に、私は何とも言えなかった。
 私は、過去を知っていたからこの後どうなるのかも知っていた。どうせ一緒、変わらないのだと諦めていた。それに、レヴォン様に恋しないと決めていたから、怒って嫌われるのではという考えも、無意識のうちに考えないようにしていたし、恨んでやるとずっと考えるようにしていた。
 でも彼女たちは、これから何が起こるのかも知らず、純粋に彼らに恋をし続けていた。恨もうだなんて考えてもいなかった。
 つまり私に記憶がなければ、単純に盲目的に彼に恋をして、怒ることさえも恐れるような人になっていたかもしれないということだ。恐ろしいことである。

「……私には、記憶があったからレヴォン様に怒ったり恨んだりできたのかもしれません。だから今更彼に対して怒ることを怖いとは思っていないから言えるだけなのかもしれないけど、怒っていいと思う。それで怒り狂って殴ってしまっても構わないと思う。あの方々は、それくらいであなたたちを嫌いにはならないわ」

 そう断言をする私を、彼女たちは驚いた表情で見つめる。彼らには強制力という力が働いていたかもしれない。ということを思い出していたが、それを彼女たちは知っているのだろうかと疑問に思った。

「あのね、彼らがとった行動が、彼ら自身でしたこじゃなかったって言っても理解できる?」

「……ちょっと言ってる意味が理解できない、かな」

 彼女たちは私の顔を見て目をぱちぱちと瞬かせると、微妙な笑顔を浮かべて咲良が応えた。

「ええっと、何て言えばいいのかしら……二人はずっと別のものに操られていた。って言えばわかるかしら」

 私が訂正し直した言葉で言えば、彼女たちは少し考えた様子をみせた後、両手をパンッと合わせて何度も頷いた。

「ネオラが言ってたことね。"強制力"ってやつだったかしら」

 関わったことのないはずのネオラのことを知っているだけでなく、強制力という存在も知っていたのか。と驚いていると、私の言いたいことがわかったのか、シェーヌが説明を加えた。

「あなたは私の生まれ変わりでしょう?だから私たちはあなたの魂に住み着いて、あなたが見て聞いてきたことを、私たちも見たり聞いたりできていたのよ。ちなみにあなたが今まで考えていたことも知っているわ」

 なるほど。と納得する反面、今までの自分の感情や考えやらを知られているのか、と恥ずかしくなった。少し荒れていた自覚もあるので知られたくなかったなと思った。
 まあその力のことを知っているなら話は早い、と私は話をもとに戻した。

「私が言いたかったことは、彼らはただ操られてしまっていただけで、本当はあなたたちをずっと想っていたのでは、ということよ。ゲームなんてものには関係のなかった咲良さんも例外なく。……あくまで私の考えではあるけれど」

「……本当にそうなら嬉しい。だけど私は祐介本人から何も聞いてない。自分が殺してしまったから聞かなかった私が悪いんだけどね。だから、本人から何も聞いてないから、もし本当にその強制力ってものがあったのだとしても、最後まで想ってもらえていたのか、自信がないの」

「私も彼女と同意見よ」

 彼女たちは少し悲しそうな表情になり、自分たちの最期を思い出しているのだろうか。と考える。
 私と彼女たちでは、考え方がかなり違う。だから今彼女たちが何を考え、どう思っているのかをわかってあげることができなくて、かけてあげるべき言葉がわからない。だけど私は、私の考えを彼女たちに言ってあげるべきだと思った。

「確かに彼らは操られてしまったその後には何も言わなかったわ。けれど私は、彼らが最期まであなたたちを想っていたことを分かってほしいと思う」

 正直あんな酷いことをした人を庇うようなことをするのは嫌だけど。と付け足すと、彼女たちは苦笑いになった。本当にこんなことをするのは嫌だけど、彼女たちが少しでも救われてほしいから、と私は話を続ける。

「記憶があるだけの私より、その人自身と会って話していたあなたたちの方が、よくわかっているでしょう」

 力の働いていなかったあのときに彼の言葉を、彼自身のことを、信じたいと思ったからこんな考えができるようになった。頑張ってくれていた彼と繋がっている彼らの気持ちまでもが、本当に彼女たちを裏切るようなことをしたとは思えなくなってしまったのだ。
 私も彼女たちと同じ、どうしようもない恋心を抱いてしまったバカの一人なのだ。
 だから、私の考えを彼女たちも信じてくれるのでは。と思う。

「……そうね。きっとあなたの考えは、間違っていないわ。私本当は、レヴォン様が『好きだよ』ってずっと言ってくれたこと、信じたいのよ」

 シェーヌの言った言葉に、私も同じ気持ちだというように咲良は頷いた。
 届いた。私の考えを信じてくれた。そのことが嬉しくて、私は大きく頷き笑った。
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