僕のおじいさん

吉田利都

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僕とおじいさん

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僕の飼い主であるおじいさんは目が見えない。

けれど僕の目をいつもしっかりと見て話してくれた。

僕とおじいさんの出会いは去年の冬。

僕は野良犬として生きていた。

正確には逃げ出したのだ。

以前の飼い主はひどく暴力的だったため

僕はとても耐えられなくなり逃げ出した。

しかし、この人間社会である世の中は僕一匹だけじゃとても生きづらいということが分かった。

改めて僕は犬なのだという自覚を持った。

雨が降ると毛が濡れて季節的にもとても寒かった。

狭い路地裏を見つけちょっとした屋根の下で雨宿りをする。

そんな時、おじいさんは現れた。

「誰かいるのかい?」

おじいさんは視線をまっすぐに見つめていた。

その時おじいさんは目が見えないんだと知った。

人間不信でいた当時の僕はおじいさんを警戒して追い払おうと吠えた。

「おや、人じゃないようだね。」

おじいさんはゆっくりとかがみ僕に視線を合わせてきた。

なんて優しい表情をした人なのだろう。

今まで怒った事がないようなしわの入り方をしていた。

「ほれ、こっちにおいで寒いだろう。」

僕は恐る恐る近づいておじいさんの懐に入った。

とても暖かい。

僕はおじいさんの目が見えないのをいいことに思いっきり泣いた。

「これこれ、そんなに鳴いてよっぽど寂しかったんだねぇ。」

「体も濡れて冷え切っとるじゃないか。」

僕はおじいさんの家まで連れていかれた。

電気ヒーターが付いていて部屋の中はとても暖かい。

玄関の音を聞いたおばあさんが中から出てきた。

「あれま、そのワンちゃんどうしたの?」

「ああ、そこの路地裏でうずくまっていたんだ。」

「毛が濡れているからドライヤーを持ってきてくれないか?」

僕は初めてドライヤーというものを体験した。

あれはとても苦手だ。

「とっても綺麗な茶色い毛並みじゃない」

「おお、そうか。綺麗だってよ。」

初めて褒められた。

今まで生きてきて叱られたことしかなかったのだ。

「そうだ、ばあさん。なにか食べ物を持ってきてくれ。」

「空腹だろう。な?」

僕は小さくしっぽを振る。

「でも、犬なんて飼ったことがないからなにをあげていいのやら。」

そう言いながらも冷蔵庫を漁るおばあさん。

「あ、さつまいもがあったわ。」

「これ、どうかしら?」

「おお、いいじゃないか。」

「少しレンジで温めてやってくれ。」

さつまいもという謎の響きに妙な高揚があった。

小さくカットされた黄色い物体が出てくると僕は勢いよく平らげた。

さつまいも、すごくおいしい。

これはクセになりそうだ。

「あら、もうたべちゃったのね。」

「もう少あげてもいいんじゃないか?」

「相当腹が減っていたんだろう。」

またしてもぺろりと平らげた。

「ばあさん、この子を飼うことはできないだろうか。」

「でもあなた、私たちがもしこの子よりも先にいっちゃったらどうするの?」

「そんなものは今は考えなくていいんだ。」

「これから少しでも長くこの子のためにも生きるようにすればいいじゃないか。」

なぜこんなにも僕にやさしくしてくれるのかわからなかった。

同じ人なのになぜ僕の飼い主だった人とおじいさんは違うのだろう。



それから僕はこの家で飼われることになった。




そして今日はおじいさんのお葬式らしい。

なんでみんな悲しい表情をしているのだろう。

特におばあさんはいつもの笑顔がなく目はどこを見ているかわからなかった。


おじいさんの顔を見たのはその日が最後だった。


一体、僕をおいてどこへ行ったのだろう。

「あらあら、早く家に戻りなさい。」

おばあさんは僕に傘を差してくれた。

「ビショビショじゃない。」

こんな雨の日に濡れたくなるのは

きっと、また迎えに来てくれるんじゃないかと思うから。

僕はまた、おじいさんが見てないのをいいことに思いっきり泣いた。
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