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洞穴の鼬村

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そして夜が明け、猫見は昨日と同じくヤカンの音で目が覚めた。
ぽー、ぽーとヤカンが沸騰し、熱い蒸気の切れ端が猫見の顔にかかる。
「ほい、今日もさっさと行くわよ!」
と家廊がテキパキ指示を出し、ご隠居を急かしている。
それを見た猫見は慌てて草履を履き、二人に並んだ。
「ミャア、昨日は洋食だったので今日は和食ですかね」
ちょっとした期待を込めて言って見たが、その期待は直ぐに裏切られた。
猫見は定食屋のように毎日メニューが変わると思っていただろうが、
実はそこまで変わっていない。
変わったのは、味噌汁の具とふりかけと洋食の一部だけ。
やや落胆を感じながら猫見は食事を終えた。
昨日は海に行ったので、今日は山で山菜採りや動物の観察をするという。
「いやー、良いですね江戸の頃が思い出せて!」
と早速山で猫見が叫ぶ。
「そうじゃな、今はやれ開発だと言って木を切り倒し、
結局は人間どもが困っておるからの」
ホッホッホとご隠居が嗤う。
「おっ、早速ワラビ発見」家廊が眼ざとく山菜を見つけ、
ひょいと背中の籠に入れる。
どんどん茸、山菜が取れていき、いつしか三人は相当深い部分まで進んでいた。
「あちゃー、霧が出てきましたね…」と困ってるような口調で、
でも案外呑気な猫見が呟く。
「唯、あちこちに洞穴っぽいのがあるから大丈夫そうね」
家廊が指差す先には、一つの洞穴があった。
恐らく自然現象かなにかで出来上がったもので、
相当古いものであることは見て取れた。
「ま、帰ろうと思えばいつでも帰れる。取り敢えずここで
山菜の整理をしようかの」
ご隠居はさっさと洞穴には入り、地面に採った山菜を広げて
整理し始めた。
ご隠居の顔がいつの間にやら取り出した行燈に照らされ、ほんのり光る。
すると突然、動物の唸り声が聞こえ、ご隠居が山菜を抱えて急ぎ出てきた。
「なんじゃこいつは!いきなり襲いおってこの無礼者が」
とご隠居が悪態をついている。
洞穴から出てきた動物は、イタチとフェレットを掛け合わせたような
奇妙な動物だった。
そのイタチが此方を睨むと、一陣の風が吹いてきた。
何やら猫見は危険を感じ、後方へ遠く飛び退いた。
二人も同じに思ったらしく、ご隠居はいつの間にか消え、
家廊は自分の周りに透明な糸の膜を張っている。
すると風が通り過ぎた所にあった木々がどさどさと切り倒されて行く。
「なんとまあ物騒な輩じゃ」
また気づかぬうちに隣に現れたご隠居が呟く。
「ちょいと、何よあんた、山菜採りにきた旅人を殺そうっていうわけ!?」
家廊がイタチに文句を言う。
その言葉が通じたかどうかはわからないが、少なくともイタチは静かになった。
が、その後スーツを着た人間の姿になった。
「これは失礼しました。てっきり警察かと思いまして」
きっちりした感じの印象を受ける女性は、少し頭を下げた。
「鼬村 と申します。少し、お付き合い願えますか」
鼬村は、洞穴の奥へと入っていった。
猫見たちも慌ててその後を追い、鼬村の持った行燈を頼りにして
暗い地面を歩いた。
やがて洞穴の最深部へと辿り着き、奇妙な一行は立ち止まった。
洞穴の奥には生活できる程度の物資や調理道具が置いてあり、
鼬村とその配偶者が暮らしているのは一目瞭然だった。
そこまでならまだ分かる。
しかし取り分け異様なのが、空に浮く十三匹の鼬だった。
鼬村よりは断然小さく、まだまだ子供のように思える。
恐らく鼬村の子供だろう。
鼬の子供たちは此方へ気づくと、直ぐに眼を輝かせた。
「お母さん、この人たち誰?」「ねえねえ、お八つ食べても良いでしょ!」
この後まだまだ続く子供達の喋りに、速くも鼬村は肩を落としている。
「すいません、私の娘息子なんです…」
鼬村が喋る間にも小さな鼬の子供は叫び続けている。
「とある中小企業に勤めていたのですが、先日倒産いたしました」
家廊が首を傾げる。
「あら、それなら如何やって暮らしているのかしら」
「その…恥ずかしながら盗みをやっておりました」
今度は家廊だけでなく、猫見もご隠居も首を傾げる。
「ミャア、もしかしてそれって海でもやってましたか」
「はい、漁師の皆様方からほんの一部獲物を切らせて頂きました」
ポンとご隠居が膝を打つ。
「なるほど、魚の一部が無くなったのはそういう訳であったか!」
「…いや、待ってくださいよ。鼬村さん、貴女 就職先探してます?」
鼬村は大きく頷いた。
「成る程、それなら良い場所を紹介しましょう」
三人は顔を見合わせた。
数日後、ホテルの料亭は大繁盛だった。
料亭の厨房、華麗な腕捌きで魚を切り分けているのは鼬村。
その後ろに店主が満足そうな顔で控えている。
そう、猫見たちが紹介したのは料亭。
先日、料亭の店主が魚の切口について絶賛していたことを三人は
思い出したのだ。
猫見の狙い通り、鼬村は華麗な技で魚を見事捌き、店主を感動させた。
料亭で格好良く魚を捌く鼬村を、その子供らが愉しそうに眺めていた。
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