【R18】あるTS病罹患者の手記

Tonks

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5月11日(木)雨 『初潮』

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 後天性性染色体変異症候群――通称TS病を発症して、もう半年が過ぎた。

 英語での名称は“Acquired Sex-chromosomes Exchange Syndrome”で、公式の略称は各語の頭文字をとってASESアセスだが、誰もそんな名前では呼ばない。

 TS病。それが目下、僕の身体を蝕んでいる病気の名前だ。

 今日、病院で月次診察を受けたところエストロゲン、つまり女性ホルモンの値は同年代の女子の平均をわずかに下回るくらいで、あと数ヶ月もすれば僕は初潮を迎えることになるだろうという医師の話だった。

 去年の暮れにはもうペニスは豆粒大になってしまっていたわけだし、縮退形成しゅくたいけいせいとかいう医学用語で呼び慣わされるところのよくわからないメカニズムによってそれがクリトリスに変化したのだということも、頭では理解している。

 文字通り男性器が女性器に変化してゆく過程をまざまざと見せつけられてきた身としては、今さらちょっとやそっとのことでは驚かないつもりだったのだ。

 けれども自分がもうすぐ初潮を迎えるという医師の言葉は、すぐには椅子から立ち上がれないほどのショックを僕に与えた。

『生理が来たら、僕にも子供はできるんですか?』

 思わずそんな答えのわかっている質問をしてしまったことが、僕のショックの大きさを物語っている。

 その質問に医師は笑って答えた。

『生理とは、そのためのものですから』

 ……そのときの医師の笑みを、僕は忘れない。新たな人生の門出を祝福するような……あるいは、女として当然持っているべき知識を持たない僕をやんわりとたしなめるような。

 近年とみにクローズアップされるようになったTS病の発生理由――新たな疾病の発生に神の意志的な理由を求めること自体ナンセンスだと僕は思うのだが――種としてのホモサピエンスの絶滅を回避するための積極的かつ継続的な『生殖』を目指して、僕のこの身体は着実に変化を続けているようだ。

 千人に一人という微妙にレアな発症確率を考えれば、それがどれほど種の保存に寄与するものなのかと皮肉のひとつも言いたくなるが、TS病罹患者が発症後かなりの高確率で妊娠、出産に至るのは統計的な事実である。

 幸い、今のところ僕の中に子供を作りたいという願望は生じていない。けれどもこのまま性徴が進めば、この僕も平均的な女子のようにを望むようになるのだろうか……?

 それが、僕は恐ろしい。いつしか自分が生物学的な雌の本能に目覚めて子供を欲するようになり、その前段階としてを求めるようになること……それが、何より恐ろしい。
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