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第6話
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ロミオウィンドオーケストラの初めての集合練習の日。
今日のために宮崎市のホールをレンタルした。
もちろんレンタル費用は団員たちの割り勘だ。
当番として一部のメンバーが先にホールにやってきて練習会場の設営をした。これが学校の吹奏楽部であれば全員で準備するものだろう。しかし今回の楽団は大所帯であるどころか今日が初めての顔合わせだ。会場が混乱しないように当番のメンバーが先遣部隊として会場を準備することになったのだ。
会場設営の仕事を終えた鮫島は指定されていた座席についた。
目の前には譜面台を眺める指揮者の宗太郎。
鮫島は彼に不満をぶつけた。
「なんで僕がここなんですか?」
「フルートだからだ」
「普通はフルートってクラリネットの後ろじゃないですか?」
「たまには前に出るのもいいだろう?」
宗太郎の気まぐれだろうか。
彼が指定した座席は不思議なことにフルートとクラリネットの配置が逆になっていた。何か特別な音響効果を狙っているのだろうか。今後はパート内での座席の変更はあるかもしれないが、パートを丸ごと移動させるということはないだろう。
別にこの配置は吹奏楽の常識を大きく逸脱しているというわけではない。鮫島が不満に思っていたのは彼自身の配置だった。
「それでなんで僕がコンマスなんですか?」
「楽団長だろ?」
「そこは分業にしましょうよ」
鮫島の座席は指揮者のすぐ左側。
それはコンサートマスター。
別名、第二の指揮者。
指揮者の意図を解釈して演奏者に橋渡しするポジションだ。
この座席に座った演奏者が必ずその仕事をしなければならないというわけではないが、なぜかここだけはセオリー通りに仕事が与えられた。しかも事前に配布された座席表にもわざわざ表記されている。
あたりを見回すとぞくぞくとメンバーが集まってきている。
それぞれが自由に自己紹介をしている。
「僕、コンマスなんてやったことありませんよ」
「じゃあいい経験になるな」
「いきなり大人数なんて無理ですよ」
「やってみれば何とかなるものだ」
いくら配置換えを申し出ても宗太郎は頑なに認めてくれない。
楽団長という役職でさえ胃がキリキリとするのに、それに加えてコンサートマスターの仕事もしないといけないだなんて。
「ん? あのアルトサックスは?」
宗太郎は舞台袖を見ている。
体をひねらせて鮫島もそちらを見ると、リードを口の中で湿らせながら座席へと向かうハルトマン軍曹がいた。
彼のハンドルネームを教えようとしたが、それよりも先に宗太郎が呼びかけた。
「おい吉野! 吉野士長!」
「……?」
「22即機にいた吉野士長だろ?」
「……え、副中隊長!?」
ハルトマン軍曹は口からリードを取ると、驚いたように指揮者台へとやってきた。
「なんで副中隊長がここにいるんですか!?」
「43普連に異動してきたんだよ」
「じゃなくて、え、副中隊長?」
「今は中隊長だけどな」
「指揮者って上岡1尉だったんですか?」
「おかしいか?」
冷静な宗太郎とは対照的にハルトマン軍曹は狼狽している。
専門用語の部分は分からなかったが話を聞く限りハルトマン軍曹の上官だったようだ。
そういえば以前、楽器店でくつろいでいた宗太郎が言っていた。尾神樹里の所属事務所が国産楽器メーカーとコラボしていた時にグッズ目当てでアルトサックスを購入した部下がいたと。
あまりにも混乱したハルトマン軍曹は鮫島へと話題を逸らしてきた。
「おいおいフカニート。指揮者が上岡1尉ならそう言ってくれよ」
「だからもうニートじゃないですって」
いつになれば鮫島はこの人の中で就職したことになるのだろうか。
変わらない呼び名にムッとした彼は少しだけ意地悪をしてみた。
「そんなやつは知らないって言っていましたよね?」
「待って、俺そんな事――」
「あれだけ可愛がったのにもう忘れたのか?」
「いえ、充分に可愛がられました」
「あとでもっと可愛がってやろう」
ちょっとだけ意地悪したつもりだったが、鮫島は限度を超えてしまったのかもしれない。
団員の全員が揃った。
今回が初対面ということもあり練習前に自己紹介が行われた。
宗太郎が先陣を切ると、彼が順番にパートを指定していった。
打楽器、金管楽器、木管楽器と指揮者から遠い順に指定され、とうとうフルートパートの順番が巡ってきた。
身構えていた鮫島だったが、宗太郎はフルートパートを一人ずつ指名していった。いやな予感を感じつつも、それは他のパートメンバーの自己紹介が終わったあとに的中した。
「最後に鮫島」
なぜわざわざ最後にさせたのだろう。
悪い予感を感じながらも彼は席を立った。
「フカちゃんと名乗っています。皆さん、今回のお別れオフ会に参加していただきありがとうございます。ハルトマン軍曹からはフカニートと呼ばれていますが、僕はちゃんと働いています」
ペコペコと頭を振りながら着席しようとした。
しかしそれは宗太郎によって阻止された。
「そのまま楽団長として決意表明」
役職名を呼ばれてドキリとした。
鮫島はいまだに楽団長というポジションを受け入れてはいないが、この楽団発足の言い出しっぺとして、そしてひとりのロミオとして決意表明をしなければならなかった。
「このたび楽団長に任命されました。正直、楽団長なんて僕には手に負えない役職だと思います。だけど樹里ちゃんのために団員の一人として自分にできることを精一杯にやっていきます」
「楽団長、この楽団の任務はなんだ?」
「尾神樹里ちゃんにお別れをすることです」
「それが任務なんだな?」
任務だなんてずいぶんと仰々しい表現をするものだ。
それは陸上自衛官の習性なのだろうか。ましてや彼は中隊長だと言っていた。中隊とはどのくらいの規模なのか分からないけども、部隊の指揮官であるならばなおさらのことなのかもしれない。
「客演指揮者を務める上岡宗太郎だ。俺の事は宗太郎と呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは慣れていないんだ」
ふと思い返すと鮫島は無意識のうちに彼を下の名前で呼んでいた。
社長や店長が宗太郎という名前で呼ぶのを真似したというのもあるだろう。しかし自身の周りを思い返すと普段から下の名前で呼ぶ相手は彼だけだった。
「この場で言うのもなんだが尾神樹里なんてつい最近になって鮫島から教えられた。だから俺は客演指揮者だ。正指揮者でもなければ楽団長でもない」
尾神樹里を最近まで知らなかった事は言わなければ誰も気づかなかっただろう。しかし宗太郎は最初からカミングアウトした。
自身の正体をさらす彼には潔さと同時に不安を感じた。尾神樹里を知らなかった人間がロミオウィンドオーケストラを指揮するだなんて、団員たちの士気に悪影響は出ないだろうか。
鮫島の不安に気づかない様子で宗太郎はスピーチを続けた。
「ここにいる人たちはロミオとなった理由が全員違うだろう。ここにいる理由も違うかもしれない。しかし入口が違っても目指す場所は同じだ。来年四月に実施される演奏会に向けて、全員で一年間の行進をしよう」
しかし宗太郎には彼なりの考えがあるのかもしれない。
いくらロミオのふりをしたとしても、どこかでボロが出ると考えたのだろうか。たしかに後から発覚するくらいならば最初から自分の口で説明していたほうがマシだろう。
「演奏が決まっている楽譜を配布する。他の数曲は全員の意見を聞いて決定する。各パートの代表者は取りに来てくれ」
全てのパートでは誰が取りに行くかで話し合いが始まった。
フルートパートも例にもれず代表者を選び始めたが、最も指揮者に近かった鮫島はフルートパートを代表して楽譜を受け取りにいった。
渡された楽譜の束には付箋が貼ってあった。その中から自分の分を取って隣のフルート奏者へと束のまま渡した。
本来ならば朝の準備の段階ですべての譜面台に置いておくはずだった。しかし宗太郎の指示によって自己紹介の後に配布することになったのだ。
きっと彼なりのサプライズなのだろう。
もちろん現時点で何の曲を演奏するか知っている鮫島は何の期待もしていなかった。
鮫島たちが話し合って提案した『シーゲート序曲』。
指揮者権限で選曲された『センチュリア』。
しかしその平静はすぐに打ち破られた。
『南風のマーチ』
鮫島は驚いて宗太郎を見た。
そうすることを見越していたのだろうか。彼は即答した。
「俺からの課題曲だ」
今日のために宮崎市のホールをレンタルした。
もちろんレンタル費用は団員たちの割り勘だ。
当番として一部のメンバーが先にホールにやってきて練習会場の設営をした。これが学校の吹奏楽部であれば全員で準備するものだろう。しかし今回の楽団は大所帯であるどころか今日が初めての顔合わせだ。会場が混乱しないように当番のメンバーが先遣部隊として会場を準備することになったのだ。
会場設営の仕事を終えた鮫島は指定されていた座席についた。
目の前には譜面台を眺める指揮者の宗太郎。
鮫島は彼に不満をぶつけた。
「なんで僕がここなんですか?」
「フルートだからだ」
「普通はフルートってクラリネットの後ろじゃないですか?」
「たまには前に出るのもいいだろう?」
宗太郎の気まぐれだろうか。
彼が指定した座席は不思議なことにフルートとクラリネットの配置が逆になっていた。何か特別な音響効果を狙っているのだろうか。今後はパート内での座席の変更はあるかもしれないが、パートを丸ごと移動させるということはないだろう。
別にこの配置は吹奏楽の常識を大きく逸脱しているというわけではない。鮫島が不満に思っていたのは彼自身の配置だった。
「それでなんで僕がコンマスなんですか?」
「楽団長だろ?」
「そこは分業にしましょうよ」
鮫島の座席は指揮者のすぐ左側。
それはコンサートマスター。
別名、第二の指揮者。
指揮者の意図を解釈して演奏者に橋渡しするポジションだ。
この座席に座った演奏者が必ずその仕事をしなければならないというわけではないが、なぜかここだけはセオリー通りに仕事が与えられた。しかも事前に配布された座席表にもわざわざ表記されている。
あたりを見回すとぞくぞくとメンバーが集まってきている。
それぞれが自由に自己紹介をしている。
「僕、コンマスなんてやったことありませんよ」
「じゃあいい経験になるな」
「いきなり大人数なんて無理ですよ」
「やってみれば何とかなるものだ」
いくら配置換えを申し出ても宗太郎は頑なに認めてくれない。
楽団長という役職でさえ胃がキリキリとするのに、それに加えてコンサートマスターの仕事もしないといけないだなんて。
「ん? あのアルトサックスは?」
宗太郎は舞台袖を見ている。
体をひねらせて鮫島もそちらを見ると、リードを口の中で湿らせながら座席へと向かうハルトマン軍曹がいた。
彼のハンドルネームを教えようとしたが、それよりも先に宗太郎が呼びかけた。
「おい吉野! 吉野士長!」
「……?」
「22即機にいた吉野士長だろ?」
「……え、副中隊長!?」
ハルトマン軍曹は口からリードを取ると、驚いたように指揮者台へとやってきた。
「なんで副中隊長がここにいるんですか!?」
「43普連に異動してきたんだよ」
「じゃなくて、え、副中隊長?」
「今は中隊長だけどな」
「指揮者って上岡1尉だったんですか?」
「おかしいか?」
冷静な宗太郎とは対照的にハルトマン軍曹は狼狽している。
専門用語の部分は分からなかったが話を聞く限りハルトマン軍曹の上官だったようだ。
そういえば以前、楽器店でくつろいでいた宗太郎が言っていた。尾神樹里の所属事務所が国産楽器メーカーとコラボしていた時にグッズ目当てでアルトサックスを購入した部下がいたと。
あまりにも混乱したハルトマン軍曹は鮫島へと話題を逸らしてきた。
「おいおいフカニート。指揮者が上岡1尉ならそう言ってくれよ」
「だからもうニートじゃないですって」
いつになれば鮫島はこの人の中で就職したことになるのだろうか。
変わらない呼び名にムッとした彼は少しだけ意地悪をしてみた。
「そんなやつは知らないって言っていましたよね?」
「待って、俺そんな事――」
「あれだけ可愛がったのにもう忘れたのか?」
「いえ、充分に可愛がられました」
「あとでもっと可愛がってやろう」
ちょっとだけ意地悪したつもりだったが、鮫島は限度を超えてしまったのかもしれない。
団員の全員が揃った。
今回が初対面ということもあり練習前に自己紹介が行われた。
宗太郎が先陣を切ると、彼が順番にパートを指定していった。
打楽器、金管楽器、木管楽器と指揮者から遠い順に指定され、とうとうフルートパートの順番が巡ってきた。
身構えていた鮫島だったが、宗太郎はフルートパートを一人ずつ指名していった。いやな予感を感じつつも、それは他のパートメンバーの自己紹介が終わったあとに的中した。
「最後に鮫島」
なぜわざわざ最後にさせたのだろう。
悪い予感を感じながらも彼は席を立った。
「フカちゃんと名乗っています。皆さん、今回のお別れオフ会に参加していただきありがとうございます。ハルトマン軍曹からはフカニートと呼ばれていますが、僕はちゃんと働いています」
ペコペコと頭を振りながら着席しようとした。
しかしそれは宗太郎によって阻止された。
「そのまま楽団長として決意表明」
役職名を呼ばれてドキリとした。
鮫島はいまだに楽団長というポジションを受け入れてはいないが、この楽団発足の言い出しっぺとして、そしてひとりのロミオとして決意表明をしなければならなかった。
「このたび楽団長に任命されました。正直、楽団長なんて僕には手に負えない役職だと思います。だけど樹里ちゃんのために団員の一人として自分にできることを精一杯にやっていきます」
「楽団長、この楽団の任務はなんだ?」
「尾神樹里ちゃんにお別れをすることです」
「それが任務なんだな?」
任務だなんてずいぶんと仰々しい表現をするものだ。
それは陸上自衛官の習性なのだろうか。ましてや彼は中隊長だと言っていた。中隊とはどのくらいの規模なのか分からないけども、部隊の指揮官であるならばなおさらのことなのかもしれない。
「客演指揮者を務める上岡宗太郎だ。俺の事は宗太郎と呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは慣れていないんだ」
ふと思い返すと鮫島は無意識のうちに彼を下の名前で呼んでいた。
社長や店長が宗太郎という名前で呼ぶのを真似したというのもあるだろう。しかし自身の周りを思い返すと普段から下の名前で呼ぶ相手は彼だけだった。
「この場で言うのもなんだが尾神樹里なんてつい最近になって鮫島から教えられた。だから俺は客演指揮者だ。正指揮者でもなければ楽団長でもない」
尾神樹里を最近まで知らなかった事は言わなければ誰も気づかなかっただろう。しかし宗太郎は最初からカミングアウトした。
自身の正体をさらす彼には潔さと同時に不安を感じた。尾神樹里を知らなかった人間がロミオウィンドオーケストラを指揮するだなんて、団員たちの士気に悪影響は出ないだろうか。
鮫島の不安に気づかない様子で宗太郎はスピーチを続けた。
「ここにいる人たちはロミオとなった理由が全員違うだろう。ここにいる理由も違うかもしれない。しかし入口が違っても目指す場所は同じだ。来年四月に実施される演奏会に向けて、全員で一年間の行進をしよう」
しかし宗太郎には彼なりの考えがあるのかもしれない。
いくらロミオのふりをしたとしても、どこかでボロが出ると考えたのだろうか。たしかに後から発覚するくらいならば最初から自分の口で説明していたほうがマシだろう。
「演奏が決まっている楽譜を配布する。他の数曲は全員の意見を聞いて決定する。各パートの代表者は取りに来てくれ」
全てのパートでは誰が取りに行くかで話し合いが始まった。
フルートパートも例にもれず代表者を選び始めたが、最も指揮者に近かった鮫島はフルートパートを代表して楽譜を受け取りにいった。
渡された楽譜の束には付箋が貼ってあった。その中から自分の分を取って隣のフルート奏者へと束のまま渡した。
本来ならば朝の準備の段階ですべての譜面台に置いておくはずだった。しかし宗太郎の指示によって自己紹介の後に配布することになったのだ。
きっと彼なりのサプライズなのだろう。
もちろん現時点で何の曲を演奏するか知っている鮫島は何の期待もしていなかった。
鮫島たちが話し合って提案した『シーゲート序曲』。
指揮者権限で選曲された『センチュリア』。
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