スズメとケーブル

一ノ瀬からら

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海底都市とーきょー

96と774

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 月光が強くなって、夜はずいぶんと明るくなった。
 本来、独立した集落では夜襲警戒はすべきものだけれど、こう明るくては昼間と大差ない。
 違うのは、月光の青白さが昼と夜で全く違う景色を見せることくらいだろうか。

 清潔というよりも、潔癖といった方がいい光景。一度は死んだと言われた神が見ているような気分になるから、私たちはこんな夜には殺し合わない。

「ずいぶんとまぁ、厄介なところに入ってくれたものね」

 長距離狙撃用のスコープを覗くと、3区画奥には大きな梟が止まっていた。
 先ほどは、ずっとケーブルの上を歩いていた少女がビルの中に入っていくのが見えた。
 きっと彼女は修繕士ホロスコープだ。滅多に見れるものではない希少な存在だが、あんなところに入られては、こちらもうかつに手出しはできない。

「どうしたものかね……」

 スコープから顔を離し、一息入れようとバッグを漁る。その奥から、乾燥し砕いた葉の入った袋が出てきた。
 粉をフィラーとしてまとめ、バインダー用の燻製させたハーブを巻き、その上からさらにラッパーという燃焼用の葉を巻く。
 メタルマッチとナイフの背で火をともし、その煙を口の中で転がし、ゆっくりと吐き出していく。

 紫煙というには味わいが薄く、青すぎる煙が、夜空に溶けていった。

 煙草なんて嗜好品は今の世界では相当なレア物で、多くの集落ではプランターで食用に育てているハーブやら月桂樹やらで代用品を作っていた。
 本物なんてみたら、元々ヘビースモーカーな奴は殺してでも奪うだろう。
 食べ物に困っていなくても、人間はいくらでも争う理由を持っている。

「さっきの女の子、どッスか? ほんとに予言の子?」

 一服していると、居眠りしていたクロが起きだして、浄水タンクの横から顔を出してくる。
 短髪でブロンド髪の、
 狙撃手を一人にしておいてけろっとしている観測手オブザーバーの能天気さに、私は深いため息を吐いた。

「お前さ、私の目になろうって気、ないの?」

「えー。だってナナシ先輩、両目開けて狙撃するからいらなくないッスか?」

「はぁ……」

 両目を開けるのは軍でそう教え込まれたからだ。たしかに視界を取れるうえ、力まずに狙撃ができる。
 しかし片目での索敵は不安要素を残す。だから観測するパートナーが必要なのに。

「それにしてもデカい梟ッスね。この辺じゃ見ることがない。あの子、もしかして本当に楽園から来たのかな」

「楽園、ね……」

 ほとんどが海に沈んだこの世界で、豊富な土地と豊かな生態系が作られてるっていう場所。
 誰もがそこを夢見て、こいねがい、時に旅立ち、帰らぬ人となっている。

 彼らは辿り着けたのか、それとも――。

「あっ。女の子出てきたッスよ。ッシ、これで観測手としての仕事はこなしたッスね」

「お前なぁ……」

 綺麗な金の短髪をサラリとかき上げながら、クロはしたり顔をした。
 時代が時代なら芸能事務所からスカウトもされたであろう端正な顔立ちを見ていると蹴り飛ばしたくなるので、私は再びスコープを覗いた。
 たしかに、先ほどの少女だ。何故か、着ていた服と同じ色組みのウェットスーツを着ている。

「あの子が“星見様”のいう案内人なら、そのままにしてはおけないっすよね」

「そうね……って、何してるの、あいつ!?」

 スコープの中で、少女が飛び上がるのが見えた。
 黒とピンクのウェットスーツが月光で明るみに出る。銀の髪が靡く。まるで、図鑑で見たRosefinchオオマシコのようだと思った。

「あー、飛び込んじゃった」

「飛び込んじゃったじゃないわよ! この海域には夜行性の凶暴でデカい海獣がいるんだから、今潜るなんてどう考えても自殺行為!」

「まー、たしかに。どします?」

「あの男……何を考えている……!」

 海面に狙いをつける。月光の反射でひどく見づらい。
 彼女は水中のどこにいる。価値がある、下手にもがかれて海の藻屑になられるのは困る。

「……見つけた」

 水中灯に映える桃色を視界に捉えながら、私は人差し指に力を込めた。
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