見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX

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7.とりあえずは快方へ

 夜になると、幼獣の熱は少し下がった。だが、今度は激しく泣きじゃくるようになっていた。泣き喚けるだけの体力が回復したのだとティオは少し安堵したのだが、額に触れればまだ熱い。
 調獣師が通常使用するガデューカの毒は、そこまで強いものではない。成体であれば、一日もすれば自然と体外へと排出される程の毒だ。幼体だからと言ってこうも容態が安定しないとなると、規定よりも濃い濃度の毒を罠に塗ったに違いない。

「…父ちゃ…、と、ちゃぁ…」
「タータ、父はここにいる」

 苦しげな呼吸音を響かせ、タータは小さな両手を宙に彷徨わせた。閉じた目の隙間からは大粒の涙が溢れ出している。父親が手を握るも、子供は泣き止まず、もう一方の手を動して何かを探しているかのように手を動かした。

「…かーちゃ、…母ちゃ、ん…」
「タータ」
「…やぁだ…っ、かぁちゃ…、かあちゃぁ…」

 親魔獣がもう片方の手を握るも、幼獣は一際大きな泣き声を上げて、その手を振り払った。困惑する魔獣と幼子の悲痛な泣き声に、ティオは反射的にタータの手を掴んだ。じっとりと湿った熱い手の感触に、見習い薬師は我に返った。
 ゆっくりと視線を上げれば、不快感を露にした翡翠の瞳が己を見つめ返していた。顔をしかめる魔獣に、血の気が引く。慌てて手を離そうとするも、がっちりと握り返されてしまい、振り解けない。さらに、先程まで大泣きしていたのはどこへやら、タータは目の淵に涙を浮かべたままぐっすりと眠りに落ちていた。正面から針のむしろの如き鋭い視線を感じつつ、起こさないように小さな指を一本ずつ剥がそうとするそばから、ぎゅっと強く力を込められてしまう。しまいには、ぐずられてしまった。

「…母ちゃん…」

 切ない声で紡がれた寝言に、ティオは動けなくなってしまった。

「…ご、ごめんなさい…」

 ティオは繋いだ手を見つめたまま、父親である魔獣に謝罪した。縋るかのように握られた手を振り払えない。
 これは彼の言う、に入るのだろうか、と青年は自問した。喉を噛み千切られてしまうのではないかと戦慄したが、魔獣は何も言わなかった。ティオから視線を逸らし、タータの頭を優しく撫でている。
 この家族に母親がいないことに薄々感づいていた。夜になっても戻って来る気配が一向になく、洞窟内にある器などの僅かな生活用品も二つだけだ。幼獣が罠にかかった時も、父親だけに助けを求めていた。
 死別したのだろうか。それとも、魔獣の世界にも婚姻を解消する概念があるのだろうか。ティオは疑問を持ったが、すぐにその考えを捨てた。明日、生きていられるかどうかもわからない状況で、そんなことを疑問に思っている暇はない。それに、彼らからすれば余計なお世話でしかない。現実逃避だ。
 しっかりしろと内心呟いて、ティオは己の頬を何度か叩いた。薬師の突然の奇行を魔獣は怪訝な顔で見ていたが、ティオは気にしなかった。熟睡して力の緩んだ幼獣の指から、己の手を抜き、青年は再び看病に専念した。
 献身的な看病のおかげで、朝には幼獣の容態も安定し始めた。未だ苦しそうにはしているものの、毒は抜け、意識もはっきりとしているようだった。

「…父ちゃん…」
「タータ、どうした」
「…おなか、…すいた…」

 タータは薄目を開けながらも、しっかりと己の父親を見つめている。空腹を告げる小さな音に、魔獣は安堵を堪えきれない様子でくつくつと笑いをこぼした。

「お前の好きなペッシェの実を取って来よう」

 汗で額に貼りついた前髪をかき上げ、彼は我が子の頭を撫でた。親子の微笑ましいやり取りに、ティオの緊張も和らぐ。だがそれが出来たのも束の間のことで、射すくめるような視線を向けられ、薬師の体は再び冷たく硬直した。

「貴様の匂いは覚えた。捕まえることなど造作も無い。逃げようなどと思わないことだ」

 ティオは頷いた。そんなつもりは毛頭無い。タータの看病を放棄して置き去りにするなど薬師のプライドが許さないし、疲弊のあまり逃げようなどという発想に至らない。
 信用ならないと言わんばかりに、魔獣は敵意むき出しのまま、洞窟から姿を消した。ティオはそっと息を吐いて、腕や足を伸ばした。一晩硬直しっぱなしだった体がギシギシと音を立てる。
 幼獣の足に巻きつけていた蔦を解き、傷の様子を確認する。毒のせいで水色に染まっていた皮膚はすっかり元の色に戻り、罠によってついた傷の状態も良好だった。

「うん、毒もちゃんと抜けたし、傷口の化膿も見られないね。良かった。あとは熱が下がるのを待つだけだ」

 よく頑張ったね、とティオはタータに笑いかけた。

「だっこ…」
「え?」
「だっこ」
「え、ええっと…」

 空耳だろうかと首を傾げるティオに、タータは今度ははっきりと同じ発言をした。聞き間違いではないとわかり、青年は動揺した。周囲を見回して無意識に父親の魔獣の姿がないことを確認する。言葉に詰まっている間も、子魔獣は両手をティオに向かって伸ばしたままだ。どんぐりのように丸く、目尻の垂れた大きな榛色の目が、薬師をじっと見つめている。
 潤んだ瞳に抗えず、青年は幼獣の脇の下に手を通して、その小さな体を己の腿の上に座らせた。するとタータはティオの首に両腕を回して抱きついてきた。困惑する彼をよそに、収まりの良い場所を探してもぞもぞと動いている。

「ぎゅって、して」

 幼獣の更なる要求を断れず、言われた通りに背中に腕を回して抱きしめてやる。肩に頭をもたせかける子供のふわふわとした耳が頬をくすぐる。

「名前…、なんて言うの」
「ティオだよ」
「…ふうん。オイラ、タータ。父ちゃんは、ザクセンだよ」

 父魔獣が何度も子供の名前を口にしていたので既に知っているのだが、律儀に自己紹介をするタータに笑みが浮かぶ。
 タータはティオに頬擦りして甘えてくる。体調が万全でない時に心細くなってしまう気持ちは理解できる。ただ、幼獣をこんな目に遭わせてしまったのは、自分達が探索に来たことが原因だ。懐かれて嬉しくないわけではないが、罪悪感に苛まれつつ、ティオはタータの頭を優しく撫でた。

「タータ、…ごめんな」
「…?もっとよしよしして…」

 謝罪の意味を理解出来ないティオは、気持ち良さそうにティオの手に頭を擦りつける。その仕草にまた、薬師の胸は締め付けられた。
 物音がしたかと思うと、入口らしき場所に魔獣が仁王立ちをしていた。薄桃色の丸い果実を手に、険しい顔でティオとタータを交互に見やる。彼がこの状況を快く思っている筈がなく、ティオは慌てて幼獣を引き剥がそうとした。幼体と言っても魔獣は魔獣。渾身の力で引き離そうとしても、タータはびくともしない。

「タータ、ペッシェの実を持って来たぞ」

 ザクセンは二人の傍に腰を落ち着けると、懐から小刀を取り出してペッシェの実を小さく切り分けた。ティオの胸に寄りかかったまま、タータは果実を受け取ると、ひと口で平らげた。

「うまいか?ほら」

 タータはこくこくと頷き、次の分を父親から受け取る。言葉はないが、とろけた表情が雄弁に物語っていた。実を一個ぺろりと食べ終え、二個目になると、ずいとティオの口元に差し出した。

「あーんして」

 突然のことに驚きを隠せないティオに構わず、タータは唇にぐいぐいと実を押し付け、口内に押し込もうとしている。斜め前からの強烈な視線を感じつつも、ティオは口を開けた。咀嚼した瞬間に果汁が口内に溢れ出し、僅かな酸味と濃厚な甘みの絶妙な配分に頬がとろけ落ちそうになる。

「おいしい?」
「うん、おいしいよ。ありがとう」

 にっこり笑いかけると、タータは照れくさいのか胸板に頭をぐりぐりと擦りつけた。

「父ちゃんも、食べていーよ。…取ってきてくれて、ありがとう」

 ザクセンは柔らかい笑みを浮かべて、タータの頭から頬にかけて手を滑らせるように撫でた。嬉しそうに頬を染めた幼獣は、目を細めてそれを受け入れていた。
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