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9.帰還の探索隊
「あ?ちょっと聞こえなかった。もう一回説明頼むわ。…何でティオがいねえんだっけ?」
第六階層の薬務室には殺伐とした空気が流れていた。己の机の上に行儀悪くあぐらをかくイェゼロ。その前には、探索隊のメンバーである、ネフ、ノイン、トウツ、リンクスが顔を強張らせて立っている。その背後には、彼らの上司であるゼルヴェストルとイヴァハが控えている。
イェゼロはこれ見よがしに指で耳をほじくって見せた。ゆらりと構えているものの、全身に纏った雰囲気は殺気に満ちている。
「…も、森の中ではぐれて…」
「何で?何ではぐれんだよ。一列に隊列組んでたんだろ?」
「ティオは、最後尾やって…」
「ティオが最後尾?は?何で?ここは普通、リンクスかトウツが殿を務めて、メンバーに気を配るべきだろ。それで、ティオがいないと分かった時点で、周囲を探すべきだろ」
「…あ、き、霧が濃くなって、視界も悪くなってきてたので…」
「あ?視界が悪いだあ?ネフとノインは何してやがった。魔獣で匂いなり気配なり追えなかったのかよ。テメーらご自慢の魔獣も大したことねえなあ、おい?」
イェゼロの問いに、誰も返事をすることが出来ず、ただ俯くだけだった。その態度が第六階層の主に火を注ぐ。
「テメーら、本当はティオのことをうざったく思ってたんだろ。魔獣も扱えない、腕力もない、あるのは植物の知識だけ。はっきり言って足手まといでしかねえもんな?だからティオがいなくなっても探そうとせず、大した収穫もねえ癖に、怖気づいてのこのこ自分達だけ尻尾巻いて帰ってきたんだろ」
「イェゼロ」
「テメーらが大事にしてる命、ここで奪ってやろうか?あ?」
どこからともなく、長く太く鋭い棘をびっしりと生やした植物が室内に現れた。その棘は鋼鉄のような色で、見るからに強度がありそうだった。拳大ほどの太さの棘に刺されれば、体に穴が開くことは容易に予想できる。眼前に迫る植物に、四名は恐怖で顔を引き攣らせた。
「イェゼロ、落ち着くんだ」
ゼルヴェストルに肩をつかまれたイェゼロは、彼を睨みつけた。
「落ち着いてられるかよ。愛弟子が一人で森の中に取り残されたってぇのに!」
「…気持ちは分かる」
「ハッ、軽々しく言ってくれるぜ。森の中の様子を知りたくても、テメーらの部下が持ち帰った情報は何の役にも立たねえし、今すぐにでも助けに行きてーのに森の入口は閉じちまってる!そんな俺の気持ちが分かるだと?笑わせんなッ!」
薬師の鬼気迫る表情に、第九階層の主は何も言えなかった。
「黙って聞いてりゃ、さっきからゴチャゴチャうるせェなァ…」
扉の傍で腕を組んで沈黙を守っていたイヴァハが、溜め息を吐きつつゆらりと動いた。
「俺様とゼルヴェストルの部下ばっか責めてるが、テメェにだって責任があるんじゃねェか?」
「何だと?」
「そんなにその弟子が可愛いんなら、探索隊に参加させず手元に置いときゃ良かっただろが」
「イヴァハ」
「強い奴なら、もしかしたら入口が開くまで生き残れるかもしれねェ。だが、テオだかなんだか言う奴は、聞くに自分の身すら守れねェ軟弱野郎らしいじゃねェか」
イヴァハは、諫めようとするゼルヴェストルを押しのけ、イェゼロに詰め寄る。イェゼロも、図体のでかいイヴァハに臆することなく、彼を睨みつけた。
「危険は覚悟の上だったろ。失うのが嫌なら、どうでもいい奴を推しゃあ良かったんだ。テメェの罪をこいつらに転嫁してんじゃねェよ。それでも九貴族の一人かよ、みっともねェ」
「イヴァハ、お前、俺の立場でも同じように思えるのかよ」
「ああ、勿論。それで死ぬならそこまでの奴ってこった。この世界は実力主義だろ。弱ェ奴に生きる価値なんかねェんだよ」
ハッ、と鼻で笑うイヴァハの態度は、イェゼロの神経を逆撫でした。薬務室の壁から鋭い棘にまみれた蔦が生えたかと思えば、あっという間に室内を覆ってしまった。獰猛な食肉植物が牙をカチカチと鳴らしながら、噛みつかんと威嚇する。
ただでさえ、薬師の殺気にあてられて怯える四名の若者は恐怖に顔を引き攣らせた。
「それ以上罵倒してみろ…イヴァハ、お前を植物の餌にしてやる…」
「ハッ、面白ェ!やれるもんならやってみやがれッ!」
その言葉を待ってたと言わんばかりに、イヴァハは背中に背負っていた大剣を抜いた。その顔には笑みさえ浮かび、獣のような犬歯が覗く。
二人の目は瞳孔が開き、互いを睨みつけていた。
「良い加減にしないか二人とも!」
ゼルヴェストルの恫喝に二人は動きを止めた。否、止められていた。
彼らの背中には、それぞれ異形の猿が乗っていた。四本もの長い腕を持ち、二本の腕で口元を覆い、相手に手出し出来ないようにもう二本の手で腕を拘束していたのだ。イヴァハが力づくで振り払おうとするものの、猿の腕は長く伸びて彼の体に巻きつき、拘束を強めた。
「君達が争ったって、どうしようもないだろう」
額に手をあて、ゼルヴェストルは大きく溜め息を吐いた。顔を真っ赤にして憤慨する、第七階層の主は鼻息荒く彼を睨みつける。イェゼロは抵抗しても無駄だと踏んだのか、脱力してされるがままになっていた。
「イェゼロ、……取り敢えずは、森の入口が開くのを待とう。捜索隊を派遣するかどうかはそれからだ。それまでは、ティオのことを信じるしかない」
「…っ」
イェゼロは苦痛に顔を歪めた。彼自身、そうすることしか出来ないことは承知しているようだった。歯痒いと言わんばかりに拳を強く握り、やがて頭を垂れ、力なく頷いた。
ゼルヴェストルは使役魔獣に二人の拘束を解かせると、イェゼロの肩に手を置いた。
「…陛下にも相談をして、出来る事は何でもやっていこう」
「…ああ」
俯く彼を残して、ゼルヴェストルは喚くイヴァハと部下達を促して退室した。
「イヴァハ様、ありがとうございました!」
「あア?」
廊下に出るなり、リンクスは己の主の後を小走りで追いかけた。何のことだ、とイヴァハは振り返った。
「俺達を庇ってくれて…イヴァハ様の言うことはもっともで、胸がスカッとしました!」
「ホンマ。自分の身も守れへんのに、参加するのがそもそもおかしかったんですわ」
リンクスの隣に並ぶトウツだけでなく、ネフやノインも同意するように頷いている。イヴァハは二人の部下を静かに見下ろしたかと思うと、おもむろに彼らの首を手で掴んだ。手に力を込め、ギリギリと締め上げながら腕を上げれば、いとも簡単に彼らの体は地面から浮き上がった。
「気に入らねェな…。俺様は、イェゼロにも責任があると言っただけで、お前らに責は無いと言った訳じゃねェ」
「で、でも…イヴァハ様も、弱い奴が死ぬのは自業自得、って…!」
「あア」
「なら…っ!」
「第七階層の兵士なら、離れていく薬師見習いの気配くれェ瞬時に察しねーかァッ!」
苦しさに顔を真っ赤にさせながらも、必死で弁解する部下を、イヴァハは一喝して黙らせた。
「何の収穫も無く、魔獣の殺気に怖気づいておめおめと逃げ帰ってきやがって……情けねェ…。俺の元にいる奴が皆お前らみてェな愚図かと思われるじゃねーか、アァッ!?」
額に血管を浮き上がらせる程に激昂するイヴァハは、そこで手を離した。意識の飛びかけていたリンクスとトウツは床の上に崩れ落ち、うずくまった状態で激しく咳き込んだ。彼らを冷たい目で見下ろし、反吐が出ると吐き捨てたイヴァハは部下をその場に置き去りにしたまま、廊下を歩いた。
「やれやれ、イヴァハにも困ったものだ…。自分の部下を殺す気かい、全く。君達、大丈夫かい」
ゼルヴェストルは溜め息を吐きつつ、リンクスとトウツの腕を掴んで彼らを助け起こした。そして、イヴァハの言動に怯えて硬直しているネフとノインを一瞥する。
「とは言え、僕もイヴァハと思う所は同じだ。君達は、調獣師の代表として選ばれたと言うのに、第九階層の評判を貶めた。たった一人の薬師見習いがはぐれたことさえ気づけなかった調獣師と、誰が働きたがる?」
王弟の静かな言葉は、その場にいた全員に突き刺さった。彼らは何も言い返すことが出来ず、ただ俯き下唇を噛んでいた。
*
「クソッ」
イェゼロは薬務室で一人、悪態を吐いた。椅子にどかりと身を投げ出す。天を仰ぎ、天井を見つめる。
イヴァハの指摘はもっともだった。返す言葉も無い。
だが、イェゼロとしては可愛い大事な弟子だからこそ、今回の探索に参加させた。この貴重な経験を糧とし、更に成長して欲しいという親心だった。だが、結果それが仇となり、ティオは深淵の森に一人閉じ込められることになってしまった。責められるべくは、リンクス達ではなく自分だ。入口が開いているのであれば、己一人ででも探しに行くと言うのに。後悔だけが溢れて止まらない。
「まず…」
飲みかけの香茶を啜る。すっかり冷え切ってしまったそれは、味気ない。ティオの淹れた香茶が心底飲みたかった。
「あー、くそっ」
イェゼロは茶器を机に叩きつけるように置いて、立ち上がった。
しけた面をしていても仕方がない。ゼルヴェストルの言う通り、今はティオが生きていることを信じるしかないのだ。そして自分は、入口が再び開いた時に迅速に動けるように準備をしなくてはいけない。その為には、まず王に伺いを立てなければ。
「ッデェ!」
善は急げとばかりに勢い良く扉を開くと同時に、何かにぶち当たる。何事かと思い、扉の裏を覗いてみれば、頭を抱えてうずくまるソルダートがいた。
「何してんだ、お前」
「あ、あの、イェゼロ様すみませんっ!お怪我とかないですか!?」
「いや、お前の方が大丈夫か」
「大丈夫です、俺、石頭なんでっ」
強がるソルダートの目には涙が滲んでいる。強がっているのが丸分かりだった。
何か用か、と尋ねると、彼の顔が強張った。
「あの、…ティオは」
「…森の中に取り残されたままだ」
「さ、探しに行きますよね!?俺、絶対ティオは無事だと信じてるんです!あいつ、見た目の割りに根性あるし、簡単にくたばるような奴じゃないんです!それに、…イェゼロ様のことも慕ってるし。だから、その、…ティオのこと、諦めないでやってもらえませんか」
言葉は柔らかいが、イェゼロを見る眼差しは真っ直ぐで力強い。意志の強さと愚直さを感じさせる。ティオがどうしてソルダートに惚れたか、イェゼロはなんとなく分かった気がした。
「当たり前だ。これから陛下に直訴しに行くつもりだ」
「陛下に…?」
「ああ。弟子の捜索には自分を行かせてくれってな」
イェゼロの言葉に、ソルダートの表情が輝く。
「その際は、是非俺もご一緒させてください!絶対に役に立ってみせます!」
「頼むぜ」
イェゼロの顔にようやく笑みが戻る。彼は、愛弟子の意中の相手である兵士の肩を力強く叩いた。
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