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18.火を囲んで
狩りから洞窟に戻ってくる頃には、ティオは疲れきっていた。腕に抱えた魔獣の死骸や道中採取した野菜やら薬草やらを地面に置けば、疲労がどっと全身を襲う。イェゼロの元では肉体労働をする機会はほぼなく、こんなにも重い物を運ぶのは初めてだった。ぱんぱんに張った腕と足に、明日はきっと強烈な筋肉痛に見舞われるだろうと彼は思った。それに自分のせいで狩りを失敗させることは出来ないと終始気を張っていたせいで、精神的にもギリギリだった。
地面に手と膝を突き、肩で大きく呼吸をするティオの隣をタータとザクセンがこともなげに通り過ぎていく。タータは体が小さいにも関わらず、重さを一切感じさせずに小柄なレプレを二匹担いでいる。疲れた様子さえない。片腕しか使えないはずのザクセンも、飄々とした顔でティオの倍以上の量を運んでいる。
「ティオ、大丈夫?」
タータが、明らかに元気のないティオの顔を覗きこむ。先程まで不機嫌だった子狸だが、機嫌はすっかり良くなったようだ。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。狩りをするのは初めてだったから、びっくりして力が抜けちゃって…」
「じゃあ、ティオは休んでて!オイラがこれ、運んであげる!」
快活な笑みを見せた子供は、ティオの分の荷物を軽々と持ち上げた。申し訳なさを感じつつ、ティオは軽快に走るタータの後ろをついていく。ザクセンは薪を集めると、ふっと軽く息を吹きかけた。たったそれだけで薪が勢い良く燃え始める。火の前に腰を下ろし、ティオは息を吐いた。
「オイラ、今日もティオのごはん食べたい…」
隣に座ったタータが、疲れてるのにごめんなさい、と眉を垂れる。
「自分の分を作らなきゃいけないし、一人分を作るのも二人分を作るのも変わらないよ。気にしないで」
青年は子魔獣の頭を撫でた。彼の気遣いが嬉しかった。
とは言え凝った物を作る気にはなれず、ティオは献立を汁物に決めた。材料を切って煮込むだけで良いし、消化にも良い。鍋などの器具を準備し、採ったばかりの根菜類を切って、水を入れて火にかける。野菜が柔らかく煮える間に、小刀を手にレプレに向き合う。
食べる為に、何度も魔獣を解体した。だが、小刀の刃が肉にめり込む感触や命を切り刻む行為は、何度やっても慣れることが出来ない。今日は特に、狩りの手伝いをしたせいで精神的ダメージが大きい。生気のない空ろな目が自分に向いていると思うだけで、酸っぱい胃液が喉までこみ上げる。
「おい」
刃物を握ったまま動けないでいると、声をかけられる。振り返ると、ザクセンが立っていた。
「貸せ。俺がやる」
驚きのあまり脳が思考停止してしまい、放たれた言葉への理解が追いつかない。差し出された手と魔獣の顔を交互に見るばかりで何も言えないでいると、焦れた彼に小刀を奪われてしまう。退け、と言わんばかりに距離を詰めるザクセンに、ティオは大人しく場所を譲った。
「押さえてろ。片手じゃ切れん」
尚も口を開けて呆然とするティオに、ザクセンは冷たい一瞥を寄越した。そうして漸く、青年は慌ててレプレを両手で押さえた。
大狐が刃を滑らせ、レプレの腹を裂く。中から臓物を取り出し、毛皮を剥いでいく。その工程は流れるように素早く、的確だった。思わず見蕩れてしまう程鮮やかな手際に、つい先程まで吐き気を催していたことなどすっかり忘れてしまう。彼はいつもそのまま食べることが多く、こんなにも捌くのが上手いのは新発見だ。
「これでいいか」
「最高です…っ!こんなきれいに…!」
レプレの肉は骨からも無駄なく丁寧に削がれ、各部位ごとに切り分けられていた。職人技としか思えない見事な腕前に、ティオは感動していた。ザクセンを見上げれば、無愛想な顔で小刀をティオに差し出してくる。だがその愛想のないむすっとした表情も、なんだか照れているように思えて、薬師は思わず微笑んでいた。
お礼の言葉と共に小刀を受け取り、ティオは肉の塊を一口大の大きさに切り刻んだ。鍋の中へと投入し、匂い消しのために香草を手で千切り入れる。調味料で味付けし、煮込んでいると食欲をそそる匂いが洞窟内に広がっていく。
腹の虫をぐうぐう鳴らすタータに笑いを漏らしつつ、ティオは出来上がった汁を器によそう。
「熱いから、ちゃんと冷まして食べるんだよ」
湯気の立つ器を手渡ししながら、頬を染めて顔を輝かせるタータへの忠告は忘れない。子狸が小さな口を大きく膨らませて息を湯気に吹きかけるのを確認して、ティオはザクセンを横目で見た。彼は座っているだけで、折角獲って来たレプレの生肉に手をつけようとしない。もしかして、昨夜のように料理を食べてくれるのだろうか。
そんな淡い期待を胸に、器を差し出す。
「…ザクセンさんも、いかがですか?」
魔獣の視線が、汁の入った器に注がれる。二人の沈黙の間に、「おいしーいっ」とタータの元気な声が割り込む。狐の注意が息子に向く。子狸は肉を、はふはふと口を開けて冷ましながら食べている。
ザクセンの腕が伸びてきて、器を受け取る。彼はしばし汁を凝視したかと思うと、息子を真似て木製のスプーンですくった肉を口の中に入れた。静かに肉を咀嚼する彼を、タータもまた手を止めて見上げている。
「父ちゃん、おいし?」
「…ああ、うまい」
「でしょ、でしょ!ティオの料理、なんでもおいしいんだよ!でも、今日はみんなで食べてるから、いつもよりずっとおいしい!」
器に口をつけて汁を啜る父親に、子狸は満面の笑みを浮かべた。まるで自分のことのように喜んでくれるタータが愛おしい。
慣れない狩りに同行してティオは疲労困憊だったが、ザクセンが料理を食べてくれたことが嬉しいあまり、疲れなどすっかりどこかに飛んで行ってしまっていた。
食事を終える頃になると、タータはザクセンの膝を枕にぐっすりと眠り込んでいた。
「機嫌が直って良かった」
片付けも終えたティオは、優しくタータの頭を撫でた。安らかな寝顔の子狸に、自然と顔に笑みが浮かぶ。
我が子に視線を落とすザクセンは、頷いてティオに同意を示した。
「…礼を言う」
「え?」
「タータの機嫌が直ったのはお前のおかげだ」
大狐の言葉に、青年は驚きに目を見開いた。そんなはずはない、と咄嗟に口に出すも、酷くどもってしまう。
「俺だけでは、きっと今もタータはむくれていた。俺がドジを踏んでこんな怪我を負ったことに対してな。泣き喚いていたかもしれんな。身動きさえ取れず、腹を空かせて途方にくれていたはずだ」
タータの体を撫でていたザクセンが顔を上げ、ティオに苦笑する。彼の柔らかな視線に、薬師は鼻の奥がツンとするのを感じた。
自分がいたからだと、手放しに賛同は出来ないが、少しでも役に立てたのであればこれ程に嬉しいことはない。
「あの…、お二人の家を守る為に夜中に出かけているとタータから聞きました。それはどういう…」
いつになく穏やかなザクセンの雰囲気にあてられ、ティオは疑問を素直にぶつけていた。口にしてから我に返り、途端に血の気が引く。彼らの事情に首を突っ込んで、良い顔される筈がない。だが、タータの気持ちを思えば、見て見ぬ振りをすることも出来ない。
ティオは自然と正座し、体を縮こまらせた。せっかく彼の態度が軟化したというのに、これが原因でまた距離が、壁が出来てしまう。寂しい。
ザクセンの顔を見れず、薬師は眠る子狸をじっと見つめていた。
「……ジェコの力で洞窟を隠しているが、それでも力の強い魔獣や敏い魔獣には気づかれる。それに群れを追われた魔獣が近くに縄張りを構えることもある。タータが一人でも安全に外を出歩けるよう、可能な限り危険は排除したい。俺が常に傍にいてやれれば一番良いのだがな…なかなかそうもいかん」
問いに対する答えが返ってきたことに驚き、ティオは顔を上げた。ザクセンは相変わらず息子を撫でている。
「…その理由をタータには、言ってないんですか…?」
「親の贔屓目を抜きにしても、タータは優しい子だ。理由を話せばきっと不必要な罪悪感を負い、洞窟から一歩も出なくなるだろう。俺は、タータには伸び伸びと育ってほしいんだ」
優しさに満ちた理由に、ティオは何も言えなくなってしまった。
父子は互いのことを思い合っているのに、どこかすれ違っている。大切に思うあまり、本音を言えないでいる。
ザクセンとタータそれぞれの気持ちが理解できるだけに、胸が苦しくて仕方が無かった。
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