見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX

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22.提案

 翌日からティオは今までに採取した植物をかき集めて、調薬や実験に没頭した。これまでに手持ちの小さな手帳に書きとめていた、植物や魔獣の特性を見直し、掛け合わせてみる。

「ティオ、あそぼーっ」
「わあっ」

 タータが飛びついてきた時、ティオは溶解液を調合している真っ最中だった。手元がぐらついて、液が数滴、地面に落ちる。ジュウウと音を立てて土が溶けるのを目の当たりにして、タータは石のように固まった。

「こら、危ないよ。後で遊んであげるから、向こうでおとなしくしてて」

 ティオは固まったままのタータを抱き上げ、離れたところで降ろした。頭を優しく撫でられて我に返った子狸は、作業に戻る薬師見習いを目で追う。じっと見つめてみるも、ティオは全く振り返らない。タータは諦めて一人で遊ぶことにした。
 ジェコと追いかけっこをしたり、魔獣の骨にじゃれたりして遊んでいたタータだったが、早々に飽きてしまう。洞窟の入口に視線をやるも、狩りに出かけた父親が戻ってくる気配はない。来る日も来る日も放って置かれ、タータはふくれっ面になってしまう。
 近づくことすら禁止されているため、子狸はうつ伏せの状態でティオが作業を終えるのを待った。これまでザクセンが不在の間は一人で遊んでいたというのに、今ではどうやって遊んでいたのか全く思い出せない。それだけティオと一緒に遊ぶのが楽しいのだ。

「ティオ、やっぱりずうっとここにいてぇ…」

 子狸の小さな呟きは、彼を襲う睡魔のせいで音を成さなかった。
 それからタータが目を覚ましたのは、洞窟内に充満する良い匂いに鼻腔をくすぐられたからだった。目を閉じたままで黒い鼻を震わせて起き上がる様が可愛らしく、ティオは調理しながら笑った。
 三人で仲良く食事を取った後、ティオは実験の成果をザクセンの眼前に並べた。腹が膨れて満足したらしいタータは、仰向けの状態で青年の膝の上に寝転がっている。

「俺に出来ることがないか、ずっと考えてた」

 ティオの顔は真剣そのものだ。だが、その手は丸っこく膨れた子狸の腹を優しく撫でている。

「これは、ユーディコの強力な分泌液に毒性のあるサルラの汁を混ぜて溶解度を高めたものを、インドラの胃袋に包んだ。衝撃を感じると胃袋が弾けて、中身の溶解液が飛び散る仕組みになってる。それで、こっちはヴァンピアの細胞片をハノアの植物に組みこんだ。これも衝撃を感じると無数の刺が飛び出すように改良した。もちろん、刺の先には毒を注入してる。どうかな!?」
「……どう、とは」

 問いかけられ、ザクセンは何を求められているのかわからず、目を瞬かせた。

「ザクセンさんは炎を扱うって言ってたけど、基本は接近戦だよね?そうすると少なからず怪我をしてしまう。だから、一定の距離を取りながら戦える、飛び道具的なものを作るのはどうだろうと思って。非力な俺やまだ小さいタータが身を守る道具としても活用できると思うんだ。……あ、そうだ炎と言えば、インドラの胃袋に揮発油を詰めて炎の威力を倍増させるのもいいかな?でも、周囲の木々にも燃え広がりすぎちゃって、逆に危険かも…」
「おい、待て」
「ザクセンさんはどう思う?こんなのがあればいいなって思うもの、ある?」
「いいから、止まれ。俺の話を聞け」
「うん!何でも言って!」

 突っ走って、自分の世界に入りこもうとするティオをザクセンは慌てて引き止めた。瞳をきらきらと輝かせ、いつになく饒舌に話す青年に、大狐はため息を吐いた。こんな一面があるのかと意外に思うのと同時に、何故だかどっと疲労を感じる。
 腹を撫で続けられたタータは、薬師見習いの膝の上ですっかり眠りこけている。

「この間の話を気にしているのだろうが…俺とタータの問題だ。お前には関係ない。このようなことをする必要はない」
「うん、わかってる。赤の他人の俺が首を突っ込んでいい問題じゃないって。…でも、二人のことを知ってしまったからこそ、黙って指を咥えていられないんだ」

 ザクセンは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

「狼への復讐を止める気なんてさらさらない。倒さない限り、いつまで経ってもザクセンさんとタータは狼の脅威に怯えて暮らさなきゃいけない」

 ティオはそこで一呼吸を置き、安らかに眠る子狸を見下ろす。

「俺、ザクセンさんがタータを大切に思う気持ち、分かるよ。素直で良い子で、元気に走り回る姿をいつまでも見ていたいと思う。泣き虫で甘えたなところも愛おしい。タータの平穏を守れるのなら、どんな苦難も乗り越えてみせるって思ってしまう」
「ああ」
「でも俺、ザクセンさんの良いところも知ってしまったから。言葉は厳しいけど、根っこの部分は本当はとても愛情深くて、優しいところ。互いのことを一番に思い合っているのが、とても羨ましい。俺は人間だった頃もみなしごだったし、家族に憧れてた。理想の親子ってきっとザクセンさんとタータのことを言うんだろうな、って思う。だから俺は、ザクセンさんとタータの二人を守りたいんだ」

 固い意志のこもった瞳に、ザクセンはどきっとした。彼が啖呵を切って懇願をすることが何度かあったが、強い眼差しにどうしようもなく惹かれる自分がいる。活き活きとした生命力にあふれて、美しいとすら思う。

「…まあ、俺ができることなんて微々たることだけど…」

 一瞬の内に、眉尻は垂れ下がり、自信なさげないつもの姿に戻る。
 ザクセンは無意識に残念だと思った。もう少しあの眼差しを見ていたかった。

「好きにするといい。…揮発油の案も検討してみよう」
「あの、罠とかも仕掛けたいんだけど」
「…それも好きにしろ」
「あ、ありがとうっ!俺、頑張って役立つもの作るよ!」
「程々にな」

 ティオの罠の提案にザクセンはたじろいだ。だが、やる気に満ち溢れた笑顔を目にして、まあいいかと頷く。
 青年の大きな声に、タータが目を覚ます。あくびをしつつ、短い前脚でごしごしと目を擦っている。

「…お話、終わった…?」
「終わったよ、待たせてごめんね」
「んん…じゃあ次はオイラと遊ぶ番…」
「うん、いいよ」

 どんぐりのように大きな目をぱっちりと開き、タータは嬉しそうに飛び跳ねた。ザクセンから許可を得たティオもはしゃいでいる。テンションのおかしな二人を横目で見つつ、大狐はひっそりと溜め息を吐いた。
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