見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX

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32. 師匠と弟子

「ちょっと散歩って時間じゃねえよなあ、ティオ」
「師匠…」

 イェゼロの真剣な表情に、ティオはたじろいだ。怒っているのが全身から伝わってくる。

「ティオ、柵を戻せ」
「…っ」
「聞こえなかったか、戻せっつってんの」

 薬師見習いの青年はためらったが、師匠の圧力に逆らえずに、言われた通りに騎獣の柵を戻した。
 ティオはソルダートを見た。明日にはタータを帰すからと伝えていたのに、と思わず責める気持ちになる。

「言っておくけどソルダートは何も漏らしちゃいねえよ。むしろその逆だ」
「じゃあ、どうして…」
「どうしてバレた、ってか?ばあっか、俺に隠し事出来ると思ってんのか。屋敷中に植物張り巡らせてんの忘れたか。屋敷内で不審な行動取ってりゃ気づくっつの」

 うかつだった、とティオは下唇を噛んだ。

「ティオのオシショウ…」
「うん?」

 青年の足元では、タータが瞳をきらきらと輝かせてイェゼロを見上げていた。熱い尊敬に満ちた眼差しを受けて、イェゼロの注意がティオから逸れる。騎獣舎に流れる不穏な空気を、子狸だけは何とも思っていないようだった。

「お、チビが噂のタータだな?」
「ティオが、オシショウのこと、すごいって言ってた!本当にそうだったんだ!でも、オイラ信じてたっ。オシショウはすごいから、絶対ティオのこと助けてくれるんだって!洞窟のまわりに植えた、ヴァンピアも、オシショウが作ったって!」
「そうそう。俺ってば才能の塊だからなー、大抵のこと何でも出来ちゃうんだよ」
「おおっ、すごい!さすがオシショウだ!」

 タータはまるでヒーローに会えた子供のように興奮していた。その証拠に、もふもふとした尻尾が左右に大きく振れている。
 幼獣から純粋な気持ちで褒めそやされて、イェゼロも満更ではないようだった。照れくさそうに後頭部を掻いている。おかげで、彼が纏っていた怒気が薄れた。
 ティオは師匠と子狸の間に立った。イェゼロの視界からタータの姿を隠す。

「…なあ、ティオ。俺は別に怒ってるわけじゃねえ」

 肩掛けカバンの紐を強く握りこむ両手が震えているのを見たイェゼロは、大きく息を吐いた。

「相談の一つもないことが、すげえ悲しいんだよ。俺はお前の師匠なのに、頼ってくれねえのか、って」
「俺も…。ティオが何か思い詰めてるのは分かっていた。でも詮索するのもどうかと思って、ティオから打ち明けてくれるのを待っていたんだ。俺達は、親友だろう?何でも言ってくれてよかったんだぞ」

 二人の声は優しかった。途端にティオの心の中は罪悪感でいっぱいになった。涙がこみあげてしまう。

「師匠っ、ごめ、ごめんなさいっ…。おれ、俺…森にいたときは、師匠とソルダートに会いたくて、いざ本当に会えたときは、…すごくうれしくて、安心したのに…っ。今度は、ザクセンさんとタータのことが…頭から離れなくなって…。俺には親がいないから分からないけど、…ザクセンさんとタータを見てたら、理想の親子ってこんな感じなのかな、って……そうしたら、俺もその輪に入りたくてたまらなくなった…っ。二人と、家族になりたい…っ!」

 ずっと胸の内で焦がれていた思いを一度口に出すと、もう留まることを知らずにあふれ出す。
 ティオの足元では、ティオ泣かないで、と人型のタータが彼の腰に手を回して抱きしめている。

「つれねえこと言うなよ。ティオ、俺だってお前のことは家族だと思ってる。頑張り屋の息子だってな」

 罪悪感と自己嫌悪に押しつぶされ、ティオはその場に膝から崩れ落ちた。イェゼロとソルダートが自分のことを心底心配してくれていたのは、十分すぎる程に伝わってくる。それなのに、自分はそれだけでは満足できずに、ザクセンとタータの元へ帰り、家族になることを願っている。今の自分が置かれている状況がどれほど幸福なことなのか、頭ではきちんと理解しているのに、際限のない己の浅ましい欲望に反吐が出る。
 イェゼロが近づいてくる気配を感じる。ティオはしゃくりあげながら、ただただ謝罪するしかなかった。

「オシショウ…、ティオのこといじめないで」
「だよな。家族を泣かせちゃだめだよな」

 戸惑った様子のタータの声に、イェゼロは苦笑いを漏らした。小さな子狸の頭を手でかき混ぜるように撫でる。

「ティオ、わかってると思うが、森に戻れば常に危険がつきまとうぞ。今回みたいに、運良く俺が居合わせることもきっとない」
「わか、って…ます。覚悟の上、です」
「…きっとお前のことだ。色々考えて悩んだうえで出した結論なんだろ」

 イェゼロは地面に膝をつき、己の弟子を抱きしめた。ティオは突然のことに目を白黒させている。

「し、しょ…ぅ…?」
「言っただろ?お前を息子のように思ってるって。家族だからこそ、お前が決めたことなら、全力で応援する」
「ティオ、俺もだよ」

 ソルダートの温かい体温を背中に感じる。申し訳なさと感謝の気持ちで、ティオの胸は張り裂けそうだった。

「ししょ…ごめ、なさっ…。俺、俺…ふがいない弟子で…ずっと…っ。まだ、何も…恩、返せてないっ…のに…!」
「ばーか、いつもうまい香茶いれてくれたろ。それで十分だ」
「ソルダートも…、俺…友達以上に見てたのに…気持ち悪いはずなのに、ずっと変わらず…っ友達で、いてくれた…っ」
「ううん、気持ちに応えられないのに、傍にいてごめん。きっと、苦しめてたよな。俺こそ、良き友人でいてくれてありがとう」
「えっ何だよ、いつの間に玉砕してんだよ」
「ううー…っ!」

 ティオはデリカシーのないイェゼロの肩に顔を擦りつけ、涙と鼻水まみれにしてやった。それに気づいたイェゼロはケタケタと笑う。

「ティオ、出発は明日の朝にしろ。夜は危険だし、もうこそこそ出ていく必要もないだろ」

 第六階層の主の一言に、四人はティオの部屋へと戻った。すっかり目がさえていた一行は、イェゼロの要望によりティオが入れた香茶を堪能した。香茶を初めて飲むタータは、ミルクと蜂蜜を混ぜたものをいれてもらい、そのおいしさに顔をとろけさせた。

「タータ、そう言えば、どうして一人で来たの?ザクセンさんが一人で行くように言ったのか?」
「んーん、父ちゃん本当はティオを迎えに行くこと、反対してたの。タータと父ちゃんと、ティオは住む世界が違うからって。ティオはオシショウたちといるほうが幸せだって言うんだ」
「そう、か…」

 ティオの膝の上で、タータは焼き菓子を頬張りながら、ぷんぷんと怒っている。口の周りには菓子くずをたくさんくっつけている。
 ザクセンが自分が森に戻るのを快く思ってないかもしれないと知って、声が沈んでしまう。予想はしていたし、それも覚悟のうえで彼を説得するつもりだった。だが、いざタータから話を聞くと、決心が揺らぎそうになる。

「でもね、父ちゃん素直じゃないんだよ。本当はティオに戻ってきてほしいの、オイラ知ってるもん。ティオの荷物の匂い、くんくんしてるし、じっと見つめてるもん。それもね、オイラが眠ってるときにこっそりしてるんだよ!」
「まあ、大丈夫だろ。ザクセンってやつ、俺にもティオのことを大切な存在だって言ってたし。な、ソルダート」
「はい。ティオのことを本当に心配そうに見てた」
「えっ、師匠とソルダート、いつザクセンさんと会ってたんですか?」
「あー、瀕死のお前が森の入り口に倒れてたっていうの、あれ嘘な。人の姿したザクセンがお前のこと抱えててさ、直接預かったんだ」
「父ちゃんも、オシショウに会ったって言ってたよ」
「ええっ」
「しゃあねえだろ。本当のこと話して、お前が森に戻るとか言い出しちまったら困ると思って。明らかに気もそぞろだったしよ。まあ、嘘をつこうが効果はなかったけどなー。結局森に戻って行くんだし」

 全く悪気もなくのたまうイェゼロに、思わずあんぐりと口を開く。ザクセンに、大切な存在と言われてうれしいはずなのに、師匠の嘘の方が衝撃で頭に入ってこなかった。
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