見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX

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34. しばしの滞在

ティオとザクセンが洞窟の外に出ると、そこにはタータとソルダートの姿しかなかった。向かい合った状態でしゃがみこみ、土いじりをしている。

「父ちゃん、ティオ!」

 タータは父親と青年に気がつくなり、満面の笑みを浮かべて走ってくる。ザクセンは彼の脇の下に手を通し、抱き上げた。

「全く…お前は父を心配させる天才だな」
「ごめんなさい、父ちゃん…。ひどいことも言ってごめんね」
「もういい、反省してるようだしな」

 しゅん、と落ち込む息子の頭をザクセンは撫でた。子狸は父親が怒っていないことに安堵しつつ、甘えるように肩に顔を擦りつける。

「あれ、師匠は?」

 ソルダートに問いかければ、困ったような笑みが返ってくる。

「おっ、終わったかあ?」

 声を聞きつけたイェゼロが、茂みから勢い良く姿を現した。頭や服には葉や小枝がいっぱいついている。待っている間、本来の目的そっちのけで一人採取を満喫していたらしい。むしろ、彼はこれが目的だったのかもしれない。肩からさげたカバンは、はちきれそうなほどに膨らんでいる。

「んで?話はまとまったのか?」

 ティオは笑顔で頷いて、ザクセンの腕の中のタータに視線を移した。

「タータ。俺、ザクセンさんとタータと家族になるよ」
「ほ、ほんとうに!?ティオ、オイラの母ちゃんになってくれるの!?」
「うん」
「やったああっ!」

 頬を紅潮させたタータは小さな両手を天に突き上げて、喜びを爆発させた。母親になる、というのは少し気恥ずかしいが、子狸の喜ぶ様を目にして純粋に嬉しくなる。

「よし、帰るぞ。ソルダート、ティオを騎獣に乗せろ」
「はい」
「え、え?師匠?」

 ティオはソルダートに手を引かれ、騎獣の元へ導かれる。その後ろではザクセン父子もどういうことかと目を白黒させている。

「お前をこのまま残していくわけねえだろ。俺、言っただろうが、お前完治してねえって。しかもまた傷口開いてっし。お前を嫁に出すのは、完全に治ってからだ」
「よ、嫁って…!」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にするティオを無視して、イェゼロは騎獣の背中にまたがった。その目は真っ直ぐ、ザクセンに向けられている。

「完治にはまだしばらくかかる。お前とタータも一緒に来い」
「だが…」
「お前達と離しておくと、ティオが落ち着いて療養しねえんだ。頼む。俺の権限において、お前達父子の身の安全は保証する。一緒に来てくれ」

 ザクセンは騎獣の背に乗せられた青年を見た。不安そうに、表情が曇っている。その顔が、離れたくないと物語っていた。
 魔獣の本能が、住人だらけの屋敷に足を踏み入れるのは危険だと告げる。だが、ティオの前では魔獣としての習性よりもザクセン個人としての気持ちが勝った。
 それに、イェゼロは約束通りにティオの命を救ってくれた。彼の要請を拒めるはずもない。
 ザクセンは了承し、我が子をイェゼロがまたがる騎獣に乗せると、狐の姿に変化した。

「おお、かっこいい…」
「でしょう?」

 魔獣の姿を初めて目にしたソルダートが思わずこぼす。誇らしげに同意するティオに、少し気恥ずかしくも嬉しい気持ちになる。
 一行は、森を抜け、屋敷へと戻ってきた。人型のタータはともかく、巨大な狐の魔獣の出現に、住人達は恐怖を露わにした。警備兵達は武器を構え、ザクセンを取り囲んだ。

「落ち着け、お前ら。俺の客だ。こいつは魔獣だが、危険性はない。お前達が危害を加えない限りは何もしねえ。騎獣を見ろ。大人しいだろ。この魔獣に敵意や殺意がないからだ」

 第六階層の主に言われて、兵士達は渋々武器を下ろした。しかし、その顔は疑惑に満ちていて、警戒心むき出しだ。
 騎獣をソルダートに任せ、残りの面々はティオの部屋に向かった。イェゼロは再び開いた傷口の包帯を、ぐちぐちと文句を言いながら取り替える。ティオは返す言葉もなく、ただ黙って処置を受けた。その間、人型のザクセンは不思議そうに室内を見回していた。
 狐の父子が屋敷に滞在する間は、なるべく人型でいることになった。人型の方が住人も警戒を解きやすいから、とのことだった。人型の姿を強いてしまうことに、ティオは罪悪感を感じたが、ザクセンは気にするなと微笑んだ。
 ザクセンとタータの存在は、ティオの心の支えとなり、より療養に励ませた。
 二人とも、森とは全く異なる屋敷の生活に驚いていた。子供ながらの順応性の高さを見せるタータとは反対に、ザクセンは逆だった。ティオを気遣ってか、あからさまな態度や言葉にすることはないものの、困惑しているのは手に取るようにわかった。
 まず、魔獣の姿で悠々と生活している彼にとっては何もかもが小さく窮屈だった。部屋もそうだが、ベッドもだ。出来る限り、部屋の中では獣姿で寛いでもらうのだが、彼が少し尾を動かすだけで棚の上に置いた雑貨が落ちて壊れるのは茶飯事になっている。森へ戻るティオには不要なものだが、申し訳ないと落ち込むザクセンにキュンとしたのは秘密だ。
 住人に溶けこめるように、とイェゼロの配慮で用意された、屋敷で流行りの服をザクセンは見事に着こなした。人型でも整った容姿と恵まれた体躯の彼を、ティオは心底格好いいと思ったのだが、動きにくいと顔を曇らすザクセンの前では黙っていた。
 二人が人型をとる際は、袖のない羽織のようなものとズボンとシンプルなものを身に纏っている。ザクセンによればそれは体毛らしく、服に見えているだけで、自分の意思で変化させられるとのことだった。それを知ったイェゼロは体毛を研究しようと採取を試みたが、ティオは拒否した。ザクセン達を研究対象として見られるのは嫌だった。
 ザクセンが唯一気に入ったのは、風呂だった。体を清めるのに川で水浴びをするのが普通だった彼らにとって、温かい湯を浴びるのは初めての体験だったようだ。これは気持ちがいい、と初めて笑みを見れてティオも嬉しくなる。
 一方で、タータはすっかりイェゼロに懐いた。

「オシショウが、オイラのじいちゃん?」
「そうだぞ。ティオは俺にとって息子みたいなもんだ。そのティオがタータの母親になるんなら、俺はじいじになるってことだ。ソルダートはティオの兄ちゃんみたいなもんだから、タータにとっては伯父さんだな」
「ふわあ、じいじとおじちゃん!オイラの家族、一気に増えた!」

 連日のように薬務室にこもる二人に、イェゼロがタータに何か変なことを吹きこんだりしでかしたりしていないか気が気ではなかった。だが、ザクセンは不快に思っている様子はない。むしろ彼もたまに呼び出されている。タータもイェゼロをじいじと慕っていることから、ティオも口出しはせずにいた。
 夜、三人はティオのベッドで仲良く寝転んだ。ザクセンは獣姿で床で寝るつもりだったのだが、ティオも床で寝ると言い出し、折れようとしなかったからだ。大人が二人と子供一人ではさすがに窮屈ではあったが、タータは父親と青年に挟まれて嬉しそうだった。

「ザクセンさんは、森の入り口は開けないの?」

 眠りに落ちたタータの額を撫でながら、ティオが声を潜める。暗闇の中、まだ目を閉じる気にはなれなかった。

「ああ、かつては俺も出来たんだが、今は無理だ」
「かつては?」
「入り口を開ける力は若い者へと継承されていく、独特のものだ。俺の力も、タータが生まれたことで移った。もしタータが子供を持てば、その子に受け継がれていく。森には、今はもう亡き俺達の一族と似たような種族がいくつかあるらしい。彼らも、同様の力を有しているらしく、俺達狐の一族固有のものではない」

 タータが自分を離したくなかったからこそ、ずっと入り口が開かなかったのか。ザクセンが同じ力を持っていたら、さっさと自分を追い出していたはずだものな、とティオは思った。
 物思いにふけっていたティオは、ザクセンに名前を呼ばれて返事をした。

「タータを助けてくれたこと、四つ目の狼を倒してくれたこと、まだ礼を言えてなかった。感謝している」

 改めて言われると少し照れくさい。

「…だが、もう無茶はしないでくれ。捨て身になるような、自分の死さえ厭わないようなやり方は、看過できない」

 手がそっと伸ばされて、頬を撫でる。大きくて温かい手を上から握りながら、ティオは頷いた。

「でも、ザクセンさんも、だよ」
「俺も…?」
「うん。四つ目の狼がいなくなったからと言って、森が安全になったわけじゃないんだよね?」
「ああ」
「てことは、夜の見回りもなくならないんだ。俺がついていくと、きっと足手まといになるから、ザクセンさんに頼らざるを得ない。でも、怪我はして欲しくない。俺が治療できると言っても、ザクセンさんが傷つく姿を見るのは嫌だよ」

 そう言えば、ふとザクセンが笑う気配がした。暗闇のせいで表情までは見えないが、彼が上体を起こすのが見えた。頬にあてられていた手が動いて、親指がティオの唇を撫でる。と同時に影が近づいて、柔らかな感触が唇に触れた。暖かな吐息が唇にかかる。

「分かった。ティオがそう言うのであれば、約束しよう」

 突然の口づけに、ティオは顔が燃え上がるように熱くなるのがわかった。灯りを消していて良かった。自分の顔は真っ赤に染まっているだろう、と青年は思った。
 ティオが一人放心状態に陥っている中、ザクセンは再び横になり、何事もなかったかのように、おやすみと彼に告げた。ティオも小さな声でどもりながら言葉を返し、ぎゅっと目を閉じたのだった。
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