見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX

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37. 毛繕い

 数時間後の室内には、イェゼロとタータの姿も加わった。ベッドに突っ伏して動けないティオの傍らで、イェゼロが威圧感たっぷりに腕を組み、彼の正面ではザクセンが頭を垂れている。狸姿のタータは、ティオの要望により、彼の腰を短い脚で踏み踏みしてマッサージを施している。

「ザクセン~、俺言ったよなあ。程々に、無茶すんなって」
「…すまない」
「師匠っ、ザクセンさんのせいじゃないから!…あ、うぅ…」
「ティオ~、大丈夫…?」

 ティオは勢い良く体を起こして師匠に噛みついた。だが、全く力の入らない下肢と、じんじんと痛む尻の穴の違和感に、再びベッドに顔を埋める羽目になる。
 それ見たことか、と呆れた視線のイェゼロを毅然と見つめ返す。

「俺が、ザクセンさんに何度もおねだりしたんです!自業自得なので、ザクセンさんを責めないでくださいっ」
「ティオ…だが、理性を失ってしまった俺にも非がある」
「はー…何が楽しくて弟子の性事情に耳を貸さにゃならねえんだ」
「別に頼んでないですっ」
「ばあっか、この馬鹿弟子、阿保息子。そのしんどさを取り去ってやるために、飲み薬と患部に塗る軟膏を誰が調合すると思ってんだ」

 ティオはうめき声をあげた。悔しいがイェゼロの言う通りだった。

「じいじ、父ちゃん、どうしてティオ、しんどそうなの…?」
「それは…」

 息子の心配そうな無垢の瞳に見つめられて、ザクセンはどう答えていいのかわからず、思わず苦笑いを浮かべた。さすがに彼に性教育をするには幼すぎる。

「それはなあ、ザクセンとティオが仲良しだからだ」
「仲良し?仲良しなのに、どうしてぐったりするの?オイラだって父ちゃんとティオと仲良しだけど、ぐったりしないよ?もっと元気になるもん!」
「大人はなあ、仲良くしすぎるとぐったりしちゃうこともあるんだよ」
「オイラ、よくわかんない…」
「お前も大人になったら分かるさ。じゃー、調合するかあ。タータ、いつもみたいに手伝ってくれるか?」

 タータは許可を求めるように、父親を見た。ザクセンが頷くと、子狸は目を輝かせた。ティオに断りを入れてベッドから降りると、イェゼロの後をついて行く。

「ティオ、待っててね!」

 気合の入った子狸を、ティオは彼を見送った。タータはすっかりイェゼロに懐いていて、微笑ましい。本当に祖父と孫みたいだ。

「ティオ…」

 狐に変化したザクセンが頭をベッドの縁に乗せた。まるで悪いことをした子供のように、申し訳ないと言わんばかりの顔だ。ティオは手を伸ばして彼の頭を撫で、黒い鼻に口づけた。

「ザクセンさん、そんな顔しないで。ザクセンさんのせいじゃないって言っただろ?俺が調子に乗ったせいでもあるんだから」

 ティオは苦笑する。ザクセンと一つになれたことが嬉しくて、気持ち良くてたまらなくて、彼にせがんで三回も交わったのだ。酷い倦怠感は、図に乗った自分の責任で、ザクセンに非は全くない。彼はティオの体を労って、諌めようとしてくれていたのだ。

「そうは言ってもな…」

 優しい大狐は、変なところで強情だ。眉を垂らした心配そうな顔は、どうにかして贖罪したいと訴えかけてくる。

「ザクセンさん、体調が戻ったら、したいことがあるんだけど」
「ああ、何でも言ってくれ」

 したいことの内容も聞かずに、即座に了承する魔獣に笑みがこぼれる。

「ザクセンさん、魔獣には婚姻の契りってある?」
「婚姻の契り?」
「うん、住人同士では互いの伴侶になる証として契りを交わすんだ。その形は色々あって、例えば互いの血を飲んだり、体の同じ部分に刺青を入れたり、同じものを身につけたりする」
「いや、俺達はそういったことはしない。必要がない。互いが相手の伴侶だと認識していれば、それで番として成り立つ。目に見える形が必要などと、人の世界は変わって…」

 そこでザクセンは何かに気がついたかのように、口を閉じた。思わず住人の慣習を否定するところだった。ティオがそのようなことを尋ねたのは、彼も婚姻の契りを行いたいと思っているからなのではないか、とザクセンは思った。

「悪い…否定するつもりは…」
「もう、ザクセンさんさっきから謝ってばかりだ。気にしないで。もし、魔獣の世界にもそういった習わしがあるなら、したいって思っただけなんだ。無いならそれでいい」

 気にするな、とティオは笑うが、ザクセンにはその笑みが少し寂しそうに見えた。大狐は横たわる彼の額に、己のそれをあてた。

「ティオ、俺はお前を伴侶とし、何があろうと生涯愛する。必ず、守ると、お前に誓う」

 突然の宣誓に、ティオは目を丸くしていた。何度も目を瞬かせる。だが、次の瞬間には頬を緩ませた。

「俺も。ザクセンさんだけを愛する。ザクセンさんとタータを絶対に守る」

 心底、目の前の獣が愛おしい。誓いの締めくくりとして、ティオはザクセンの大きな口に唇を寄せたのだった。
 翌日の昼下がり、ザクセンは風呂にこもるティオとタータを部屋で待っていた。浴室からは、息子の楽しそうな声が聞こえてくる。

「あわあわ~!オイラの体、真っ白になっちゃった!」
「ねー、あわあわのもっこもこだよ」
「父ちゃんみたいな色になった!父ちゃーん!」

 息子に呼ばれたザクセンは浴室を覗きこんだ。そこには全身泡にまみれた狸姿のタータがいた。顔の周りにもついた泡がまるでたてがみのように見える。どこか表情まで凛々ししく、ザクセンは思わず笑ってしまった。

「あわあわ気持ちいい~」
「ここに来てから、お風呂は人型で入ることが多かったでしょう?こうやって洗ってあげたいと思ってたんだ」

 体を優しく手で洗われて、タータはうっとりと目を閉じている。目や口の周り、小さな脚の指の間まで丹念に洗うティオの表情も明るい。湯で丁寧にすすげば、水を含んだ子狸の体毛は重みで下がり、一層小さな姿になっている。タータは全身を震わせ、体毛の水気を飛ばした。柔らかなタオルで残った水分を取り、温風の出る送風機で乾かせば、体毛はいつもよりもふんわりと柔らかく仕上がった。

「いつもと違う!ふわふわのつやつやだ!」
「タータ、かっこいいよー」

 見違えた己の姿に、タータは姿見の前で何度も回転している。興奮したタータは、ティオの懐に飛びこんだ。撫でて撫でてとせがむ子供に、ティオは彼の体毛に顔を埋めた。たまらない。

「じいじとソルダートにも自慢してくる!」

 意気揚々と出て行くタータを見送ると、ティオは袖をまくりながらザクセンに向き直った。次は自分の番だと、伴侶に促され、大狐は浴室に入った。窮屈ではあるが、浴槽も使って何とか巨体を収める。

「ザクセンさんの体、大きいから大変だ。洗いがいがあるなあ」

 ティオはザクセンの体を濡らすと、手で作った泡を胴体に塗りつけていく。言葉とは裏腹に、青年の頬は緩みきっていた。
 成る程これは気持ちが良い、と大狐は目を細めた。泡と言うよりも、ティオの手つきが絶妙だった。緩急をつけて、体毛を掻き分けるように指の腹が撫でてくる。

「ザクセンさん、大丈夫?気持ち悪くない?」
「いや、至福だ。至極気持ちが良い」
「本当だ。ザクセンさんの目、とろんってしてる」

 首回りをわしゃわしゃと洗われていると、自然と口角が吊り上がっていく。それをティオは、可愛いとしきりにこぼして、伴侶の大狐に口づけた。ザクセンは口をわずかに開いて舌を出すと、ティオが吸いついてくる。魔獣の舌は人型の時よりもずっと大きく、先を少し入れただけで青年の口の中はいっぱいになってしまう。顔を真っ赤にしながらも懸命に舌を吸う彼に、体がかっと熱くなる。

「ザクセンさん…する?タータもしばらくは戻って来ないと思うし…」

 なんとも魅力的なお誘いだった。熱っぽく潤んだ瞳に、欲望のままに本能に従おうかと思ったのだが、今回はかろうじて理性が打ち勝った。

「いや、…やめておく。昨日の今日だ。ティオの体に負担をかけたくない。煎じ薬はかなり不味そうだったしな。ティオも二日連続で飲みたくはないだろう」
「ザクセンさん、優しい…。好き」
「ティオ、お前のことを大切にしたいんだ」
「…どうしよう。ザクセンさんのこと、どんどん好きになっちゃう…」

 熱烈なキスを受けつつ、ザクセンは内心、それはこちらの台詞だと思っていた。思いが通ってからと言うもの、ティオは何事も正直に気持ちをぶつけてくる。
 彼によると、言わなくても分かるだろうと伝えることを放棄していたら、ザクセンさんは変な方に勘違いをしそうだから、ということらしい。何だそれは、と渋面を浮かべていたら、ティオは声を出して笑っていた。後になって、言っておけばよかった伝えておけばよかった、と後悔したくないから、自分に素直になることにしたのだ、とも。
 ザクセンは、元々寡黙な性格というのもあり、己の気持ちを言葉にするのは得意ではない。だが、まっすぐに自分の想いをぶつけてくるティオやタータに感化されつつあった。何より言葉にすると二人が喜んでくれて、こちらまで嬉しいようなくすぐったい気持ちになるのだ。
 時間をかけて泡をすすぎ落し、ティオはザクセンの体をタータの時と同様に温風で粘り強く乾かした。子狸とは違い、自分の体よりもずっと大きな獣の全身の体毛を乾かすのは一筋縄ではいかない様子だったが、ティオは楽しそうだった。そうして苦労の末の仕上がりに、彼は瞳をきらきらと輝かせて、感動の声を上げた。

「ザクセンさん、かっこいい!きれい!かっこいい!神話に出てくる聖獣みたい!完璧!」

 一息に褒め言葉をまくしたてたティオは、興奮冷めやらぬ様子でザクセンの体に身を投げた。柔らかく仕上がった体毛に顔を埋め、大きく深呼吸をする。無香料の石鹸を使用したせいで、ザクセンの匂いがなくなっているのは、少し残念だと思った。
 毛並みの良いザクセンの狐姿は、ティオの目にはそれはもう神々しく映った。白金の毛色も相まって、神話や寓話の本に挿絵として描かれてもおかしくないと本気で思った。タータのお気に入りだという、首から胸元にかけて蓄えられた毛は見るからにふんわりとしていて、子狸でなくても顔を埋めたくなってしまう。

「少し大げさじゃないか?」
「本当のことだよ」

 床に横たわるザクセンの体に寄りかかり、ティオは首元に抱きつく。

「まさか毛繕いしてもらえるとは思わなかった。感謝する」
「どういたしまして。俺が一番楽しんでたけどね」

 ティオは腹部に乗った魔獣の顎を手で優しく撫でた。頬ずりし、額に口づけを落とす。
 二人の間には会話はなかったが、気まずさは全く無かった。互いを独り占めできる穏やかな時間が愛おしい。タータがこの場にいれば、この気持ちよさを巡って争いが起きていたかもしれない。タータもいないと寂しくはあるが、二人だけの時間もまた必要だと思った。
 窓から差し込む陽気とザクセンの体温の心地良さに耐えきれず、ティオは眠りに落ちた。己の体にもたれて眠る伴侶の寝顔を、大狐はしばらく眺めていた。幸福で胸が満たされる。
 室内に戻ってきたタータは、父親とティオが寄り添い合って眠っているのに気がついた。仲睦まじい様子に、嬉しくてたまらなくなる。子狸は二人の間に体をねじこみ、昼寝に加わった。
 一家は晩飯時になるまで、仲良く眠り続けたのだった。
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