運命の番を殺した英雄

XCX

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19. 収監

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 リースロークに連れられて自室に戻った僕は、目の前に広がる光景に更に絶望の淵に突き落とされた。全ての出窓に鉄柵が取り付けられていた。洗練された部屋に似つかわしくない無機質で厳ついそれは、僕が家を出る前にはなかったものだ。
 明らかな意図を持った柵に愕然とする。

「ああ、あの鉄柵が気になるのかい?あれはジゼア様がアンタが逃げられないように、って取付させたものだよ。次のヒートが来るまでに確実に閉じ込めておくために」

 背後から両肩を掴まれ、耳元で囁かれる。耳に触れる唇の感触と生暖かい息の、あまりの気持ち悪さに肌が粟立つ。服を通して肌に食い込む指も痛みを伴って、不快度が増す。
 毎晩シグルドの腕に抱かれて耳元で囁きを聞いていたのに、全然違う。望まない相手に触られるのはこんなにも気持ち悪い。なのに、そんな相手と結婚して子供を作るなんて、絶対にできない。
 リースロークの手を振り払って距離を取る。

「僕は、あなたとは番になんてならない…っ!僕の運命の番はシグルドだけ…。彼以外とは絶対に…っ!」
「威勢がいいのは結構だけど、アンタに選択肢はないと思うよ?窓には鉄柵、扉は外からしか解錠できない造りに変えられ、更には屋敷の至る所で雇われの奴らがアンタが逃げ出さないように目を光らせてる」

 おじい様、そこまでして…!
 芝居がかった動作で両手を広げるリースロークが明かす数々の話に身の毛がよだつ。いくら僕とシグルドを番にさせたくないからとは言え、やり口があまりにも強引で、常軌を逸している。

「あ、あなたはこの結婚を望んでるんですか…!?愛のない政略結婚だって分かっているのに…!あなたもおじい様の話を聞いたでしょう!?おじい様はクライゼル家の名声を保ちたい一心で、あなたのことも利用しようとしているんですよ…っ!?」

 自分の意に沿わなければ罵声を浴びせて暴力を振るい、逆らう者にはあらゆる手段を講じてしつけ直そうとする。自分が見込んだリースロークに不手際があれば、容赦なく両親のような目に遭うに違いない。
 誰も幸せになれない。そんな結婚はあっちゃいけない。もうドーラン国は滅亡して、悲劇の時代は終わったんだ…!
 僕の必死の訴えを、リースロークは俯き黙って聞いていた。どんな顔をしているのか分からなかった彼の肩がおもむろに細かく上下し始めた。
 最初、泣いているのかと思った。彼もおじい様に巻き込まれた被害者なんだ、って。
 だけど彼から聞こえる声がどんどん大きくなっていく。しかもその声は笑い声だった。
 手で目を覆って高らかに笑うその姿に、純粋な恐怖を覚えて体が硬直する。

「本当のことを言えば、アンタとの結婚は望んでない」
「じゃあ…っ!」

 互いの気持ちが一致していると知って脱力する。希望が湧いてきた。二人ともが望まない結婚なら、協力して回避できるかもしれない…!

「……─とは言え、ジゼア様を利用しようとしてるのは俺も同じでね」
「え…?」

 彼の言っていることが理解できなくて、思考が停止する。

「ジゼア様も言っていた通り、俺は将来の大将候補として目されている若手のホープだ。だがあくまで、大将候補の一人、でしかない。他の候補者より先手を取って確実に大将になるためには、実力以外も重要になってくる。大将の座に就くに相応しい家柄や人脈、反対派を取り込むための財力がね。俺は一応貴族の生まれではあるけど名ばかりの地方貴族で、あいにくそれらを有していないんだ。だけど歴史ある名家のクライゼル家はそれらを持ち合わせているだろう?俺が大将になった暁には後ろ盾であるクライゼル家の名に箔がつき、発言力も強まる。多くの者が俺とジゼア様にかしずいて媚を売る。俺とジゼア様の利害は合致してるって訳さ」
「ま、待って……それじゃあ…っ」

 その先を聞きたくなくて、思わず男の言葉を制止する言葉が口から漏れた。だけどリースロークは口角を吊り上げて残忍な笑みを浮かべたまま、さらに口を開いた。

「──そう、俺とジゼア様にとってこの婚姻は願ったり叶ったりなんだよ。互いの野望を現実のものとするためにね。だから残念だけど、婚姻破棄を狙って俺を説得しようとしても無駄だよ」
「……ッ!?」

 そう言って瞬く間に距離を詰めてきたリースロークは、僕の体を強い力で突き飛ばした。
 背中に感じるのはベッドの感触。思わず瞑っていた目を開けると、目の前にはリースロークの顔。得体の知れない下卑た笑みに、心臓が強く胸を打ちつける。
 自分にのしかかってくる目の前の男に、最悪の事態が頭をよぎる。
 僕が腕を突き出すよりも早く、リースロークの手が服にかかった。抵抗する間もなく、力づくで音を立てて引き裂かれる。ボタンが弾け飛ぶ様は、まるで時間が流れる速度が落ちてしまったかのように、やけにゆっくりに見えた。

「うわ、えげつないキスマーク。どのくらいヤればこうなるんだ?気持ち悪いな」

 シグルドの服を纏っていただけの体を曝け出されて、それをリースロークが無遠慮に舐め回すように見下ろしてくる。品定めするかのような視線と、侮蔑と嘲笑のこもった口調と表情に頭にカッと血が昇る。
 だけど反射的に振り上げた腕はいとも簡単に掴まれてしまった。

「このキスマークはシグルドにたくさん愛してもらった証だ!愚弄される謂れなんてないっ!」
「…今、俺のことを叩こうとした?じゃじゃ馬だなあ」
「…いっ……!」

 意にも介さないとばかりに、僕の抗議を聞き流したリースロークによって、掴まれた腕をベッドに捩じ伏せられてしまう。爪が皮膚に食い込むほどの強い力に、鋭い痛みが全身に走る。激痛に顔が歪みそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。
 不愉快そうに見下ろしてくる男から目を逸らすことなく、真正面から睨みつける。

「気が強いオメガがタイプのアルファもいるだろうけど──」
「…ッ!?」

 突然、視界が反転した。最初の数秒は、何が起こったのかわからなかった。リースロークの顔を見上げていたはずなのに、視界に飛び込んでくるのはベッドのシーツ。
 一瞬で体をひっくり返されて、尻を突き出す形で四つん這いにされていた。男の意図不明な行動に思考が追いつかない。

「なっ…、やめ…っ!?」
「へえ、ここは案外綺麗なんだ。それだけヤリまくってるから縦割れになってるかと思ったんだけど」

 下着をずり下ろされたかと思うと、足を大きく広げさせられた。お尻に強い視線が注がれているのが気配で分かった。
 今日会ったばかりの無礼な男に屈辱的な体勢を取らされ、意思に反して無理矢理に恥部を晒されている。
 人としての尊厳を踏み躙る数々の言動に、頭が真っ白になる。僕は狂ったように手足を振り回して暴れた。
 男の拘束から抜け出し、ベッドから無様に落ちながらも壁際まで這い逃げる。

「はっ、はあ、…は…」

 溺れた後、急に水面から上がった時のように呼吸がうまくできない。耳まで心臓になってしまったかのような激しい拍動を繰り返す心臓は今にも胸から飛び出してきそうなほど。
 ボタンが全て弾け飛んでしまった服の合わせを握って肌を隠そうとするも、手は冷たくなって感覚を失っていた。全身に走る震えが止まらない。

「俺さあ、アンタみたいなオメガはタイプじゃないんだよね」

 変わらず薄ら笑いを顔に張り付けたリースロークがベッドから降り、ゆっくりと距離を詰めてくる。
 逃げたくても、体が動かない。恐怖のあまり、体が硬直してしまっている。

「その短い髪。色気のカケラもない。貧民街にいる子供みたいだ」
「い、いやだ…来ないで…っ!」

 必死で虚勢を張ろうとするけど、縮まる距離に恐怖が勝っていく。喉が引き攣って、うまく言葉を紡げない。どうにか後ずさろうにも背後は壁だ。

「何より、アルファに反抗的なところが気に入らない。時と場所を問わず節操なしにフェロモン撒き散らして、アルファが相手しなけりゃ発情を治められない動物如きが俺に楯突くなッ!!」
「ぁぐ…っ」

 顔を掴まれた拍子に、後頭部が壁に音を立てて打ち付けられる。顎を掴む手は強く、骨が軋む音がする。

「アンタに残された選択肢は少ない。現実を受け入れて自分の役割を理解し、俺に噛まれて番になり従順で貞淑に俺を支える存在になったら?何ら不自由のない生活が送れて、軍大将の番っていうステータスまで得られるんだから光栄だろ?」

 絶対に嫌だ…!
 シグルドの番になることを支えに十八年間生きてきたんだ。それが叶わないのなら、生きる価値なんてない。
 今は袋のネズミ状態で打開策が見出せないけど、どれだけ痛めつけられたとしても、僕はシグルド以外のアルファとは絶対に一緒にならない!

 顎を強く掴まれているせいで言葉を発することができない。せめてもの反骨心で目の前のアルファの目を真っ直ぐに見据える。
 僕はおじい様やリースロークの思い通りにはならない…!

「…これでも納得しないとは、予想以上に頑固だなあ…」

 頑として意志を曲げない僕に、リースロークは不愉快そうに目の下に皺を刻んで舌打ちをする。

「じゃあ、もう一つの選択肢をあげるよ。俺とアンタは番にならずに、アンタがシグルドの元に戻れる方法」

 リースロークが出世のためにクライゼル家名と財と人脈が欲しいと知った今、そんな道があるわけない。頭の片隅では警鐘が鳴っているのに、心は裏腹だった。
 シグルドの元に帰れるかもしれないという僅かな希望に期待を持ってしまう。
 それが表情に表れていたのだと思う。リースロークの唇が綺麗な弧を描いた。

「ジゼア様が何より望んでいるのは後継ぎだ。アンタが自ら股を開いて俺の子種を受け入れるって言うなら、うなじを噛まないでいてあげるよ。ジゼア様の説得だって約束しよう。アンタが自分の意思で俺専用の精液便所になるならね」

 希望は確かな形を為す前に、あまりに惨たらしく凶悪な言葉の数々によって跡形もなく砕け散った。
 鈍器で殴られたかみたいに、頭の中がぐわんと揺れる。まるで時が止まったかのような感覚さえする。
 だけど、唐突に現実に引き戻された。リースロークが堪えきれないとばかりに笑いを噴き出したからだ。
 絶望に打ちひしがれる僕の反応がよっぽど面白かったらしく、男は腹を抱えて大笑いし始めた。

「アンタがどっちを選ぶのか楽しみにしてるよ」

 ひとしきり狂ったように笑った後、リースロークは残忍に笑ったまま、ねっとりとした指遣いで僕の頬を撫でた。その気持ちの悪い触り方に一瞬で鳥肌が全身に広がる。
 体を縮こまらせて身動き取れない僕を満足そうに見つめながら、リースロークは部屋を出て行った。
 施錠の音を無慈悲に響かせて。
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