地獄0丁目

XCX

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19 成り立ち

 翌朝、オンデゥルウェイスはヴィカの部屋を訪れた。今日からヴィカにこの世界について教えることに決まった。善は急げ、だ。
 自身の到着を告げて扉を開けると、ヴィカは食事の最中のようだった。少年は宰相の姿を見るなり、ナプキンで手を拭きながら勢い良く立ち上がった。

「お、…おあおっ、ふぇいふ」
「おはようございます、ヴィカ。慌てなくて構いません。終わるまで待っていますから、きちんと食事はお取りなさい」

 口一杯に食べ物を含んだまま、身支度をしようとするヴィカを諌める。でも、と言いたげに眉尻を下げるヴィカの手を、隣に座っていた王が引いた。小柄な体は彼の膝の上にちょんと収まってしまった。寝起きを共にする延長で、王は朝食をも一緒にしているらしい。

「オンデゥルウェイスの言う通りだ。焦ることはない」
「でも、ウェイスいつも忙しそうだから、待たせるの悪い…」
「なるほど」

 口角を吊り上げるツヴェーテの意味ありげな笑みに、オンデゥルウェイスは眉間に力が入るのが分かった。

「なに、心配要らん。いざとなれば、俺が教えてやろう」

 長い指が、ヴィカの栗色の巻き毛に差し入れられる。唇が触れそうな程に近い距離で蠱惑的に囁く様子に、宰相は内心舌打ちをした。
 安い挑発だ、と彼は思った。

「ご心配無く。陛下がいつも以上に執務に精を出してくださっているおかげで、私の負担はすっかり軽減されております。陛下の出る幕はないかと」

 その安い挑発に、オンデゥルウェイスは乗った。声色は努めて冷静に、嫌味を紡ぐ。顔には余裕とも取れるような笑みを浮かべた。
 陛下の気に障ったようで、彼の柳眉がぴくりと吊り上がる。だがヴィカの前で感情を露わにすることに気が引けたのか、ただ肩をすくめただけだった。


 ************


 ヴィカを伴って自室に戻ると、彼は室内を見渡して感嘆の声を漏らした。

「ウェイスの部屋来るの初めてだ…すごい…」
「すごい?」

 少年の感想に宰相は首を傾げた。自分もヴィカの視線を追って見回すが、特別彼の興味を引くようなものがあるようには思えなかった。
 読もうと思っている本ばかりがそこかしこに散乱しているし、ヴィカが理解しやすいようにと準備した絵図や資料が机の上には積み重なっている。お世辞にも綺麗とは言えず、だらしがない状態だ。

「本がいっぱいで、図書室みたい。なんだかわくわくする」

 頬を染めてにこりと笑うヴィカに、オンデゥルウェイスは気恥ずかしさを覚えたが、それを悟られまいと咳払いをした。長椅子に座るよう、少年を促す。そして、二人の後をついて来ていたルプスが、ヴィカの足元に体を横たえた。黒狼の鋭い視線が己に向けられているのに気がついて、オンデゥルウェイスもそれに応えるかのように睨み返した。ヴィカとオンデゥルウェイスの間に居座るその姿はまるで寓話に出てくる、姫を守る騎士のようだ。
 大方、私がヴィカに何か不埒なことを働かぬよう監視する、お目付け役となるよう陛下に命じられているのだろう、と彼は思った。
 その様なことをするはずもない。己は陛下とは違うのだ。

「それで…ジェシカ様からはこの世界についてどんなことを聞いたのです?」
「えっと、ここがじごくってことと、ぜろかいそうからきゅうかいそうに別れてて、ジェシカさんはきゅうきぞく…の一人で、さんかいそうをたばねてる?…って」
「分かりました」

 たどたどしく必死に言葉を紡ぐ様子が微笑ましい。

「一つ一つ説明していきましょう。この世界は、大きく三つに分かれています。ここ地獄と、人間界と天界です」

 オンデゥルウェイスは、タペストリーを広げて壁にかけた。色鮮やかな糸で織られたそれは、三つの世界を描いている。白い糸で編まれた、砂時計のような形は天界を。その下に位置する平たい円柱は人間界を。さらにその下に位置するのは、黒い糸で形作られた八角柱。地獄だ。
 タペストリーに見惚れるヴィカを視界の端に入れ、オンデゥルウェイスは別のを取り出した。今度は地獄世界の構造を描いたものだ。

「この八角柱の天辺部分が、王宮こと第0階層です。陛下をはじめ我々がいる階層になります。その第0階層の中心を貫く細長い円柱が第一階層。それを囲むように、第二から第九階層が存在します。王宮を除く各階層は、王直轄の、陛下に次ぐ力を有する者が治めています。彼らは各階層につき一人。9名いるので、纏めて九貴族と呼びます」
「ジェシカさんが…その一人なんだ…」
「ここまでは大丈夫ですか?分からないところは?」
「うん、大丈夫。ただ…」
「ただ、何です?」
「なんか…第一階層だけ変な形だな、と思って。第0階層の真ん中を通ってるし…」
「それは、地獄の役割故のことです」
「地獄のやくわり?」
「そうです。地獄は監獄兼兵士養成所でもあります」
「かんごく…ようせい、じょ…?」

 頭の上に疑問符をいくつも浮かべるヴィカに、オンデゥルウェイスは頷いた。

「はい。地獄には、生前罪を犯した人間の死者が流れてきます。その死者の中でも、重犯罪人の最初の受け入れ場所が、ここです」

 そう説明をしながら、オンデゥルウェイスは地獄の中心を走る細長い円柱を指差した。

「第一階層」
「ええ。罪の重さによってどこの階層に行くかを決めた後、各階層に振り分けるので、この構造だと便利なのです。人間の死者は振り分けられた階層にて、己の罪の重さに応じた責め苦に耐えて償いをする。罪を清算できた者は、地獄の住人の一人として十分な生活が保証されます。また、個々の能力に応じた職にも就いてもらいます。その殆どが兵士ですがね」
「どうして、兵士がそんなに必要なの?」
「我々の目的が、天界を統べる王カラリエヴァを倒し、天界を手中に収めることだからです。同様に、カラリエヴァも地獄を手に入れんと野望を抱いています。この敵対の構図は、遥か昔から変わりません。過去三度、天界との戦争は起こりました。次の大戦はいつ来るとも知れぬので、常日頃から準備をすることが大事なのです」
「戦争…」

 天界との話に及ぶと、ヴィカの表情に不安が浮かんだ。眉間に皺を寄せて強張った顔を目にして、今日はここまでに終わらすべきか、とオンデゥルウェイスはタペストリーに手をかけた。

「もし、戦争が起こったら、天界の人はここに攻めてくる?」

 身を乗り出して、タペストリー上の天界と地獄を指差す少年に、宰相は頭を振って否定した。

「いえ、天界の者が地獄に直接足を踏み入れることはできません。その逆も然り」
「でも、戦争って言った…」
「戦場となるのは、ここです」

 そう言ってオンデゥルウェイスは人間界を指差した。

「ここで雌雄を決すれば、勝者として相手の地を配下に置くことが出来るのです」

 そこでオンデゥルウェイスはヴィカを連れて部屋を出た。廊下を複雑な道順で進み、巨大な扉の前で足を止める。黒に金の縁取りがされ、精緻な装飾が施された重厚な作りの扉を前に、隣に並んだヴィカが息を呑むのが聞こえた。

「人間界に通じている、大扉です。天界との戦争の時のみ開き、終わるまで閉じることはありません。戦争開始の条件は、人間が死に絶えること、だとは今の所わかっています。終結の条件は、相手の王の首を取る。それと、人間が再び人間界に現れるのを合図に扉が閉まるのです」
「え…死んだのに、また現れるって…」
「言葉通りですよ。人間界のそこかしこに突如として、人間が出現するのですよ。…不思議でしょう?」

 明らかに理解が追いついておらず、当惑を顔に貼り付けたヴィカに、オンデゥルウェイスは笑みを浮かべた。


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