地獄0丁目

XCX

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33 接吻

「ヴィカ」

 名前を呼ばれていると言うのに、ヴィカは返事をすることが出来なかった。折られた角から視線を外すことが出来ない。
 ツヴェーテが目配せをすると、ジェシカはヴィカを微笑ましく見つめながら部屋を出た。扉の閉まる音。完全に二人っきりだ。

「嬉しくて泣いている訳では無さそうだな」

 ツヴェーテに抱き上げられ、ヴィカは反射的に王に抱きついた。渇望していた温もりと匂いに、益々涙があふれる。

「ヴィカ、何を考えている」
「……っ」
「話せ」

 寝台の上に腰かけた王の膝の上に、いつものように座らされる。大きな手で腰を抱き寄せられ、後頭部を撫でられる。触れている部分から、彼の心地良い熱が伝わってくる。
 ヴィカは辿々しい手つきで、折られて短くなってしまった角に触れた。

「…角…、おれのせい、で…っ!」

 立派な角だったのに。おれを助けようと創世の掟を破ってしまったばかりに、角を失わせてしまった。どう赦しを請えばいいのかわからない。

「大した事では無い。角ならまた生えてくる」

 だから泣くな、とツヴェーテは少年の頰に手を添えた。涙を拭う優しい指に、ヴィカの胸は締めつけられた。王に気を遣わせている自分が心底嫌でたまらない。
 大した事でないはずがない。折られる瞬間、きっと痛かっただろうに。

「ヴィカ、俺は決して己を責めるなと言った筈だ。忘れたか」

 ヴィカは頭を左右に振って否定した。一時たりとも忘れたことなどない。それでも、ヴィカは謝罪の言葉をうわ言のように口にしていた。痛々しく欠けてしまった角を目の当たりにして、今まで蓋をしていたものが溢れ出て止まらないのだ。

「漸くお前の元に戻って来られたのに、笑顔が見られないのは寂しいな」
「…ごめ、…なさっ…!」

 ツヴェーテは重いため息を吐くと、ヴィカの薄い胸板に顔を埋めた。

「存外頑固なお前の事だ。気にするなと言った所で素直には受け入れまい。…ならば、お前に罰を与えるとしよう」

 どうだ?と問われて、ヴィカはすかさず頷いた。内容がどういったものであっても、甘んじて受け入れるつもりだった。…例え地獄から出て行けと言われようとも。
 ツヴェーテは、己のせいで色々な面倒を被ったのだ。彼にはその権利がある。
 とは言え、自然と体が緊張でこわばる。ヴィカはぐっと奥歯を噛んで、覚悟して王の言葉を待った。

「ヴィカ、お前の一生を寄越せ」
「…え?」
「生涯、俺の伴侶として傍にいろ」

 予想とは異なった言葉に、ヴィカは呆気に取られた。

「そっ…そんなの罰にならない!」
「何故だ?」

 ツヴェーテは気に入らないとでも言わんばかりに、形の良い眉を片方だけ跳ね上げた。

「だって!……だって、そんなの…罰じゃない…」
「ああ、罰では無いな。俺から一生離れられないのは、ある種の呪いだ。俺は執着心が強い。一度お前を傍に置いたら、死ぬまで離すつもりは無い」
「…それでも…、おれにとっては…嬉しいだけだよ…」

 琥珀色の瞳の真っ直ぐな眼差しから、彼が本心を言っているのがわかる。真摯な言葉と態度に、全身が歓喜で打ち震える想いだった。でも、自分には過ぎた申し出だと言う考えが頭から離れない。

「嬉しいのか」

 ツヴェーテの雰囲気が軟化した。ヴィカは頷いた。

「なら受け入れろ。何を躊躇う必要がある」
「…出来ないよ…おれは、疫病神なのに…」
「何だと?」

 ツヴェーテは一瞬顔をしかめると、再び嘆息した。

「また碌でもない事を考えてるな」

 ろくでもないことなんかじゃない。その言葉が口を突いて出そうになる。思わずヴィカは俯いた。
 ツヴェーテの瞳の光はいつでも真っ直ぐで、迷いがないように見える。そんな所にもどうしようもなく惹かれるが、今は真正面から彼の眼差しを受け止められずにいた。

「…おれは、人を不幸にする。…ツヴェーテだけじゃない…みんなにも、迷惑かける…!みんな、おれに優しくしてくれたのに…それを踏みにじってるみたいで嫌になる…」
「迷惑?」

 ツヴェーテはくだらない、と鼻で笑った。

「いつ俺に迷惑をかけて不幸にしたと言うんだ?」
「…おれのせいで、ツヴェーテは創世の掟を破ることになって、天界の王様に罰として角を…ンッ」

 ツヴェーテに唇を吸われたことで、ヴィカは最後まで言い終えることが出来なかった。突然のことに、少年は驚きに目を見開く。ただ啄ばまれただけなのに、あまりの気持ちよさに全身に電気が迸った。

「迷惑どころか、お前が来てから退屈した試しが無い。禁を犯した罰は確かに受けたが、おかげでカラリエヴァに一泡吹かす事が出来た。ククッ。悔しがる奴の顔は傑作だった」

 少年の体をぐっと抱きしめ、ツヴェーテは屈託無く笑った。他には何がある、と問われ、ヴィカは自分が皆に迷惑をかけた悪行の数々を思いつく限りに並べ立てた。だが取るに足らない悪業は全て王に笑い飛ばされて、ヴィカは困ってしまった。

「ヴィカ、お前は十分過ぎる程に傷つき苦しんだ。そろそろお前自身が貪欲に幸せを求めても良いんじゃないのか」

 地獄の王は、尚も反論しようと言葉を探すオッドアイの子供の頰を優しく包み込んだ。紫と水色の瞳が困惑に揺れる。王は、それに、と続けた。

「不幸を呼ぶ、異形の瞳を持つ元人間と、異形の角を生やした地獄を統べる王。これ程に似合いの取り合わせが他にあるか?」

 ツヴェーテの言葉は、彼の真っ直ぐな視線と共にヴィカに刺さった。少年の心の闇を払い、棘を抜き、優しさと温もりで満たした。

「…おれ、ツヴェーテの傍にいても…いいの…?」

 彼の宝石のような瞳から、涙がこぼれ落ちる。今度は悲しみからではなく、喜びから来るものだった。

「何度も言ってるだろう。ヴィカ、お前が良いと」
「…おれ、おれも…ツヴェーテが、いい…」

 首元に回した腕に力を込めて、ヴィカはぎゅっと抱きついた。

「会いたかった…!ツヴェーテが、いなくて、…寂しかった…っ!」
「…ああ、俺もだ」

 長い指に顎をすくわれる。ツヴェーテの顔が間近に迫って、ヴィカはゆっくりと目を閉じた。

「…ん…ン」

 馴染みのある熱が唇を食み、舌を這わせてくる。少年の体に火をつけるには十分な触れ合いだったが、彼は同時に物足りなさをも感じていた。
 もっと、もっと欲しい。
 ヴィカはツヴェーテの頰に手を添えると、自分から舌に吸いついた。以前してもらった時のことを思い出して、頑張ってみる。

「…ぁむ…!…ぅ、ん…んっ」

 ヴィカの拙い頑張りは、すぐに終了させられた。立場が逆転して、口の中を隅々まで舐め回される。舌が絡んだかと思えば、唾液を啜られる。
 気持ち良い……。
 濃厚で激しい口付けに、頭に靄がかかったかのような気分になっていく。

「…ふぁ…、は…っ」

 唇が離れて、ヴィカは大きく口を開けて酸素を取り込んだ。

「積極的だな」
「…あ…えと、嫌…だった?」
「まさか。大歓迎だ」

 はしたなかっただろうか、と少し不安に思いながら尋ねてみたが、ツヴェーテはむしろ満足そうな表情を浮かべていた。
 良かった。自然と安堵の息がもれた。

「…ツヴェーテ、ありがとう。それと…おかえりなさい」

 感謝の言葉は、ツヴェーテがしてくれた全てのことに対して。
 額をこつりと合わせて、少年は王の顔を覗き込んだ。ツヴェーテは黄褐色の瞳を細めると、キスで応えた。
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