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あと1日 少しずつでもいいから

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 たとえば、キミの喜ぶ顔が見られなかった一日に、落胆の色を隠せない俺。

 ずっと一緒にいたキミのことが、今日ばかりはまるで赤の他人のように感じてしまっていた。

 俺はキミのことを、最初から知っていた気になっていただけだったのだろうか?

 キミが見たいと言っていた映画を見て、二人でよく行く喫茶店にも行った。

 キミの好きな雑貨屋に行って、二人で買ったハナミズキのキーホルダーも、とても綺麗で心躍った。

 だけどそんな一日の中にいたキミは、ずっとどこか無理をして笑う。

 どうしてかわからなくて、何度も謝ってみたけれど。

 ついには泣き出してしまうキミの気持ちに、果たして俺は寄り添ってあげることができるのだろうか?

 ただ、頭の整理が追い付かない中でも、一つだけ確かだったことがある。

 それはキミにこんな顔をさせてしまったのが、他でもない俺であるということ。

 やっぱり、キミを好きになったのは間違いだったのだろうか。

 キミは俺と変わらない関係を望んでいたのに、俺が無理矢理に変えようとしたから。

 その雰囲気を感じ取ったキミを、傷つけてしまったのか……。

 突然開かれた彼女の口から、聞かされた言葉。

「ごめんね」

 それが何に対しての謝罪なのか、俺にはまだわからなかった。

 だけど、その一言で俺たちの中にすれ違いがあったことだけは、すぐにわかった。

 どれだけ好き合っていると勘づいていても、その心の内は言葉にしなくちゃ伝わらないこともある。

 最初は好き合っていた恋人同士にも、いつか別れが訪れることもあるように。

 今この時にいくら好きあってるからといって、永遠が約束されるわけじゃない。

 気持ちが大きくなりすぎたからこそ、失うことに一層臆病になっているのだ。

 今までずっと、心のどこかで甘えていた。

 俺たちの関係性は、きっと言葉なんかなくたって通じ合えるような関係性だって。

 でも違った。それはこれから作っていかなくてはいけない関係性なのだと。

 そう気づいた俺がとるべき行動は、ただ一つ。

 まだ少しすすり泣く彼女の手を引いて、俺は、昔よく二人で遊んだ近所の公園に向かった。



 たとえば、ただ彼女と仲直りがしたくてキミの手を引く俺に、まだ浮かない顔をして下を向いているキミ。

 たどり着いた公園の木々は、春には綺麗なハナミズキの花を咲かせる。

 ――――ハナミズキ。

 それは二人の思い出の花だった。

 花言葉は、「永続性」「私の思いを受け取ってください」。

 昔二人で花びらを送りあって、ずっと一緒にいようと誓い合った。

 子供の頃の、色褪せない約束。

 無理をして誓いを変える必要はない。

 そのまま、少しずつ歩み寄って行けばそれでいいのかもしれない。

 だから俺は、素直に君に問いかけた。

「俺とずっと一緒は嫌?」

 首を横に振るキミに、俺の答えはすでに決まっていた。

「だったら、これからもずっと一緒にいよう。一人の異性として好きとか、友達として好きとか、そういうのはこれから二人で一緒に考えよう。どんなことがあっても、二人でずっと一緒にいるためにはどうしたらいいのか、一緒に考えよう。まずは、そこから始めてみないか?」

 それは、臆病なキミに寄り添った俺の言葉。

 何もかもが自分の思い通りになるなんてことはない。

 たとえ、自分がどれだけの勇気を出したとしても、それで全部がうまくいくとは限らない。

 だけど、それでも俺とキミだからこそ、信じられるものがある。

 これまでのように、お互いの気持ちを丁寧に擦り合わせていけば、いつかは気持ちも一つになるから。

 これまでもずっと時を共に積み重ねてきた二人だからこそ、俺達は二人で一歩を踏み出すことができる。

 どっちか一人が一歩を踏み出すだけでは意味がないんだ。

 だから、キミが一歩を踏み出してくれるまで、俺は待つことにするよ。

 変わらないままで、変わることもできる。

 どちらかが変わろうとして、どちらかを置いてけぼりにするくらいなら。

 二人一緒のままで、二人一緒に進んでいけばいい。


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