魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

文字の大きさ
5 / 110
第一章 リコプリン編

5 ぺろぺろペロ

しおりを挟む
 爽やかな森の朝。
 窓から燦々と差す太陽光で莉子は目覚めた。
 窓を開けようと近づくと、巨大なてんとう虫が羽音を立てて横切って、莉子は起き抜けに喚いた。

「おわぁ!?」

 目が覚めても、ここは異世界のままだった。

 莉子は壁にかかった鏡を覗いて、改めて自分の顔をしげしげと眺めた。
 前髪が寝癖で跳ねているが、淡く輝く金色の髪は、腰まで優雅にうねっている。真っ白なお肌が艶々で、特徴的なアイスブルーの瞳は、まるで宝石みたいに煌めいていた。

「はあぁ。美少女って、寝起きでも美少女なんだ」

 一人で感心しながら干しておいた白いワンピースに袖を通すと、誂えたように似合っている。莉子は鏡の向こうの姿に見惚れて、クルクルと回ってみた。


「おはようございます」

 身支度を整えた莉子が部屋を出ると、お爺さんとお婆さんが穏やかに迎えてくれた。

 可愛いお家の食卓には、可愛い朝ごはんが並んでいる。
 細かく刻んだ野菜のスープと、パンとチーズ。湯気を立てる紅茶。
 童話的な風景と相まって、とびきり美味しい朝ごはんだ。

 お爺さんはパンを齧りながら、莉子に提案した。

「今日、村長のところへ行って相談したらどうかな。もしかしたら、誰かがお嬢ちゃんのことを探しているかもしれないし」

 お婆さんもお茶を淹れながら頷いた。

「そうね。きっと身内の方が探してらっしゃるわ。村長さんならご存知かもね」

 莉子は前向きな案に今一つ乗れないまま、考えていた。

 自分のお母さんや親友の結花が、この世界にいるわけがない。
 でも、この体の本当の持ち主は、誰かと一緒にいたのかもしれない。

 綺麗なレース模様のワンピースに目を落とした。
 この美少女の中身はいったい、どこに行ってしまったんだろう?
 この子の家族と会えたとして、どう説明すればいいの?

 漠然と湧く不安を打ち消すように、莉子は無理やりに笑顔を作った。

「はい、お願いします!」
「もうすぐ孫娘が来るから、村長の屋敷に案内してもらうといい」

 お爺さんの言葉の最中に、丁度ドアのベルが鳴っていた。
 続けてバーンと扉を開けて、元気な少女が現れた。
 抱き枕のように、大きな人参を抱えている。

「爺ちゃん婆ちゃん、おっはよー! 採れたての人参持って来たよ~!」

 12歳くらいだろうか。日に焼けた健康的な肌に、エメラルドグリーンの瞳が輝く可愛い女の子だ。
 少女は莉子の存在に気づくと、目をパチクリとした。

「わ、誰!?」
「こ、こんにちは!」

 莉子は慌てて椅子から立ち上がり、お婆さんが紹介してくれた。

「こちらのお嬢さんは昨日池に落ちてしまって、ご家族を探してらっしゃるのよ。村長さんの所に連れて行ってあげて頂戴」

「へえ~、災難だったね。私はマニ。案内するよ!」

 気さくで明るいマニという少女に、莉子はつられて笑顔になった。

「マニちゃん、ありがとう。私は莉子といいます。よろしくね」

 しかしマニの後について家の外に出た途端に、莉子は絶叫していた。

「ひええ!?」

 玄関の外には大きな大きな……

「い、犬!?」

 軽トラほどありそうな巨大な犬が、家の前でお座りしていた。

「村長の家は少し離れてるから、ペロに乗って行こう」

 マニは当たり前のように背を屈めた巨犬に飛び乗ると、手綱を手にして莉子を促した。

「どうしたのさ?」
「うっ……の、乗るの? 犬に?」

 昨日、黒猫の激しいジェットコースターに乗って絶叫した自分を思い出した。あまりにスリリングな乗り心地だったので、躊躇してしまう。だがここは地面の上だし、垂れ耳のペロは大人しそうな犬だし、大丈夫だろうと信じて、莉子はギクシャクとペロに近づいた。
 すると大人しかったペロは急に振り返ると莉子を嗅いで、ベロリ!と大きな舌で顔を舐めた。

「ひえー!!」
「こら、ペロ!」

 ペロはマニの言うことを聞かずに莉子をぺろぺろと舐めまくり、莉子はあっという間に涎まみれになっていた。

「お客さんを舐めたりして、ダメだろ!」

 ペロがマニに叱られている間に、莉子はお爺さんに補助されて、逃げるように犬の背に乗った。思いのほか硬い毛で、背中は温かい。

 お爺さんは申し訳なさそうに莉子を見上げた。

「すまんの。いつもはちゃんと言う事を聞くのじゃが、お嬢ちゃんが珍しいみたいじゃ」

 お爺さんとお婆さんは手を振って送り、ペロはマニと莉子を乗せて、森の奥に向かって歩き出した。


 * * * *


「ふぇ……わあぁ……」

 莉子は目まぐるしく、景色を見回した。
 巨大植物だらけの森は朝露で輝き、大きな花々に巨大蝶々が舞う、美しい世界だった。

 いちいち景色に驚く莉子を、マニは笑っている。

「ねえ、どこか遠くから来たの? そんなに綺麗な髪と目の色、初めて見たからビックリだよ! すごい美少女だね!」
「うん。私にはもったいない美少女ぶりだよね」

 マニはキョトンとして、髪がぐしゃぐしゃになった真顔の莉子を振り返った。莉子は犬から転がり落ちないように、必死な形相でマニにしがみついている。

「あはは、見かけによらず、リコって面白いね!」
「う、うん。私……」

 異世界から来ちゃったの、とはトンデモな発言な気がして、莉子は咄嗟に取り繕った。

「池に落ちて、その……記憶喪失なの」
「ええ!?」

 マニは驚いて、ペロを止めた。

「き、記憶喪失って……自分が誰か、わからないの!?」
「今のところ、名前と……15歳って年齢しかわからなくて」
「そりゃあ大変だ。早くご家族を探さなきゃだね」

 マニが真剣な顔になってペロを走らせたので、莉子は嘘を吐いた罪悪感を感じながら、マニにしがみついた。

 森を抜けると広大な畑が現れて、そこには遠目からもわかるほど大きなトマト、トウモロコシなどが見える。さらにその野菜を収穫しているのは……

「ど、動物が農作業してる!」

 イタチやアライグマのような巨大な動物たちが、器用に野菜をもいだり、運んだりしていた。
 唖然として眺める莉子に、マニは誇らしげな顔だ。

「ここらへんの動物たちはよく働くんだよ! なんたって、村長が調教した動物達だからね」

 マニは黙々と小走りしているペロの首を撫でた。

「ペロも村長に仕込んでもらったから、いい子だよ」

 莉子はサーカスの団長のように、ムチを持ったお爺さんを想像した。

「凄い村長さんだね」
「昔はなーんも無い村だったけど、村長がこの村に来てくれてから、農業も建築業も立ち直ったんだ!」

 マニの言葉の通り、遠くで巨大なリスたちが大きな丸太を担いで、家を立てている様子も見える。なんて器用な動物たちだろう。

 莉子はつい、動物たちの中にあの黒猫に乗ったレオを探してしまった。配達屋なら近辺にいるのかもしれないと、内心で期待してしまう。


 そうこうしているうちに広い畑を抜けて、前方に石造りの立派なお屋敷が見えてきた。

 お屋敷の大きな門の両脇には、焦げ茶色の強そうな番犬が二頭。こちらを睨んでいて、莉子は恐怖で竦んだ。巨大犬ペロよりもさらに大きく、筋肉がムッキムキなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

処理中です...