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第4章 本当にお姉ちゃんなの?
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(梨央side)
僕は、はきはきした威勢のいい声に迎えられた。
「piyo-piyo」のドアをくぐるなり、その光景に目を瞠ったのだ。
マスターがふたりいる。そんな謎の思考回路になった僕は、驚いてその場から動けなかった。
「こら、そんな挨拶しないの。
"へい、いらっしゃい!"じゃないわよ、ここはお寿司屋さんじゃありません」
マスターはとなりに居る人物の方を見ながらツッコミを入れている。もうひとりの方は、違うの?と首を傾げていた。
「あ、梨央さんでしたか。
どうぞお好きな席に」
そして、マスターはこちらの方を見ながら僕に席を促した。
その言葉に、やっと緊張の糸がほどけた僕は、まるで石化の魔法が解けたようにテーブル席に座るのだった。
グラスを置いてくれた彼女は会釈して説明してくれた。
「そんなに驚かないでくださいね。
妹をバイトに雇うことになりましたので」
ああ、なるほど。
僕もマスターが向いた視線の方を見てみた。どことなく印象は似ていると思う。でも輪郭は違うみたいだし、そっくりという訳ではなかった。
元気よく右手を上にあげて、長い二重のお下げ髪を揺らしながら挨拶してくれた。
「どうも、妹の りん でーす!」
「こら、キャバ嬢みたいな挨拶しないの!」
たまきさんはすかさずツッコミを入れてくる。まるで、ハリセンを持たせたら常に叩いてそうだった。
元気一杯の妹だった。どこか冷静なたまきさんとは全く異なる性格だ。
まるで、アップテンポなリズムが流れる店内になった気がする。
・・・
僕が親子丼を食べていると、控室の方から声が聞こえてきた。
妹の声がだいぶ大きいので、自然と耳に入ってしまう。そのせいか、姉の声も少しボリュームが上がっているようだった。ここまでふたりの声が届いているのには気づいてないだろう。
「......お腹空いたよう」
「何も持ってきてないなら何か作りなさい。
っていうか、賄いは自分で作るものよ」
はーい、と間延びのある返事が聞こえて妹が顔を覗かせた。キッチンに立つとあっという間に下ごしらえをして、中華鍋を使おうとしたのだが......。
「中華鍋、重い~」
次に出てきたのは姉の方だった。
「もう、代わりなさいよ。
スクランブルエッグにトマトも入れるのね。
こんなのはすぐできるわよ」
そして、中華鍋を振りながらこちらに目をやり状況を確認した。
「すみません、お茶がまだでしたよね。
申し訳ございません」
彼女は妹に軽く指示をだしていた。
妹は素直に僕にお茶を持ってきてくれる。そのあと、スクランブルエッグを乗せたトーストを持って控室に戻っていった。
代わる代わる声が響いていた店内になんだか疲れてしまった。
僕はキッチンで洗い物をしているたまきさんに話しかけてみる。
「高校生や大学生になると、自然と働きたくなるような感じですからね。
バイトするのは社会に目を向くような心が芽生えますよね」
「ええ。
彼女が大学の夏休みに東京に出てきましたので。
少しの間だけでも働いてみたいと」
「なるほど。
どうですか、妹さんの店員としての率直な成績というものは」
彼女は顎に人差し指を置いて考えた。多分、そういう所作がくせなんだな、と思った。
たまきさんはちょっと小声になって答えてくれた。
「うーん。
家でも家事を手伝っていますから、下ごしらえや調理ひとつひとつの所作は悪くありません。
ただ、調理をしながら手を空いたときに洗い物するみたいな。
効率っていうんですか、そういうのは十分にできないと思います。
ですので、私が作って妹に出してもらうみたいな分担にしようかと」
「まあまあ、雑用が減るだけでもあなたの気が楽でしょう」
「そうですね。
ただ、問題がひとつあります」
何だろう? と首を傾げる僕に彼女はシンプルな答えを出した。
「私たち、気兼ねなく話す間柄ではありませんので」
たまきさんは顎に手を置いていた指を口の前に動かして、秘密ですのサインをした。
・・・
いつの間にか妹のりんが控室から出てきた。何やら手にしていると思ったのは、東京のガイドブックだった。
「見てよお姉ちゃん!
私たちの苗字と同じ名前のお店があるんだよー」
テーブルを拭いている姉は、さも面倒くさいというオーラを全身に醸しながら答えた。だけども、妹にはまったく届いていないようだった。
「もう、まだお客様いらっしゃるのにぃ......。
あら、ホントだわ」
「下町にある穴子料理のお店だって。
考えるだけでさ、そそられるよー」
「あ、あそこか」
お店を知っている僕はつい話に交じってしまう。
姉妹が揃って僕の方を見てきた。
「え? お兄さんお店知っているの?」
「梨央さん、知っているのですか?」
揃って声を掛けられても、どちらの声も聞き取れなくて困るのだけど。慌てて手を振りながら答えた。
「二十歳のお祝いに、親類に連れていってもらっただけですよ」
「いいなあ~」
妹はその場のテーブルに手をついて身を乗り出してきた。その表情は輝いていて、目は瞳の中に星があるように光っていた。
なんだか嫌な予感がした......。
「......連れてって!」
すかさずたまきさんがツッコミを入れた。本気で妹の頭をはたいている。
「お客様になんてことをお願いしてるの!」
「......いったあ」
頭を押さえている妹を横目に見ながら、マスターはため息をついている。妹と一緒に居る姉は、なんだかペースが乱れているような感じが伝わってきた。
僕はとりあえず姉妹をなだめる仕事に取り掛かった。
「まあまあ、落ち着いてくださいって。
20代にはまだ敷居が高いですよ、初老くらいにならないと」
二十歳にもなっていない彼女は頭を抱えている。さもありか、効果あったな......と思った。もう僕の勝ちだ、絶対にそうだ。
だがしかし、彼女はとんでもないことを言い放った。
「じゃあ折版だよ、三人で!」
僕は椅子から転げ落ちそうだった。
たまきさんの叫ぶような声が店内に響いていた。
僕は、はきはきした威勢のいい声に迎えられた。
「piyo-piyo」のドアをくぐるなり、その光景に目を瞠ったのだ。
マスターがふたりいる。そんな謎の思考回路になった僕は、驚いてその場から動けなかった。
「こら、そんな挨拶しないの。
"へい、いらっしゃい!"じゃないわよ、ここはお寿司屋さんじゃありません」
マスターはとなりに居る人物の方を見ながらツッコミを入れている。もうひとりの方は、違うの?と首を傾げていた。
「あ、梨央さんでしたか。
どうぞお好きな席に」
そして、マスターはこちらの方を見ながら僕に席を促した。
その言葉に、やっと緊張の糸がほどけた僕は、まるで石化の魔法が解けたようにテーブル席に座るのだった。
グラスを置いてくれた彼女は会釈して説明してくれた。
「そんなに驚かないでくださいね。
妹をバイトに雇うことになりましたので」
ああ、なるほど。
僕もマスターが向いた視線の方を見てみた。どことなく印象は似ていると思う。でも輪郭は違うみたいだし、そっくりという訳ではなかった。
元気よく右手を上にあげて、長い二重のお下げ髪を揺らしながら挨拶してくれた。
「どうも、妹の りん でーす!」
「こら、キャバ嬢みたいな挨拶しないの!」
たまきさんはすかさずツッコミを入れてくる。まるで、ハリセンを持たせたら常に叩いてそうだった。
元気一杯の妹だった。どこか冷静なたまきさんとは全く異なる性格だ。
まるで、アップテンポなリズムが流れる店内になった気がする。
・・・
僕が親子丼を食べていると、控室の方から声が聞こえてきた。
妹の声がだいぶ大きいので、自然と耳に入ってしまう。そのせいか、姉の声も少しボリュームが上がっているようだった。ここまでふたりの声が届いているのには気づいてないだろう。
「......お腹空いたよう」
「何も持ってきてないなら何か作りなさい。
っていうか、賄いは自分で作るものよ」
はーい、と間延びのある返事が聞こえて妹が顔を覗かせた。キッチンに立つとあっという間に下ごしらえをして、中華鍋を使おうとしたのだが......。
「中華鍋、重い~」
次に出てきたのは姉の方だった。
「もう、代わりなさいよ。
スクランブルエッグにトマトも入れるのね。
こんなのはすぐできるわよ」
そして、中華鍋を振りながらこちらに目をやり状況を確認した。
「すみません、お茶がまだでしたよね。
申し訳ございません」
彼女は妹に軽く指示をだしていた。
妹は素直に僕にお茶を持ってきてくれる。そのあと、スクランブルエッグを乗せたトーストを持って控室に戻っていった。
代わる代わる声が響いていた店内になんだか疲れてしまった。
僕はキッチンで洗い物をしているたまきさんに話しかけてみる。
「高校生や大学生になると、自然と働きたくなるような感じですからね。
バイトするのは社会に目を向くような心が芽生えますよね」
「ええ。
彼女が大学の夏休みに東京に出てきましたので。
少しの間だけでも働いてみたいと」
「なるほど。
どうですか、妹さんの店員としての率直な成績というものは」
彼女は顎に人差し指を置いて考えた。多分、そういう所作がくせなんだな、と思った。
たまきさんはちょっと小声になって答えてくれた。
「うーん。
家でも家事を手伝っていますから、下ごしらえや調理ひとつひとつの所作は悪くありません。
ただ、調理をしながら手を空いたときに洗い物するみたいな。
効率っていうんですか、そういうのは十分にできないと思います。
ですので、私が作って妹に出してもらうみたいな分担にしようかと」
「まあまあ、雑用が減るだけでもあなたの気が楽でしょう」
「そうですね。
ただ、問題がひとつあります」
何だろう? と首を傾げる僕に彼女はシンプルな答えを出した。
「私たち、気兼ねなく話す間柄ではありませんので」
たまきさんは顎に手を置いていた指を口の前に動かして、秘密ですのサインをした。
・・・
いつの間にか妹のりんが控室から出てきた。何やら手にしていると思ったのは、東京のガイドブックだった。
「見てよお姉ちゃん!
私たちの苗字と同じ名前のお店があるんだよー」
テーブルを拭いている姉は、さも面倒くさいというオーラを全身に醸しながら答えた。だけども、妹にはまったく届いていないようだった。
「もう、まだお客様いらっしゃるのにぃ......。
あら、ホントだわ」
「下町にある穴子料理のお店だって。
考えるだけでさ、そそられるよー」
「あ、あそこか」
お店を知っている僕はつい話に交じってしまう。
姉妹が揃って僕の方を見てきた。
「え? お兄さんお店知っているの?」
「梨央さん、知っているのですか?」
揃って声を掛けられても、どちらの声も聞き取れなくて困るのだけど。慌てて手を振りながら答えた。
「二十歳のお祝いに、親類に連れていってもらっただけですよ」
「いいなあ~」
妹はその場のテーブルに手をついて身を乗り出してきた。その表情は輝いていて、目は瞳の中に星があるように光っていた。
なんだか嫌な予感がした......。
「......連れてって!」
すかさずたまきさんがツッコミを入れた。本気で妹の頭をはたいている。
「お客様になんてことをお願いしてるの!」
「......いったあ」
頭を押さえている妹を横目に見ながら、マスターはため息をついている。妹と一緒に居る姉は、なんだかペースが乱れているような感じが伝わってきた。
僕はとりあえず姉妹をなだめる仕事に取り掛かった。
「まあまあ、落ち着いてくださいって。
20代にはまだ敷居が高いですよ、初老くらいにならないと」
二十歳にもなっていない彼女は頭を抱えている。さもありか、効果あったな......と思った。もう僕の勝ちだ、絶対にそうだ。
だがしかし、彼女はとんでもないことを言い放った。
「じゃあ折版だよ、三人で!」
僕は椅子から転げ落ちそうだった。
たまきさんの叫ぶような声が店内に響いていた。
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